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ダンジョンキラー  作者: 佐々木尽左
第5章 高校1年の夏休み(前半)

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黒岡ダンジョン再び(前)

 連日猛暑日が続くが、そんな真夏でも早朝は涼しい。緩やかでも風が吹くと涼しくすらある。昼になると文字通り地獄のような暑さになるのが嘘のようだ。


 自室で準備を整えた祥吾は荷物を抱えて部屋を出た。いつものリュックサックにスポーツバッグ、それと今回は槍斧(ハルバード)である。


「またこれを自転車で運ぶのか」


 布に包まれたその武器は2メートル近い長さだ。祥吾の身長よりも長い。これを抱えて自転車を運転するのは非常に面倒だ。かつてこの武器を手に入れた横田ダンジョンから持ち帰ったときの苦労を今になって思い出す。今すぐ売り払いたい衝動すら湧いた。


 売るにしても店まで持っていかないといけないことに思い至った祥吾はようやく諦めがつく。何にせよ、1度は自転車で運ぶ必要があるのだ。このとき初めて自動車がほしいと願う。


 荷物を外に持ち出した祥吾は自転車の前籠にリュックサックを入れ、後ろの荷台にスポーツバッグをくくり付けた。次いで布に包まれた槍斧(ハルバード)を担ぐ。


「せめてバイクがほしいな。ああでも、原付の方が良いんだったか」


 片手運転で自転車を動かし始めた祥吾は横田ダンジョンからの帰りに思ったことを思い出した。今回はまだ近場なのでましだが、それでも面倒なことには違いない。


 いつもよりもゆっくりと自転車で移動する祥吾は集合場所へと向かった。そこには既にクリュスが待っている。


「よう、クリュス。待たせたな」


「さっき来たところだから平気よ。それにしても、そうやって担いでいるところを見るとやっぱり大きいわね、それ」


「俺の身長よりも高いからな。あー、肩が痛い」


「最近は部屋で閉じこもってばかりいたから、ちょうど良い運動になるんじゃないかしら」


「誰のせいで引きこもる羽目になったと思っているんだ?」


「いつかはやらないといけないことなんだから、最初にまとめて片付けた方が良いじゃない。それとも、夏休みの最終日に泣きながら机に齧り付きたい?」


「いえ、遠慮しておきます」


「そうでしょう。さぁ、行きましょう」


 優等生的な返答をされた祥吾は歯噛みした。もう少しうまく分散させてなどと色々と考えるも、うまく言葉にできずにそのまま口ごもる。


 最終的に口を尖らせた祥吾は先に出発したクリュスの後を追った。槍斧(ハルバード)のせいで追いつくのにいつもより時間がかかる。


「クリュス、今度から電車を使おう。自転車はきつい」


「黒岡ダンジョンだと最寄り駅の都合上、かえって遠くなるわ。使うならバスね」


「バスかぁ。あれってひとつ逃すと待ち時間が長いんだよなぁ」


「あまり利用されないからでしょうね。あるだけましじゃない。本当に何もなければタクシーしか手段がなくなるわよ」


「いきなり手段が高級化したな。あれ、メーターが上がる度に緊張するから苦手なんだ」


「気持ちはわからなくはないけれど、その分ダンジョンで稼げば良いじゃない」


「俺にとってダンジョンは稼ぐ場所じゃないんだよなぁ。あくまでもお前の手伝いで」


「そんなことを言っていたら、いつまで経っても借金が返せないわよ?」


「うっ」


 楽しげなクリュスに笑顔を向けられた祥吾は目を逸らした。痛いところを突かれて反論できない。


 そんなことを話ながら2人はゆっくりと探索者協会黒岡支部へとたどり着いた。駐輪場に自転車を置いて荷物を手に取る。


 支部の本部施設に向かって歩こうとしたとき、祥吾はふと周囲を眺めた。駐輪場は駐車場に併設されているが、その駐車場には何台もの自動車が停められている。


「高校を卒業したら車がほしいな」


「嬉しいわ。ずっとダンジョン攻略に付き合ってくれるということよね?」


 笑顔で届けられた言葉の意味を理解した祥吾は愕然とした。自動車免許を取得できるのが18歳からなのでそう発言しただけだが、受け取りようによっては確かにクリュスの言う通りでもある。


 先を進むクリュスに追いついた祥吾は発言の意図について説明するが、明らかに聞き流されていた。そのまま更衣室へとたどり着き、一旦別れる。


 若干肩を落とした祥吾は男性更衣室に入り、スポーツバッグからインナーやエクスプローラースーツを取り出して身につけ、更にプロテクターを装備した。それからロッカーにスポーツバッグをしまい、リュックサックを背負ってから槍斧(ハルバード)の布を取り除く。使い慣れた剣よりもはるかに重い。


