週末の挑戦2─狭山ダンジョン─(6)
疲れを癒やすために黙って座っていた祥吾とクリュスだったが、いつまでもそうしているわけにはいかなかった。これから入る守護者の部屋での対策を話し合う必要がある。
「祥吾、大型木人形について覚えている?」
「木人形の大きいやつだろう。実物は見たことないが」
「あら、そうなの?」
「俺だって全部の魔物と遭遇しているわけじゃないぞ。それで、そいつの特徴だが、乾燥している場合は燃えやすく、湿っている場合は燃えにくいんだったよな」
「その通りよ。水属性の魔法を使えたらかなり厄介な魔物だったんでしょうけれど、幸い魔法は使えないわ」
「丈夫さはどのくらいなんだ?」
「乾燥している場合は割れやすく、湿っている場合は削りにくいわね」
「なるほど、本当に植物の性質なんだな」
「核に関しては土人形と同じよ」
「今回は片っ端から燃やしていったらいいんじゃないか? 湿っている奴がいたら俺が相手をするんだ」
「乾燥するまで燃やし続けるという方法もあるけれど、あれは効率が悪いのよね」
「さて、この部屋の連中はどうなんだろうな」
休憩を終えた祥吾が立ち上がった。クリュスもそれに続き、タッルスは2人の背後にちょこんと座っている。
前に出た祥吾は取っ手を手にして扉を開けると、広い部屋の奥に大型木人形が3体立っていた。姿形は土人形と同じで体の材質が木材だ。それらが同時に動き始めて近づいて来た。それを見ながら剣を鞘から抜く。
「我が下に集いし魔力よ、頼もしき火となり、彼の物に力を授けよ」
番人の部屋とは少し違う呪文をクリュスが唱えると、祥吾が手にしている剣の刃にうっすらとした火がまとわりついた。火属性魔力付与である。
「これであいつを斬りやすくなったんだよな」
「そうね。何もないよりはずっといいわよ」
「後は湿っていないことを祈るだけか。それじゃ行ってくる!」
対応策を施してもらった祥吾は走り出した。足の遅い大型木人形と部屋の中央よりもやや奥よりで接敵しかける。大きさは成人男性の2倍程度と番人の部屋のときよりも大きい。攻撃の間合いは相手の方が広いので早く懐に入る必要があった。
ところが、その手前で祥吾が床を足で踏んだとき、急に接地感が薄らぐ。目だけ下に向けると床板が前後に開いて穴が見えていた。しかも底が見えない。落とし穴だ。
何かを考えている暇などない。慣性の法則で落下しつつも前に進んでいるのを活かして祥吾は何とか落とし穴の縁にへばりつく。目の前に迫ってきている大型木人形を一旦無視して、一気に体を引き起こして床に転がった。そこへ中央の個体が蹴りつけてくる。
「くっそ!」
起き上がることなく再び転がった祥吾だが、さすがに躱しきれなかった。半ば無意識に剣で身を守るが、相手の足がかすった際に剣を弾き飛ばされてしまう。宙を舞った祥吾の剣はそのまま落とし穴の中へと消えた。
痺れる右手を気にしつつも祥吾は周囲を素早く見る。三方を大型木人形に囲まれ、背後は約2メートル四方の落とし穴だ。飛び越えられるのならば背後へ逃げるのが最善だが、片膝を付いた状態で助走なしとなるとさすがに厳しい。
そのとき、左端の個体に火の玉がぶつかった。大型木人形の頭部から胸の辺りが盛んに燃え上がる。そのせいで左側の個体はよろめいた。
他の2体から殴られかけていた祥吾は迷わず左後方へと飛んだ。落とし穴の角を飛び越えて大型木人形の包囲網から脱出する。そこで久しぶりに立ち上がった。
3体の大きな木の人形を睨む祥吾にクリュスが声をかける。
「祥吾、大丈夫なの!?」
「右手が痺れたくらいだ! それより、剣を落とした!」
「代わりの武器はあるの?」
言葉で答える代わりに祥吾は腰からナイフを引き抜いた。刃渡り20センチメートル程度とナイフにしては大きい。しかし、剣と比べるとあまりにもささやかだった。
そうは言っても、祥吾は簡単に後退できない。大型木人形は1体が燃えているとはいえ、未だ3体とも健在なのだ。牽制役が1人いないとクリュスが充分に魔法を使えなくなってしまう。
徐々に後退しながらどうしたものかと祥吾が考えていると、左手に持っていたナイフの刃にうっすらとした火がまとわりついた。思わず背後を振り返る。
「それでどうにか牽制して!」
「ああ、わかった!」
