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ダンジョンキラー  作者: 佐々木尽左
第5章 高校1年の夏休み(前半)

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今月中にやるべきこと

 青い空に入道雲が現われることが当たり前になった7月半ば、日差しもまた容赦なく朝から通学する生徒を突き刺している。そのせいで誰もが汗を滴らせていた。前世紀だとこの汗のせいで白地の夏服が透けたものだが、今はそのようなこともない。


 自転車通学をする祥吾も朝から汗だくだ。最近の通学の悩みの種でもある。教室の冷房で冷えると寒くなるのだ。


 一方、クリュスはまったく平気な様子である。必要な手入れはしているとのことだが、だからといって汗をかかない理由にはならない。


 不思議に思った祥吾が隣を自転車で並走するクリュスに声をかける。


「クリュスは汗をほとんどかかないな。そういう体質なのか?」


「恐らくはね。あまり気にしたことはないけれど。祥吾はすごいわね」


「下の下着まで大変なことになっているから、後で困るんだよな」


「着替えを持ってきたら良いのに」


「面倒じゃないか。体育でもないのに毎日着替えるなんて」


「そのうち風邪を引くわよ」


「それはわかっているんだが、どうしても面倒っていうのが先だってな」


 学校に持っていく荷物を増やしたくない祥吾は渋い顔をした。それに、汗だくの脱いだ下着をビニール袋に入れて帰宅するまで持っているというのも地味に嫌なのだ。異世界で生きていたときは今以上に不衛生な環境で生活していたことを考えると不思議な感覚だが、嫌なものは嫌なのである。


「学校ももうすぐ終わりだから我慢するよ」


「体を冷やしすぎないようにね。ところで、昨日まで出された夏休みの宿題は少しずつやっているかしら?」


「うっ、い、一応は。簡単にできるやつから取りかかっているから、今のところはまだ詰まっていないぞ」


「どうせすぐ終わるんだから、さっさとやっていましましょう」


「すぐ? え、クリュスはもう夏休みの宿題を終わらせたのか? まだ休み前だぞ」


「さすがに時間が足りないから全部ではないけれど、ある程度よ。できないものなんてそもそも宿題として出すわけないんだから何とかなるわよ」


「俺は一生そんな境地に至れそうにないな」


 平気な顔で返答してきたクリュスを見た祥吾はため息をついた。最近は上向いてきたとはいえ、基本的に勉強は好きではないのだ。高校に入って3ヵ月以上になるが、何とかやっていけているのは隣を並走する万能美少女のおかげである。1年の1学期だけとはいえ、1度は高校生をやっていたにもかかわらずこの体たらくだ。自分に呆れるほかない。


 校内に入った2人は自転車置き場に自転車を置く。そうしていつも通り自分の教室へと向かった。




 1日の授業の終わりを知らせるチャイムが校内に響いた。各校舎が一気に騒がしくなる。運動部系の部活動をしている生徒たちはすぐに教室から出て炎天下の外に飛び出し、帰宅部の生徒たちは校舎の外で暑さに顔をしかめた。


 スポーツバッグに教科書などを詰め込んだ祥吾はそれを持って祐介の元へ行く。いつもの面子である敦と徳秋の他に、珍しく良樹が加わっていた。


 それを見かけた祥吾は良樹に声をかける。


「良樹、映像研究会はいいのか?」


「今日は少し遅れて行くんだ。会長と副会長がちょっと遅れるからそれに合わせるんだよ」


「やっぱり行くのか」


「それはもちろんだよ。最近は忙しいからね」


 当然のように返答する良樹を見た祥吾は何とも言えない表情を浮かべた。夏の同人イベントが控えていることを思い出したのだ。幽霊部員の身としては頑張れというしかない。


 それよりも、祥吾は暗い表情をしている敦と徳秋が気になった。怪訝そうに敦へと声をかける。


「どうしたんだ? 何かあったのか?」


「宿題だよ、夏休みの宿題。結構出ただろ。今それの話をしててなぁ」


「なんでこんなに出すんだろうなぁ。夏休みは休むためにあるのにぃ」


 敦の隣に座っていた徳秋が悲しそうな顔をしながら嘆いているのを見た祥吾は力なく笑った。その意見には同意しかないが、諦めの境地で2人に告げる。


「言ったところで宿題は減ってくれないからな。やるしかないんじゃないか?」


「祥吾、お前までそんなことを言うのかよ」


「祐介と同じことを言ってる~」


「祐介、そうなのか?」


「まぁな。ただ、宿題は夏休みの後半にする予定だぜ。前半はバイトして遊ぶからな」


「僕も後半だね。お盆まではあっちの作業が大変だから」


「あーそうだな。お前はできないよな」


 嘆く敦と徳秋をよそに祐介と良樹が当たり前のように答えた。それを見た祥吾がうなずく。中学校時代から計画的に夏休みの後半で宿題をこなしていたことを祥吾は知っている。なので暗いままの2人と違って何も心配していなかった。