 用意ができた祥吾は男性更衣室から廊下に出た。女性更衣室の近くで立っているクリュスを目にする。


「やっぱり大きいわね、その武器」


「まぁな。威力はあるから、使いこなせたら結構強力なんだろうが」


「そのための練習を今日するんでしょう? まずは受付カウンターに行きましょうか」


 肩に担いだ武器の重みを感じながら祥吾はクリュスについて行った。探索者教習が行われるダンジョンの支部だけあって人の数は多い。その多くが教習の受講者や新人の探索者なのを知っているので見ていて微笑ましく思える。


 受付カウンターの前に立ったクリュスが黒岡ダンジョンについての情報を確認した。何もないという。ダンジョン由来の問題がないのは2人からすると当たり前の回答だ。そのためにダンジョンの核を交換したのだから。


 ある意味安心してダンジョンに入れると喜んでいた祥吾だったが、受付嬢とのやり取りを終えると振り返って声をかけてくる。


「さぁ祥吾、次はあなたの番よ」


「え? 俺? 何かすることなんてあったか?」


「探索者カードにクレジットカードを紐付ける手続きよ。昨日審査に通ったじゃないの」


「ああそういえば、そんなこともあったなぁ」


「ぼんやりとしていないで早くしたら? すぐに終わるわよ」


 先週クレジットカードの作成申し込みをしていた祥吾の元に昨日審査結果が届いたのだ。スマートフォンから申し込みをしてメール通知を選択しておいたのである。そして、このメールにはクレジット番号が記載されていた。最近は物理的なカードを持たずにスマートフォンのアプリで済ませる人が増えてきているのに対応したサービスである。


 このおかげで祥吾は今、スマートフォンを片手に探索者カードにクレジットカードを紐付ける手続きを始めた。受付嬢の指示に従い、最後はスマートフォンと専用機械で通信をしてお終いである。


「簡単なものだなぁ。これでもうこの探索者カードで買い物ができるのか」


「そうよ。おめでとう。これであなたも文明人の仲間入りね」


「なんだよ、人を原始人みたいに言って。現金の存在感は悪くないぞ」


「お金を盗まれる心配をしなくても良いという安心感も悪くないわよ」


「大金を持つと不安になるのは確かだもんな」


 スマートフォンをリュックサックに入れた祥吾が片手でかざした探索者カードを眺めた。見た目に変化はないが、これでまたカードの価値がひとつ増したわけだ。簡単に紛失できないと改めて思う。


 探索者カードを懐にしまった祥吾はクリュスに続いて支部の本部施設から出た。そこから正門へと向かう。


 職員に率いられた実習生たちが2人の前を歩いていた。自動改札機のところまでやって来るとばらけて改札機を通ってゆく。そのうちの1人がもたついて改札機に止められていた。


 その隣の改札機から祥吾は中へと入る。


「懐かしいな、あれ。まだ半年も経っていないのに、もう遠い昔みたいに思える」


「通過点だからよ。前に進む度に遠く離れていくのは当然だわ。そして、いずれ忘れるの」


「お前も転生前のことはもう忘れたのか?」


「大雑把なところは覚えているけれど、細かいところはもう。大体、人間の脳は前世の記憶を入れるには小さすぎるからね」


「それはどうにもならないな」


 なんとも言えない表情を祥吾は顔に浮かべた。容量制限で記憶が欠落するなど想像できない。こういうところでもクリュスは普通の人間とは違うことを認識させられた。


 警戒区域の中を進んだ2人は黒岡ダンジョンへと入る。階段を降りきった先にある正面玄関(エントランス)には実習生や探索者が多数いた。


 担いでいた槍斧(ハルバード)を両手に持った祥吾がクリュスに顔を向ける。


「さて、それじゃ道案内を頼もうかな」


「いいわよ。祥吾はある程度戦う必要があるから、今日は寄り道をしていくわよ」


「丸1日使い切る感じか?」


「そうよ。武器を使い慣れたらその時点で守護者の部屋へ直行してもいいんじゃないかしら」


「なるほど、そんな感じでいくわけだな。わかった」


「前の通路に入ってしばらくまっすぐ進みましょう。この辺りに魔物は少ないから、まずは奥まで行くわよ」


 クリュスから出された指示に従って祥吾は歩き始めた。ここからは前衛である祥吾が先頭に立って進むことになる。久しぶりではあるが感覚に鈍りはないようだ。


 周囲の人々の流れに沿って2人は通路を進む。こうして夏休み最初の活動が始まった。

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