何とも頼りない武器ではあったが、とにかく使えるようになったことに祥吾は感謝した。相手の攻撃を受け流すことはできないが、針のように刺して嫌がらせはできる。
無傷の大型木人形が落とし穴を迂回して祥吾に迫ってきた。胸部から上が燃える個体は鎮火を諦めたらしく、他の2体の後方から追ってくる。
後退をやめた祥吾は前に出た。同時に左右に広がりつつあった2体のうち、左側の個体に火の玉が着弾する。今度は右胸部から頭部にかけて燃え上がった。
周囲の状況を見た祥吾は残る無傷の1体を引きつけることにする。その個体が近づいて殴りつけようとしたので後退して躱した。
どうやって引きつけようかと祥吾は考えつつも周囲を見たとき、ひとつ面白いことを思い付く。攻撃力がほとんどない今の祥吾としてはもうこれしかない。
祥吾は無傷の大型木人形を中心に反時計回りで回り込もうとした。当然無傷の個体は祥吾に合わせて体の向きを変える。背後に回り込もうとしていたのならば明らかに失敗だ。しかし、祥吾の目的はそうではない。
落とし穴が自分の右側に位置するように立った祥吾はそこで待ち構えた。大型木人形は当然近づいて来て殴ろうとする。振り下ろされた左拳を避けるために祥吾は後退した。そして、そのまま落とし穴の縁をなぞるように右へと移動する。追ってきた無傷の個体も同じように落とし穴の縁をなぞるように回り込んできた。そうして祥吾を右拳で殴ろうとする。そのとき、祥吾は右側の落とし穴を飛び越えた。対面側ではなく、無傷の個体の横を通り抜けるように斜め前方の縁へだ。これなら穴の幅も1メートルもないので短い助走で飛べる。
一方、無傷の大型木人形は落とし穴側に体をひねるようにして右拳を振り抜いた。もちろんこれで穴に落ちることはないが、左脚に体重が乗り、元々脚が短いこともあって重心が完全に落とし穴側へと傾いている。
落とし穴を飛び越えた祥吾はすぐに右拳を振り抜いた状態の大型木人形の背後に回ると全力でぶつかった。右拳を振り下ろした状態の右脇腹へと突っ込んだのである。こうなると無傷の個体は体を支えられずに落とし穴へと頭から落ちていった。動きが遅い相手だからこそ通じた作戦である。
動き回るだけで1体を倒した祥吾はクリュスへと目を向けた。すると、上半身を盛大に燃やして尚クリュスへ近づこうとしている大型木人形と、既に全身を炎に包まれて床に倒れている1体が目に入る。壁に沿って移動するクリュスが再び火の玉を最後の1体にぶつけると、それは胴体を粉砕されて崩れ落ちた。
戦いが終わったことを知った祥吾がクリュスに近づく。
「そっちは大変そうだったな」
「祥吾ほどじゃないわよ。落とし穴に落ちそうになる程の苦労はしていないもの」
「あー、まぁそれは。ちょっと恥ずかしいな」
「そんなことないわよ。地図情報に落とし穴のことなんて書いてなかったから」
「やっぱりそうだったのか。情報を見落としていたのかと思っていたが、違ったんだな」
「今回の核の変調は魔物ではなく仕掛けに影響が出ていたけれど、守護者の部屋にもそれが現われていたとはね。ダンジョンの部屋に影響が出るという意味では同じとも言えるんだから、油断していたとも言えるわ」
クリュスが油断していたとなるとそれは祥吾も同じだった。仕掛け以外に変化はないという受付嬢の言葉と最新の地図情報に記載がなかったことを過剰に信じていたのだ。異世界で冒険をしていた頃はここまで油断していなかったのではと内心で頭を抱える。
「ただ、神様からのお話になかったのが気になるのよね。この後報告しましょう」
「神様にだって見落としくらいはあるんじゃないのか?」
「言い忘れや細かいことだから言わなかったっていうだけならいいのよ。でも、問題のある見落としだったら困るじゃない。今後破滅的な問題を見落としてしまうってことなんだから」
「ああ、神様が見抜けなかったら俺たちどうしようもないもんな」
「そういうこと。だからこその報告なのよ」
神々に報告する意図を理解した祥吾がうなずいた。今後自分たちが困らないよう対策してもらうというわけである。
話を終えると2人はドロップアイテムである大きめの魔石2つを拾った。ひとつ少ないのは落とし穴に落ちたからである。あのときはそこまで考えが至らなかったのだ。
無言でクリュスに顔を向けられた祥吾は目を背けた。




