週末の挑戦1─滝山ダンジョン─(4)
地下4層はそれまでよりも魔物の質と量共に上がるわけだが、特に質が上がるというのはどういうことか。それは、活性死体の元ネタとなる種族が変わるということだ。今までは人間、小鬼、犬鬼などが中心だったの対してより強い種族が動く死体となって襲いかかってくるわけである。
例えば、地下4層では動物系の活性死体がよく襲ってきた。黒妖犬、巨大蛇、突撃猪などだ。生きていれば群れることのない魔物がまとまって攻撃してくる。まるで死んだことで仲間になったかのようにだ。
これに対して祥吾とクリュスはどう対応したのかというと、いつも通りである。通常の剣でも攻撃は通じるので祥吾は頭部を潰すことに専念し、クリュスは火属性の魔法で支援した。元がどんな魔物であろうとも、動屍体は頭部を潰されると活動を停止する。しかも、いずれも身体は傷んで動きは生前よりも鈍くなっているのでむしろ戦いやすかった。
問題点があるとすれば、それは死臭がきついということだろう。毎回強烈な臭いを撒き散らしてやってくるので迷惑なことこの上ない。気配云々以前に人並みな鼻があれば誰でもその接近を知ることができるのは楽であるが。
そんな地下4層を踏破した次は地下5層である。この階層では罠がより意地悪になった。矢の威力が強くなったり毒針の毒がより凶悪になったりという方向へと向かうのが一般的だが、滝山ダンジョンの地下5層では違う。探索者が活性死体の攻撃を受けやすくなるように設置されているのだ。
例えば、罠としてよく設置されている刺し針には毒が塗られていることもあるが、この階層では大抵全身が麻痺する毒であることが多い。動けなくなったところをやって来た活性死体が襲いやすいようにだ。また、虎挟みが罠として多用されていたり、床一面が強い粘着物質で覆われている粘着床などもある。
このように、致命傷になるような罠はほとんどなく、じわりと追い詰めるものが多い。これらをかいくぐる必要があった。
2人はこれらの魔物や罠と撃退したり回避したりして奥へと進んでゆく。探索者協会で手に入れた地図情報は何人もの探索者が過去に記録したデータだ。このデータが多くの危険を回避させてくれる。
「おお、やっと見つけた。クリュス、下に続く階段があったぞ」
「本当ね。これでこの階層はお終い。次で最後よ」
「今度は魔物の数が倍に増えるんだよな。そろそろ魔物と罠に挟み撃ちにされそうだ」
「そんなことを言ったら、本当にそうなってしまうわよ」
「しまった。フラグを立てたか」
クリュスに指摘された祥吾は軽く肩をすくめた。ああいう験担ぎみたいなものはあまり信用していないが、話を盛り上げるために面白半分で使うことがたまにある。
そうして2人は地下6層へと降りた。守護者の部屋までの地図はあるので最短経路はわかっている。罠の位置と種類もわかっているので後は進むだけだ。
実際に通路を進んで行くと情報通りなので何とか罠を回避することはできた。反対に魔物は通路いっぱいに広がって襲いかかってくるのでそうもいかない。これが厄介だといえば厄介だった。しかし、たまに面白い事態に出くわすことがある。
「あー、また来たな。クリュス、この通路にある罠の正確な位置は?」
「左側の端に近いところに虎挟み、右の奥に仕掛け矢があるわ」
「ということは、待って迎え撃った方がいいのか。あいつらまっすぐ向かって来るばっかりだもんな」
「あら、早速引っかかったみたいね」
「それはいいんだが、どうせなら頭に命中してほしかったな」
やって来た魔物の群れを見ながら2人はその場で待ち構えていた。現在はとある最短経路上の通路で、10体以上の活性死体に正面から襲われつつある。ただ、霊体は見かけない上に動きが遅いので割とのんびりとできるのだ。そして、その間に動屍体が仕掛け矢に引っかかって右肩に矢を受けたのだが、何しろ既に死んでいるので意味がない。そのまま向かってきていた。反対側では白骨体が虎挟みに引っかかってこけてばらばらになっている。しかし、無傷の骨の部分はすぐに組み合わさってほとんど元に戻るはずだ。
こうして、珍しい事態に遭遇しながらも2人は最短経路を進んでゆく。そうしてようやく守護者の部屋の手前までやって来た。
