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ダンジョンキラー  作者: 佐々木尽左
第5章 高校1年の夏休み(前半)

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夏休みの活動のために

 黒岡高校は夏休みに入った。町の商店街など遊び場には昼間から10代の若者たちの姿が増える。もちろん、休日だけでなく平日もだ。


 しかし、そこに祥吾の姿はない。親の手伝い以外ではずっと部屋に閉じこもっているからだ。遊んでいるのではない。そうだったらどれだけ良かっただろうと祥吾は何度か思った。実際はひたすら夏休みの宿題をしているのである。


「2学期前日ってほどじゃないにしろ、なんで俺はこんな宿題まみれになっているんだか」


 きりの良いところで夏休みの宿題を終えた祥吾はペンを離して思いきり椅子の背もたれに背中を預けた。室内は冷房が効いている。たまに膝から下が冷えて温度設定を上げるなどして調整をしていた。


 それにしてもと祥吾は思う。この3日間ずっと学習机に向いていたが、ようやく半分を片付けたところだ。いずれもほぼ丸1日かけてである。自分の要領が悪いことは承知の上で言うと、量が多いと強く感じた。2学期前日にこれを何とかしようとする生徒が泣くのもうなずける。


 机の上の隅に置いてあるスマートフォンを祥吾は手に取った。時刻を見ると午後3時前だ。ここ数日のことを考えるとそろそろである。


 家の2階に自室がある祥吾は階段を通じて階下の様子をかすかに知ることができた。降りた先は玄関なわけだが、そこで母親が客と話をしていることに祥吾は気付く。椅子から立ち上がると座布団を用意した。


 誰かが階段を上がる音を祥吾が耳にしたかと思うと扉がノックされる。


「開いているぞ」


「お邪魔するわね。ああ、涼しいわ」


「先に言っておくと、今日は聞くところがあんまりないんだ。調子が良かったから」


「良いことじゃない。私も楽ができて嬉しいわ。それじゃ、先にそちらを片付けましょう」


 涼しげなワンピースの服を着たクリュスが祥吾の元へと近づいた。座布団へは座らず、学習机の前に立つ。


 その様子をみた祥吾は椅子に座り直した。そうして朝から解いていた宿題の中でわからなかった部分を指し示す。


 夏休みが始まって以来、祥吾は昼下がりまで夏休みの宿題を自力で解いて、以後やってきたクリュスにわからない点を教えてもらっていた。最初の2日は夏休み前に少しずつ進めていた部分の不明点が溜まっていたので質問回数が多かったが、今日になってようやく落ち着いた次第である。


 いくつかの質問をしている最中、母親の春子がお茶とお茶菓子を持って入ってきた。2人仲良く勉強をしているのを見て満足そうにうなずくと黙ったまま出て行く。勉強をしているときは静かなのだ。


 再び2人になってしばらくすると不明点はすべて解決した。祥吾が大きく息を吐く。


「とりあえず終わったぁ。ありがとう、クリュス」


「これくらい大したことないわ。それよりも、宿題はあとどのくらい残っているの?」


「まだ半分だな。この調子だと4日くらいはかかるんじゃないかと思っている」


「それだったら良いんじゃないかしら。予定通りなのよね」


「そうなるな。はぁ、学校に行っているときとあんまり変わらないっていうのがなぁ」


「もう少し我慢してちょうだい」


「クリュスはどのくらい宿題を片付けたんだ?」


「ほとんどやったわよ。残っているのは1割くらいかしら」


「なんでそんなに早くできるんだ?」


「だって迷わないんですもの。その分だけ早いわよ」


 たまに見せつけられる頭の出来の違いに祥吾はため息をついた。その由来を知っているので当然だとも理解しているが、とんでもない女子と一緒にいるものだと嘆息するばかりである。


 宿題の件が片付くとクリュスは用意された座布団に座った。そうして水滴が一面に張り付いているグラスをひとつ手に取り、麦茶を口にする。


「ん、おいしいわね」


「それは良かったな。で、宿題以外に用件があるんだろう? それは何だ?」


「ダンジョンの件よ。今回は世田谷ダンジョンに行く予定なの」


「世田谷? あの23区の?」


「そうよ。昔はお金持ちの人が住む地域だったらしいわね」


「近いのか近くないのかよくわからないな」


「ここから電車を使って大体1時間半くらいだったはずよ。調べてみたら?」


 次いでお茶菓子を摘まむクリュスから勧められた祥吾はスマートフォンを手にした。そうして地図情報をブラウザに表示させると世田谷ダンジョンを探す。次いで自宅からの経路を検索してみた。クリュスの言う通り、最短でその程度であることがわかる。


