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ダンジョンキラー  作者: 佐々木尽左
第5章 高校1年の夏休み(前半)

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高校1年生1学期の終業式

 梅雨が明けてから迎えた初夏は例年どおり厳しい暑さだ。あまりに厳しい日差しを避けるために傘を差す生徒も見かける。大半は女子生徒だが、中には男子もいた。当然日傘など持っていないので雨傘で代用している。


 自転車通学をしている祥吾は残念ながら傘を差していない。だから直射日光を浴びるわけだが、既に汗だくである。


「前の場所だとここまで暑くなるのは砂漠ぐらいだったのに」


「確かに普通じゃないわよね。何かしら影響があるのかしら」


 横並びに自転車を進めながら祥吾とクリュスが雑談を交わしていた。大っぴらにできないことはぼかしている。祥吾は異世界について、クリュスはダンジョンについてだ。


 学校にたどり着いて駐輪場へと自転車を停めると2人は自分たちの教室へと向かう。冷房の効いた教室に入った祥吾は人心地付いた。しばらくすると体が冷えすぎて寒くなるが。


 自分の机にスポーツバッグを置いた祥吾は席に座った。すると、良樹が近づいて来る。


「おはよう、祥吾君。すごい汗だね」


「体中から搾り取られたみたいだ。あー疲れた」


「でも、そんな苦労も今日で終わりだよね。やっと授業から解放されるんだから」


「そうなんだよなぁ。だからこそ我慢できるってもんだ」


 汗に塗れた制服のシャツを摘まんで祥吾はばたつかせた。そこへ祐介がやって来る。


「まるで雨に濡れたような感じだな、祥吾」


「そうだな。早く終わってくれないかなぁ、終業式」


「体育館の中でやるのがせめてもの慰めだよな。これ、運動場だと死ぬぜ」


 話をしながら祥吾は祐介と共に窓の外へと顔を向けた。空が抜けるように青い。見ているだけで再び汗が出てきそうになる風景である。


 汗の話から天気へと変わった後、3人の話題はあちこちへと飛んだ。期末試験は既に過去の話となり、今は夏休みをいかに楽しく過ごすかということに全員の意識が向いている。


 チャイムが鳴ると教室内の生徒が徐々に席に座っていったが相変わらず騒がしい。自分の席の前後左右と誰もが雑談を続けている。しかし、そんな状況も担任の沢村教諭が入ってきて終わりを告げた。生徒が全員前を見る。


「これから体育館に行きます。廊下に出て並んでください」


 静かになったと思った室内が再び騒がしくなった。誰もが席を立ち、蒸し暑い廊下へと出る。どの教室から出てきた生徒も顔をしかめていた。


 整列が終わると生徒たちは教室順に2列で体育館に向かう。沢村教諭の1年B組もその中にあった。


 体育館の中には続々と各学年の生徒が集まってゆく。式が始まるまでざわつきは収まらない。全体的に気だるそうでありながら、同時にどこか楽しげでもある。


 周囲の様子を眺める祥吾は冷えたシャツが再び温まってくるのを感じた。体育館の扉と窓は全開にされているが冷房はない。その冷却効果には限りがあった。


 早く終わってほしいと祥吾が願っていると終業式が始まる。校長の挨拶から始まり、生活指導の教員から夏休みの諸注意があり、続いてその他の全校生徒向けの事務連絡がいくつか告げられた。いずれも一般的な内容のものばかりである。


 やがて生徒の集中力が切れ始めた頃にようやく終業式が終わった。3年生から順に各校舎へと戻ってゆく。祥吾たちのクラスはほとんど最後に体育館を出た。教室へと戻ると再び涼しい空間が出迎えてくれる。入った生徒から体を弛緩させていった。


 再び汗をかいていた祥吾もその1人だ。温度差で風邪を引きそうだと思いつつも席に座って前を見る。一緒に教室まで戻って来た沢村教諭が教壇の上で話を始めた。


 簡単な話が終わった後、いよいよ通知表が手渡される。名前を呼ばれた順に生徒が前まで歩いて行った。通知表を受け取った生徒の反応は様々だ。祐介は満足そうにうなずき、良樹はいつもと変わりない。


「次、正木君」


 沢村教諭に呼ばれた祥吾は席から立ち上がって供託の前にやって来た。手渡された通知表を片手にすぐ自分の席に戻る。


 座った祥吾は通知表を開けた。5段階評価ですべて4ばかりだ。中間試験の結果が足を引っぱっていることは確かだが、期末試験で挽回できたのは明らかである。つまり、あの試験結果を今後も維持できるのならば学内の成績を気にする必要はない。