部屋に入る前に2人は近くで小休止のために座った。クリュスはリュックサックからタッルスを出してやる。
「にゃぁ」
黒猫は床に降り立つとその場で背伸びをした。そうして祥吾の元に寄ってゆく。
近寄ってきた黒猫が横で寝そべるのを目にした祥吾がその頭を撫でた。それからクリュスへと顔を向ける。
「次のラスボスは豚鬼祈祷霊体だったか?」
「そうよ。魔法の威力は小鬼祈祷霊体と同じくらいだけれども、耐久力はずっと上だという話よ」
「つまり、一撃では死なないということか?」
「恐らくは」
「勝ったと思って油断したら反撃されるわけか。しかし、死んでも耐久力が高いんだな、豚鬼は」
「みたいね。でも、やることは番人の部屋のときと同じよ」
「そうだな。なら、勝てるか」
実際にはそう簡単な話ではないことくらい祥吾も理解していた。しかし、戦う前から気後れするのは良くない。自分を奮い立たせるためにも勝ったところを思い浮かべた。
小休止を終えると2人は立ち上がる。今度はタッルスも外に出たままだ。
扉の前に立った祥吾はあらかじめ剣を鞘から抜いた。隣のクリュスがその剣に魔法を付与してくれたので刃全体がぼんやりと淡く輝く。これですぐにでも戦える準備が整った。
取っ手を手にした祥吾が扉を開く。中に入ると番人の部屋よりもずっと大きい室内の奥に豚鬼祈祷霊体が待ち構えているのが目に入った。この3体はそれぞれの間隔が10メートル以上空いている。範囲攻撃を警戒しているのかもしれないと考えた。
2人は今回もこの3体から入室直後に攻撃を仕掛けられる。火の玉、氷の矢、石の槍が迫ってきた。前回同様にに左右に分かれて魔法の攻撃を避ける。
右側に避けた祥吾は右側の個体に向かって走り寄った。番人の部屋の2倍近くも広いので時間がかかる。その間に右側の個体に魔法で次々と攻撃された。しかし、前回とは違って中央の個体はクリュスを狙っている。魔法を使わないのでクリュスよりも脅威ではないと判断されたらしかった。ある意味その判断は正しい。
「それはそれで都合がいいな!」
吐き捨てるようにつぶやいた祥吾は尚も目の前の豚鬼祈祷霊体の魔法攻撃を避けながら迫った。すると、目の前に火の壁が現われる。さすがにこの中へは突っ込めないので急停止する。そこへ、中央の個体から氷の矢を撃ち込まれた。思わず後退して避ける。
祥吾は次いで中央の個体へと迫ろうとした。向きを変えて駆ける姿勢を向けると魔法を撃ち込まれる。このまま近づけば、やはり防御魔法を展開されるのは目に見えていた。そのため、火の壁が途切れた辺りで中央と右側の個体の間に割り込むように床を転がって魔法を避ける。
中央と右側の豚鬼祈祷霊体の中間辺りで立ち上がった祥吾はそのまま中央の個体へと向かった。剣の間合いまで突っ込もうとする。そんな祥吾に対して中央の個体は何かしようとしたが、横から飛んできた火の矢を受けてよろめいた。クリュスの魔法だ。これを好機と捉えて剣で斬りかかる。袈裟斬りにすると中央の個体は下がった。しかし、再び横から飛んできた氷の矢を受けてついに消滅する。
「よし、やはりな」
戦い方がわかってきた祥吾は勢いづいた。右側の豚鬼祈祷霊体が攻撃をしなかったのが同士討ちを避けるためだと確信したからだ。つまり、相手の魔法は相手の仲間に有効で、同士討ちを避けるだけの知恵はある。ならば、人間と戦う感覚でいけると踏んだ。
部屋の両端に残った個体のうち、左側の個体はクリュスと相変わらず撃ち合っていた。部屋の半分ほどまでクリュスは進んで来ているので割と近距離で魔法を投げ合っていることになる。一方、右側の個体は弧を描くように部屋の中央へと移動していた。同士討ちを避けて祥吾を狙うのか、それともクリュスに切り替えるのか、この時点では不明だ。
このとき、祥吾は迷わず移動している豚鬼祈祷霊体へと走った。横合いからクリュスを狙われるのはまずからだ。近づこうとすると当然反撃される。それを避けながら懸命に近づいた。そのとき、その移動していた右側の個体が体を大きく揺らす。風の魔法で攻撃を受けたらしい。そこへ一気に踏み込んで剣で斬りつけた。更に後退しようとするところを追ってもう1度。これで2体目も消滅した。
これで残るは1体のみとなる。戦い方も確立した以上、もう勝敗は揺るがない。祥吾とクリュスは残る1も倒した。




