ダンジョンの無害化─狭山ダンジョン─
ドロップアイテムである握り拳大よりも更に大きい魔石を手に入れた後、祥吾とクリュスは守護者の部屋の奥の壁に発生した扉の前に立った。その足元にタッルスがいつの間にか近寄っている。
扉に手を付けたクリュスが何事かつぶやくとその取っ手を掴んで開けて中に入った。黒猫に先を譲った祥吾は最後に続くと石垣で造られた通路の奥に部屋があるのを目にする。その中央にはダンジョンの核である水晶が鎮座している台座があった。
台座の前に立ったクリュスが振り向いてしゃがむ。
「タッルス、こっち側に来てちょうだい」
祥吾の足元からクリュスの元へ寄ったタッルスが抱え上げられた。そして、黒猫自体が輝き始め、丸まったかと思うとそのまま球体へと変化する。そのまま眺めているとすぐに台座の上にある水晶と寸分違わぬ姿になった。
タッルスが変化した水晶を手にしたクリュスに祥吾は目を向けられる。視線を受けた祥吾は小さくうなずくと元から台座に置かれていた水晶を祥吾は持ち上げた。水晶の中央部分に筋のようなものが見える。
入れ替わりにクリュスが台座の上にタッルスが変身した水晶を置いた。それからしばらくして同じ大きさの水晶が生み出される。
「祥吾、タッルスを持ち上げて」
手にしていた元の水晶をリュックサックに入れた祥吾は次いで台座に置いてある水晶を持ち上げた。それと入れ替わりでクリュスが手にしていた神々謹製の水晶を置く。これで作業は完了だ。
タッルスが元の黒猫の姿に戻る中、クリュスが水晶に手を当てて目を閉じるのを祥吾は目にする。神々に作業報告をしているのだ。
黒猫を抱えたままの祥吾はクリュスから声をかけられるのを待った。しかし、今回はいつもよりもその時間が長い。ひたすら待つしかないので黒猫を構い始める。黒猫の方も嬉しいのか楽しげに応じていた。
そうしてようやくクリュスが水晶から手を離したことに祥吾は気付く。
「やっと終わったか。長かったな」
「守護者の部屋の落とし穴の件を報告したから少し時間がかかったの」
「あれってそんなに長引く話だったのか」
「神様はあれを見つけていらっしゃったみたいだけれど、気にしていなかったらしいわ」
「わかっていたが大したことだとは思っていなかったという感じか？ そっちが知らずに穴に落ちそうになったから騒いでいるだけって言われたらそれまでだったんだが」
「ダンジョンに関する予想の精度を上げるために今度から注目する点を増やすということで、今回の話は終わったわ」
「それで解決するんなら俺はそれでもいいけれど」
具体的にどう対策したのかわからない祥吾の歯切れは悪かった。しかし、具体的な話をされてもわからなさそうだったので追及はしないでおく。
ともかく、これで狭山ダンジョンは無害化できた。２人はリュックサックに荷物と黒猫を入れてそれを背負い、ダンジョンの核がある部屋から出る。
守護者の部屋に戻ると祥吾は背伸びをした。それからスマートフォンを取り出す。
「午後５時半か。悪くないんじゃないか？」
「そうね。夜ではなくて夕方ですもの。上出来よ」
２人が早い時間に帰れることを喜んでいると両者の体が光り輝き始めた。すぐさま周囲が真っ白になり、短時間でその白さが薄れていく。
周りに目を向けると、正面玄関に立っていることに気付いた。何組かの探索者パーティが点在しており、いきなり現われた２人に目を向けている。
そんな周囲を気にせずに２人は階段を上がった。ダンジョンの外に出るとまだ明るい。
周囲の様子を見た祥吾が喜ぶ。
「やっぱり明るいうちに戻れるのはいいなぁ」
「そうねぇ。この後１時間くらいかけて自転車で家に帰らないといけないことを思い出さなければね」
「うーん、やっぱり失敗だったな。今度からは電車かバスを使おう」
「そうね、それがいいわ」
帰りの移動手段について思い出した２人の表情は沈んだ。この失敗を糧に次からは気分良く帰れるように公共交通機関を使う決意を固める。
「それじゃ、ドロップアイテムを売りに行きましょう」
「今回は大して手に入れてないよな」
「それでも売らないと。魔石なんて持っていても仕方ないもの」
「確かにそうなんだが。あ、そうだ！ 俺、剣をまた買わないといけないんだった！」
「落とし穴に落としちゃったのよね」
「春からこれで２回目だぞ。いくら何でも多すぎるだろう」
