週末の挑戦1─滝山ダンジョン─(3)
霊体を視認できるだけでなく気配もある程度窺えることがわかった祥吾は、以後いつも通り前衛として前に出た。クリュスの魔法がないと攻撃できないのは今まで通りだが、前もって気配を察知できるのならば霊体の第一撃を避けられるという判断である。それに、他の活性死体と戦うときはどのみちクリュスから離れないといけないからででもあった。
こうして懸念点を解決した2人は迷うことなく滝山ダンジョンの中を進む。階下へと続く階段を見つけるとそのまま地下3層へと降りた。
今まで遭遇した魔物から判断する限り、ダンジョンの核の異常により強くなったという霊体の強さを祥吾は実感できないでいた。これに関して今も首をひねるばかりである。
「クリュス、霊体は前よりも強くなっているんだよな? 前がどの程度なのか知らないからかもしれないが、強いという気がしないんだが」
「今のところは多少強くなっても私たちの敵ではないということじゃないかしら」
「ああつまりだ、剣にかけてもらった魔力付与が強力すぎて多少強くなってもその差はないも等しいということか」
「そうね。簡単にやっつけられるうちに取りかかれて良かったわ」
「確かに言えているな」
引っかかっていた点がはっきりとした祥吾は安心した。見逃していることがないのならば今の感覚は信じても良い。積極的に戦うことができる。
地下3層になると1度に襲いかかってくる魔物の数は増えるが、どれも動きが鈍いのでやりやすかった。小鬼や犬鬼よりも戦いやすいと言える。
こうして襲いかかってくる魔物を蹴散らしながら2人は進んだ。探索は順調に進み、予定通りこの階層の番人の部屋へと到達する。
「今のところ恐ろしく順調だな。この調子で中ボスも倒せたら最高なんだが」
「今度は相手も魔法を使ってくるから今までのようにいかないわよ」
「できるだけささやかな魔法を使ってほしいよな」
「そう願いたいわね。さぁ、行きましょう。番人の情報は覚えている?」
「大丈夫だ。さっさと終わらせよう」
小休止を終えた祥吾とクリュスは番人の部屋の扉を開けた。縦横30メートル程度の室内が目の前に広がる。その奥には3体の半透明な存在が佇んでいる。その姿は成人男性の半分くらいの大きさで小人みたいな姿だ。更には粗末な杖を持ち、ぼろぼろのローブをまとっている。小鬼祈祷霊体だ。
2人は室内に入った途端、その3体から一斉に魔法で攻撃された。それぞれ、火の玉、水の玉、そして石の礫だ。それを左右に分かれて避ける。
「我が下に集いし魔力よ、彼の物に力を授けよ」
クリュスの呪文の詠唱が終わると、祥吾が鞘から抜いた剣の刃全体がぼんやりと淡く輝き始めた。それをちらりと認めた祥吾はそのまま小鬼祈祷霊体に駆け寄る。攻撃する手段があるのなら前衛は魔法使い相手に接近戦を挑むのが最良だからだ。
しかし、当然そんな簡単にはいかない。向かって右側の個体に近づこうとした祥吾は途中で火の壁に行く手をさえぎられてしまう。その上で中央の個体から氷の矢を撃たれた。仕方なく回避するため後退する。そのとき、背後をちらりと見るとクリュスが向かって左側の個体と魔法で撃ち合っていた。
ここで祥吾は作戦を変更する。クリュスが魔法での競り合いで負けるとは考えられないので、1対1で戦えるように残り2体の小鬼祈祷霊体を引きつけることにしたのだ。そこで、今度は火の壁を迂回して中央の個体に近づこうとする。予想通り、今度は水の壁にさえぎられた。これで祥吾は攻めあぐねることになるが、同時に相手も祥吾たちを攻めづらくなる。
長期戦の用意が整った直後、左側の個体が何かよって切り裂かれるのが祥吾の目に映った。そのまま空中に散って消えてなくなる。
「祥吾、壁が消えたら突っ込んで!」
「わかった」
「我が下に集いし魔力よ、彼に在りし呪いを解きほぐせ」
水の壁の前で構える祥吾は目の前の障害がなくなるのを待った。そして、そのときはすぐにやって来る。せり上がっていた水の壁が突如としてその姿を維持できなくなり、床一面に水をぶちまけたのだ。
これを機に祥吾は突っ込む。しかし、中央の小鬼祈祷霊体も黙ってはいない。氷の矢を撃ってきた。至近距離ではあったが予想していた祥吾はそれを剣ではじき、大きく振りかぶるって目の前の相手に刃を振り下ろす。切り裂かれた個体は空中に溶けるようにして消えた。
残るは右側の個体のみだ。祥吾に火の矢を撃ってくる。攻撃直後だった祥吾はそれを伏せて回避した。頭上を明るく細い矢が通り過ぎて行く。
その間、自由に動けたクリュスが魔法の呪文を唱えていた。そうして長杖を突き出すと二拍ほど後に最後の小鬼祈祷霊体が切り裂かれる。その効果から風属性の魔法を使ったと推測できた。
立ち上がった祥吾は室内を見回す。自分とクリュス以外に動くものがないか確認した。そうして大きく息を吐き出す。
「終わったか。やっぱり魔法使い相手は面倒だな」
「ふふ、私のありがたみがわかったかしら?」
「そう来たか。まぁ実際、ありがたいのは確かだな。何しろ魔力付与なしだと攻撃できないんだから」
「逆に言うと、攻撃手段さえあればどうにかなるのよね」
ドロップアイテムを拾いながら2人は雑談に興じた。ここで滝山ダンジョンは折り返し地点である。一旦休憩に入った。
祥吾がスマートフォンの画面を表示させる。
「10時半過ぎか。いいペースだな。ここで長めの休憩をしても2時頃にはラスボスの部屋に行けそうだ」
「今回の核の変調は魔物の質に影響を与えているみたいだけれど、それが私たちにとっては誤差の範囲で収まっているからね。量で押し寄せられるといくら弱い魔物でもここまで簡単ではなかったはずよ」
「今までがそうだったからな。毎回こうだと嬉しいのに」
「私もよ。ああそうだ、せっかくだからタッルスを出してあげましょう」
リュックサックを下ろしたクリュスが中から携行食と共にタッルスを出した。黒猫は背伸びをするとすぐに祥吾へと寄っていく。
壁際に座った祥吾はタッルスを膝に乗せて携行食を食べ始めた。その隣にクリュスが座る。こちらも同じ物を口にしていた。
黒猫を撫でながら食事をする祥吾がクリュスに話しかける。
「今のところ楽勝だが、クリュスから見て気になる点っていうのはあるか?」
「先を急がないといけないようなものはないわね。でも、壁や床をすり抜けてくる霊体は依然厄介な存在よ。真正面から戦えば敵ではないんだけれど、あれの真骨頂は物理的な制約を受けずに移動できるということだから」
「なるほどな。戦力面ばかり見ていたら足元を掬われるわけだ。その他の活性死体はどうだ?」
「あれも単体では大したことないけれど、まとまって襲われたら厄介ね。特に挟み撃ちにされたときは。動屍体は噛まれたり引っかかれたりすると毒が回りやすくなるし、白骨体は骨さえあればいくらでも再生できるから」
「魔物部屋に迷い込んで襲われたらきついそうだな。あれは数で押してくるやつだからこっちが一気に苦しくなるