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ダンジョンキラー  作者: 佐々木尽左
第5章 高校1年の夏休み(前半)

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夏休みに向けての希望

 期末試験の翌週、1学期最後の1週間が始まった。7月も半ばのこの頃になると梅雨は過ぎて初夏となる。ただし、近年の夏は最初から手加減がない。太陽からの日差しにはまったく容赦がなかった。


 そんな月曜日の朝、正木祥吾(まさきしょうご)はクリュス・ウィンザーと一緒に自転車で黒岡高校に向かっている。少なくとも祥吾は帽子や日傘、それに日焼け止めなどは使っていないのでうっすらと日焼けしているが、一方のクリュスは春のときとまったく変化がなかった。


 自転車中学中、雑談の話題に一区切り付いた祥吾がクリュスに次の話題を振る。


「それにしても、これだけ日差しを浴びているのにお前の肌は全然焼けないんだな」


「みたいね。丈夫な肌で嬉しいわ」


「若いときから手入れをしないと30歳くらいから急にそのしわ寄せが来るって聞いたことがあるんだが、大丈夫なのか?」


「あら、詳しいじゃない。どうかしらね。最低限のスキンケアはしているけれど」


「日焼け止めはしていないのか?」


「しているわよ。外に出るときは必ず塗っているもの」


「やっぱりやることはやっているんじゃないか。てっきりノーガードだと思っていたのに」


「そんなわけないでしょう。この日差しを受けるのに対策なしはありえないわ」


 生まれながらにして日焼けしない体質なのかと思っていた祥吾は肩を落とした。どこか浮世離れしているクリュスも一般的な女性と同じように体の手入れに余念がないことを知る。いかに神々に関係しているとはいえ、その辺りは人並みらしい。


 再び話題が途切れると、今度はクリュスが祥吾に新しい話題を提供する。


「ところで、今日から解答用紙を返してもらうけれど、今の心境はどかしら?」


「緊張していないと言ったら嘘になるが、同時に楽しみでもあるな。自己採点だとどれも8割以上あったから」


「よろしい。教えた甲斐があったようね」


「あれだけやったからなぁ。泣いたり笑ったりできなくなるまで」


「あら、私はそこまでしていないわよ。それとも、本当にそのくらいした方が良い?」


「ごめんなさい」


 にっこりと笑顔を向けてきたクリュスに祥吾はあっさりと謝った。ここで下手なことを言うと本当に情け容赦ない指導をされることを知っているからだ。中学校時代の過ちを繰り返してはならない。


 過去の出来事を思い出して顔を引きつらせていた祥吾はクリュスと共に高校へとたどり着いた。自転車置き場に自転車を置くとその場で別れる。1人になると暑さを避けるように足早に自分の教室へと向かった。




 昼休みの始まりを示すチャイムが鳴った。授業の終了と共に校内に次々と弛緩した雰囲気が広がってゆく。


 椅子に座ったまま祥吾は背伸びをした。解放感溢れるこの昼休みというのは学校内で2番目に好きな時間だ。ちなみに、1番目は放課後である。


 何気なく顔を横に向けた祥吾は中岡良樹(なかおかよしき)が教室から出て行くところを目にした。いつも通り映像研究会の部屋で食べるのだろう。


 そこで少しぼんやりとしていると、既に友人の元に集まっていた木田祐介(きだゆうすけ)に祥吾は急かされた。大きな弁当箱とペットボトルを持ってそちらへと向かう。いつもの面子である6人がこれで揃った。


 祥吾が弁当を開けていると多湖敦(たこあつし)が箸を止めて声をかけてくる。


「祥吾、点数どうだった?」


「今のところは全部8割以上だな。どれも予想の範囲内で安心しているぞ」


「すっげぇなぁ、お前。中間のときとは大違いじゃねぇか」


「毎日少しずつ勉強していたからな。ここで成績が振るわないと夏休みが危なかったんだ」


「あー、そりゃ必死にもなるわな」


 羨ましそうに試験結果の話を聞いていた敦が夏休みの話を持ち出されて大きくうなずいた。成績不振を理由に親から条件を持ち出されると子供としては反論しづらい。


 焼きそばパンを食べきった香川徳秋(かがわとくあき)が口を尖らせる。


「祥吾はいいなぁ。オレもそのくらいあったら良かったのに」


「今のところどのくらいの点数なんだ?」


「70点台ばっかりだよ。これも悪くはないんだけどね。敦と同じくらい」


「そんなに悪くないんじゃないのか? 平均で言ったら10点くらいの差だろう?」


「その10点がおっきいんだよぉ」


 嘆きながら徳秋は次のメロンパンの包装を破ってかぶりついた。平均が80点以上というのは夢とのことだ。


 このように男子組が試験結果のことで盛り上がっているところに正名香奈(まさなかな)が別の話題を突っ込んでくる。


「終わったことはもういいじゃん。それより、これからのことを考えようよ」


「もうすぐ夏休みだもんね~!」


 可もなく不可もない点数を取っている林睦美(はやしむつみ)が香奈に同調した。過去はもう変えられないので未来へ目を向けようというのが本人の主張だ。


 真っ先に食い付いたのは敦である。


「お、いい話題だな! オレは今やってるバイトを増やしつつ、バイト先の仲間と遊ぶ予定なんだ。徳秋も一緒だぜ」


「バイト先の先輩とかがいい人なんだよねぇ」


「そうそう、夏休みに入ってすぐにバーベキューをするだろ、海にも行って、キャンプもする予定なんよな」


「敦、花火大会を忘れてるよ。早く夏休みが来てほしいよねぇ」


「いいじゃん! アタシは短期バイトをしておカネを集めて、アクセサリーの店を回っていくつもり!」


「アクセサリー? ああ、文化祭で何か言ってたヤツか」


「それもあるんだけど、ちょっと渋谷とか新宿とか色々行きたいところがあるのよね~」


 以前のことを思い出した敦がそのことを持ち出すと、香奈は嬉しそうにしゃべり始めた。それが一段落すると、今度は徳秋が睦美に話しかける。


「睦美は夏休みに何するの?」


「あたしは国内旅行するの~! 行きたいところがいくつかあってぇ、そのうちのいくつかに行くつもりなんだ~」


「どこに行くつもり?」


「大阪でたこ焼きとお好み焼きを食べてぇ、福岡で豚骨ラーメンを食べてぇ、長崎でちゃんぽん食べてぇ、香川で讃岐うどんを食べてぇ」


 それから延々とご当地グルメを口にし始めた睦美に、徳秋だけでなく他の面々も呆然とした。とりあえず、食べ歩き旅行だということだけは嫌でも理解する。


 睦美の相手を徳秋に任せた敦は顔を反対側に向けた。それに祐介が気付く。


「オレか? オレも短期バイトをしてからどこかに遊びに行く予定だぜ」


「どこかってどこなんだ?」


「それがまだ決まってないんだよな。ただ、盆休みは親の帰省に付き合う必要があるからちょっと面倒だが」


「そんなのがあるのか。そういや、オレんところはそんなのないなぁ」


「羨ましいぜ。親戚のおっちゃんやおばちゃんの相手をするのが厄介なんだよ。根掘り葉掘り聞いてくるから」


「おお、それはウザすぎる!」


 帰省の話を聞いた敦が嫌そうな顔をした。祐介から遠慮なしに尋ねられる実際の言動を聞かされて更にげんなりとする。更に親戚の子供の話も聞かされた。


 それまで睦美の話を聞いていた香奈は黙々と箸を動かす祥吾へと目を向ける。


「祥吾、あんたは夏休みどうするのよ?」


「たぶん、8月中に関東をぐるっと巡るかもしれないな」


「へぇ、あんたも睦美と同じで旅行するんだ」


「さすがに食い倒れ旅行じゃないぞ。食べることも多少は楽しむだろうが」


「どこに行くかはもう決めてんの?」


「う~ん、そこまでははっきりと。あと、親の都合でどこかに行くかもしれん」


「その口ぶりだと帰省じゃなさそうね」


「母さんの実家なんて今住んでいる家だからな。たまに旅行に行くんだよ、家族で。もうそろそろその話が出てきても良い頃なんだが、なければ今年はなしだな」


「はっきりしないわね、祥吾の予定」


「親の予定次第だからな。期末試験が終わったばかりだから、これから話してくれるかもしれん」


 箸を休めていた香奈が祥吾の話を聞いて何度か小さくうなずくと、睦美の話へと戻っていった。とりあえず満足したらしい。


 ここでは探索の話はしていないので祥吾は一安心した。あまり深く追求されると言葉に詰まるところだったのだ。


 それから弁当を食べるべく再び箸を動かそうとした祥吾だったが、ふと気になることを思い出した。敦と話をしていた祐介に話しかける。


「祐介、良樹の奴は夏休みに何か予定があるのか知っているか?」


「あいつは盆くらいにあるオタクのイベントに参加するって言ってたぞ。同好会だか研究会だかの活動で」


「ああ、そんなことを言っていたな、そういえば」


 別件で良樹から話を聞いたことを祥吾は思い出した。イベントに向けての作業が間に合いそうにないときは手伝ってほしいと言われたことが脳裏に蘇る。現在の進捗がどうなのかまったくわかっていない。


 とりあえず知りたいことを知れた祥吾は箸を動かす。手に持っている弁当の中身はもう半分も残っていない。


 話を聞きながら祥吾は白米に続いて唐揚げを口に入れた。

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