「せめて落としたのが泉だったら良かったのにね」
「泉だったらどうなるんだ？」
「知らないの？ 金の剣と銀の剣、どちらを落としたのか女神様が尋ねてくださるのよ」
「ああ、あの落とし物を素直に返してくれない話か」
「ひどい言い方じゃない。今度神様に言いつけてやるんだから」
「あの神様の知り合いだったのかよ！？」
まさかの告げ口に祥吾は目を剥いた。本当にあの神々の関係者なのかは不明だが、事実だった場合はどんな制裁を受けるかわかったものではない。
そんなことを話ながら２人はダンジョンの入口から警戒区域内にある道を歩いた。そのまま正門を抜けると探索者協会の敷地に出る。探索者がちらほらと往来していた。
狭山支部の本部施設に入った２人は着替えとシャワーを済ませると再び合流した。一旦ロビーまで歩く。
「祥吾、前にドロップアイテムとして手に入れた武器があったじゃない。銛と槍斧だったっけ？ あれは使ってみないの？」
「前にも言ったが、使い慣れない武器だからそう簡単にはいかないんだよ」
「でも、こう頻繁に剣をなくしていたら使った方がいいんじゃないかしら」
「そう言われると、ちょっと弱いんだよな」
「槍斧の方はともかく、銛の方は形が槍に近いからまだ扱いやすいんじゃないかしら」
槍と同様に先端に様々な形がある銛だが、祥吾が手に入れた銛は単純や鏃型だった。しかし、そもそもが投擲するための武器である。あと、鏃に返しが付いていて抜けないようになっている点も問題だ。槍として使うには不便である。
「銛はやっぱり駄目だな。槍として使うのも難しい。それなら槍を買った方がいいぞ」
「そういうものなんだ」
自分の専門でないからかクリュスはそれ以上勧めてこなかった。
２人は話をしながら本部施設の建物を出て売買施設へと足を向ける。中に入るといくつもの店舗があり、人もまばらにいた。
全国にチェーン展開している買取店ダンジョンドロップアイテムズは出入口の近くにある。２人は袋を手にして店内に入った。
マニュアル対応の店員の案内に従って２人は隣のカウンターへ移る。そこで袋から売りたいドロップアイテムをカウンターへと並べると、店員はすぐに査定の作業に入った。手慣れたもので淀みなく数を数えて金額をパソコンに入力していく。
提示された金額に問題がないことを確認した祥吾は買取証明書にサインをした。そして、探索者カードを差し出して紐付けられた口座に入金してもらう。クリュスも続いて手続きを済ませた。
買取店から出るとクリュスが祥吾に話しかける。
「剣はここで買うの？」
「そうだな。店もすぐそこにあるし、寄っていくか」
「でもクレジットカードはないのよね。探索者カードでも紐付けていないし」
「あ」
売却金は探索者カードを使って口座に入金するという行為に慣れ始めていた祥吾は、つい癖ですべての取り分を入金してしまった。どのみち今回の稼ぎでは剣を買えなかったのでどうにもならないが、そのことも合わせて頭を抱える。
「しまった。ということは、家に帰ってから改めて買いに行くしかないな」
「やっぱりクレジットカードが必要なんじゃない？」
「む、まぁ、そうだな。でも、別の日に買えるならそれでもいいだろう」
「便利なのにな」
「そうなのかもしれないが、１８歳以下は親の同意が必要だろう。今の俺だと、どうやっても説得ができないじゃないか。中間試験の件もあるし」
「そうだったわね」
「だから、当面は無理だ。どうせ今の俺にはあったら便利でも必須ってわけではないから、まだいいだろう」
以前勧められたクレジットカードを再び勧められた祥吾はまたもや断った。今回は以前と違って理由もあったのでクリュスも強く言ってこない。
その代わり、クリュスは別の提案をしてくる。
「祥吾、フードコートに寄りましょう。私はクレープを食べてから帰りたいわ」
「え、帰ったらすぐ晩飯だぞ？」
「平気よ。今日はたくさん動いたもの。クレープくらい何てことないわ」
「クリュスがそう言うのなら構わないが」
「祥吾は何を食べるの？」
「何にしようかなぁ」
袖を引っぱられた祥吾はクリュスに続いて歩き始めた。よく食べる祥吾からしたら食前の軽いつまみ食いみたいなものなので強く拒む理由もない。
歩きながら祥吾はタッルスをリュックサックの中から出してやろうと思った。