「今は貧乏人が住んでいるんだったか。すぐ隣にダンジョンなんてあったら嫌だよな」


「落ち着かないのは確かでしょうね。ところで、『エクスプローラーズ』のアプリで世田谷ダンジョンを表示しておいて。それを見ながら話をするから」


「いいぞ。地下19層の一般型ダンジョンか。今までよりも深いな」


「そうね。半分が地下10層以下っていうのが厄介だわ」


「危険度が上がるんだったよな。熟練の探索者でも死ぬことがあるんだって?」


「それだけにあまり入る探索者がいなくて情報が限られる場所でもあるわ」


「でも、最下層が地下19層だってわかっているということは、守護者の部屋までの経路はわかっているんだよな?」


「ええ。でも、ここの守護者がね」


地竜(アースドラゴン)!? 嘘だろ?」


 スマートフォンで閲覧していた守護者の情報を目にした祥吾が目を見開いた。異世界で一晩かけて竜を倒したことのある祥吾だったが、そのときには何人かの仲間がいたのだ。2人だけでどうにかなるとはとても思えない。


 黙る祥吾にクリュスが声をかける。


「残念ながら事実よ」


「いやこれどうやって倒すんだよ? というか、この世田谷ダンジョンって確かかこのラスボス倒されているんだよな。一体どうやったんだ?」


「1パーティ12人がかり、しかも当時貴重な魔法使いを2人用意して戦ったらしいわ」


「魔法はクリュス1人で肩代わりできるかもしれないが、さすがに探索者10人分の働きを俺にしろとは言わないよな?」


「できないことをしろとは言わないわ。でも、討伐できるように対策はしておきたい」


「今の俺たちじゃできることは限られているぞ。買える武器だって限りがあるし」


「だから、神様に相談してみたの。そうしたら、何か用意してくださるそうよ」


「こっちの世界だと神様は力を使いづらいんだよな? 大丈夫なのか?」


「ダンジョンの中だけで使える形にするから大丈夫ですって」


 さも当たり前のように返答してきたクリュスに祥吾は曖昧にうなずいた。正直なところ、何が大丈夫なのかわからない。それだけに不安はある。しかし、クリュスが言うのならとそのまま黙った。


「何とかなるのなら言うことはないよ。それで、その用意してくれるものっていうのは一体何なんだ?」


守護人形(ガーディアンドール)よ。ゴーレムみたいなものだと思ってくれたら良いわ」


「それをたくさんもらえたら楽なんだろうが、無理だからこそ俺たちが行く必要があるんだよな」


「その通りよ。だから、明日は黒岡ダンジョンに行きましょう」


「教習で行ったところか。クリュスが持っている水晶を通しては無理なのか」


「あれは通話用だから物のやり取りはできないのよ。それに、物のやり取りはある程度魔力が必要だからダンジョン内でないとできないの。前に取り替えたダンジョンの核を使って守護人形(ガーディアンドール)をいただくわ」


 話を聞いた祥吾は不便だなと思った。しかし、その不便さがダンジョンの侵略を遅らせている原因でもあるのだから文句は言えない。


 そこまで考えて、祥吾は自分がまだ剣を買っていないことを思い出した。このままだとナイフひとつでダンジョンに入ることになってしまう。


「ところで祥吾、武器はどうするの? 剣はまだ買っていないのよね?」


「そうなんだよなぁ。黒岡ダンジョンに行ったときに剣を買っても良いんだが」


「良い機会だから、そこにあるのを使ったらどうなのよ」


槍斧(ハルバード)か」


 部屋の隅に布で巻き付けられている武器に目を向けた祥吾はそのまま黙った。最も得意な武器は剣だが、今回の守護者にどれだけ通じるのかというと疑問は確かにある。その点、槍斧(ハルバード)ならば長さも威力も問題ない。


 問題なのは扱いにくさと重さだ。どんなに有効な武器でも扱えなければその威力を発揮できない。ただ、避けているだけではいつまでも扱えないままなのは確かである。


「そうだな。ちょうど黒岡ダンジョンに行くんだし、1度使ってみるか」


「あら、使う気になったのね」


「黒岡なら最悪ナイフでもなんとかなるからな。守護者の部屋以外は」


「頑張って世田谷ダンジョンを攻略しましょうね」


「そうだな」


 笑顔を向けてくるクリュスに祥吾は微妙な表情を向けた。武器を乗り替えるときというのはいつも緊張するものなのだ。


 遠い昔に一通り教えてもらった扱い方を祥吾は記憶の底から引っぱり出そうとした。

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