 今後も好きにできることがわかって一安心の祥吾は教壇側へと目を向けた。沢村教諭の話も終わりに近づいている。他の教室はちらほらと騒がしくなってきているのが遠くから聞こえてきた。それが増えるに従って教室内の生徒が落ち着きをなくしていく。


「それでは最後に、皆さん夏休みだからといって気を抜きすぎないようにしてください。以上です」


 終了の宣言が沢村教諭からなされると室内が一気にざわめいた。これで始業式まで何もない。自由だ。


 立ち上がった祥吾は大きく背伸びをした。それから教室内を見て回る。良樹の姿は既になく、祐介は敦と徳秋の2人と話をしており、香奈と睦美は教室を出ようとしているところだ。他の生徒たちも好きなようにしている。


 特に話すこともなかった祥吾はスポーツバッグを肩に提げて教室を出た。廊下は暑苦しいがそんなものは知らないとばかりに周囲の生徒たちははしゃいでいる。


 あちこちに広がる生徒の間を縫って進んだ祥吾は駐輪場へと入った。ふと見ると、自分の自転車の隣にクリュスのものがある。まだ帰っていないらしい。


 教室内の友人と話すこともあるのだろうと想像した祥吾は自分の自転車を引っぱり出した。そうして前に進もうとする。


「祥吾! 間に合ったようね」


「お、クリュスの今帰るところか。友達とのおしゃべりはもういいのか?」


「構わないわ。また2学期にすれば良いだけだもの。それより、一緒に帰りましょう」


「俺ん()に寄って行くのか?」


「そうね。やらないといけないことがあるから」


「やらないといけないこと? 何かあったか?」


「夏休みの宿題よ」


 当たり前のように言い切ったクリュスの声を聞いた祥吾が歩いていた足を止めた。思わず振り返る。更にその奥にいた別の生徒から不審そうな目を向けられた。今はまだ駐輪場の中だ。道幅は狭いので立ち止まると後列が詰まる。それを思い出すと慌てて再び脚を動かした。


 駐輪場の外に出た祥吾は日差しに目を細めつつも少し歩いてから立ち止まる。そうして横にやって来たクリュスに再度目を向けた。自転車に跨がったクリュスが声をかけてくる。


「どうしたの? 早く帰りましょう」


「わかっているんだがな、何で今から俺の家で夏休みの宿題をするんだ? 自分の家ですればいいだろう」


「宿題なんてどこでやっても同じじゃない。どうせなら一緒に片付けてしまいましょう」


「なんだか監視されているみたいな気がするんだよな」


「そんなことないわよ。こんな美人と一緒にいられて幸運じゃない」


「どうだかなぁ」


 小さくため息をついた祥吾が自分の自転車に跨がった。照りつける太陽を恨めしく思いながらペダルを漕ぎ始める。


 一旦会話が途切れ他2人だが、校門を出て公道に出ると話を再開する。


「クリュス、今週は毎日家に帰ったら少しずつ宿題を進めていたんだから、そんなに急がなくても良いんじゃないのか? 少なくとも今の時点だと俺って全校生徒の中でも1番宿題を片付けている自信があるぞ」


「残念、私はある程度終わらせているから2番目ね」


「嘘だろ。くっそ、どこまでも優等生な奴め」


 渋い表情をした祥吾が悪態をついた。本当に宿題をやったのか確認はしていないが、恐らくやったのは確実だろうなと考える。クリュスが嘘をつく理由などないからだ。例え嘘だとしてもどうせすぐに片付けるのは目に見えている。なので追及する意味はない。


 不満そうな表情の祥吾が言葉を続ける。


「でも、こんなに急いで宿題をやっている理由がダンジョンに入るためなんだよなぁ。正直なところ、あんまりやる気になれん」


「その辺りは悪いと思っているわよ。何かお礼をした方が良いかしら」


「お礼って言われてもな。何も思い付かないぞ」


 ありきたりな要求だと体ということになるが、祥吾としてはそんな気になれなかった。それだけのことを要求しても良い働きをしている自覚はあるが何か違うのだ。この辺りの感情は自分でもよくわかっていない。


 ため息をついた祥吾がとりあえず言葉を返す。


「まぁ、そのうち何かをしてもらうことにしようか。貸しだ、貸し」


「良いわよ。それじゃ、早く宿題を終わらせてしまいましょう」


「それはそれでやっぱりやる気が出ないんだよなぁ」


「この際やる気を出せなんて贅沢は言わないわ。体だけを動かしてくれたら」


「卑猥だなぁ」


 思い付くままにしゃべった祥吾はクリュスに苦笑いされた。その間も自転車をこぎ続ける。


 2人が祥吾の家に着いたのはしばらくしてからだった。

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