 その後話をしていると祥吾のスマートフォンが震える。取り出して確認するとクリュスからメールが届いていた。


 連絡を受けた祥吾がスポーツバッグを肩にかける。


「それじゃ、俺はこれで帰る。敦、徳秋、いい加減諦めたらどうなんだ」


「はぁ、仕方ないか。ああそうだ、今日はバイトの日だったんだ!」


「ええ!? あ、オレは違った。良かったぁ。敦、いってらっしゃい~」


「僕もそろそろ行こうかな。みんな、またね」


「ならオレも帰るか。ゲーセンにでも寄っていくかな」


 祥吾の挨拶をきっかけに5人は解散した。それぞれが自分の向かうべき場所へと足を向ける。


 廊下に出た祥吾は夏の暑さに曝されてわずかに顔をしかめた。開けっぱなしの窓から空へと目を向けるとまだ朱くなる気配すらない。


 校舎から出て駐輪場へと向かうと祥吾は自転車を引っぱり出して乗る。校門から出た辺りで汗がにじみ出てきた。やはり直射日光を浴びるとなかなかきつい。


 帰宅すると祥吾は自室に戻り、着替えを持って風呂場へと向かった。シャワーを浴びてさっぱりとすると替えの服に着替える。その辺りで玄関から来客の気配がした。


 脱衣場から出た祥吾が自室に戻る途中で玄関に寄ると、2階に向かって声を上げる母親の春子と玄関で立つクリュスを目にする。


「あらぁ、祥吾、あんたお風呂に入っていたの?」


「汗だくだったからな。さすがに帰ったらひとっ風呂浴びたいよ」


「うんうん、清潔なことは良いことよね。さ、クリュスちゃん、上がってちょうだい」


「お邪魔します」


 靴を脱いだクリュスを案内する形で自室に戻った祥吾は来客に座布団を勧めた。それから自分は椅子に座る。


「学校でメールを見たが、本当にクレジットカードを作るのか?」


「そうよ。いつまでも放っておくと、祥吾はずっと作らないでしょう?」


「まぁそう言われると確かにそうなんだが」


「今から申し込んでおくと、早ければ今月中には使えるようになるわ。そうしたら8月からの遠征で使えるようになるじゃない。ちょうど良いでしょう」


「一応考えがあって勧めていたのか。ただ、親を説得しないといけないからな。それが」


「大丈夫よ。さっき下準備しておいたから」


「は?」


「玄関でおば様とお話をしたときにそれとなく私から必要であることを説明したのよ」


 用意の良さに祥吾は唖然とした。脱衣場にいたのではっきりとはわからないが、クリュスが母親の春子と話をした時間はそう長くないはずだった。その短時間の会話で説得が楽になるようなことを話したと言われても内容が想像できない。


 言葉が出ない祥吾に対してクリュスが更に話し続ける。


「期末試験の解答用紙があるでしょう? あれを全部持って今からおば様のところに行きましょう。それで説得できるはずよ」


「試験の成績が良いことを理由に話を進めるわけか。でも、それだけが問題じゃないだろう」


「ダンジョンで手に入れたドロップアイテムの換金額以内に収めると説明したわ。祥吾のお小遣いにすら手を付けないのなら、文句も言いづらいでしょう?」


「ダンジョンの利益だけで活動するからという条件なわけか。まぁそれなら説得しやすいか。ただ、俺ってお前から借りた金をまだ返していないんだよなぁ」


 この前の春休みにもらった札束のことを祥吾は思い出した。初期費用を賄うためにクリュスから借りた資金だが、未だ返していない。その後もちょこちょこと出費があったので余裕ができてから返済するつもりなのだ。この件に関してはクリュスの了解を得ている。


 あまり気の進まない祥吾だったが、クレジットカードがいずれ必要になるということは前に剣を買えなかったときに思い知った。なので答案用紙を持って母親に会いに行く。


 祥吾の説得は驚くほどあっさりと終わった。春子は無駄遣いしないようにと最後に注意して了承する。夕飯のときにクリュスと春子の3人で父親の健二に話をすると、若干渋い表情をされながらも認められた。


 改めて両親のクリュスへの信頼におののきつつも祥吾はスマートフォンで申し込みをする。後は審査結果を待つだけだった。

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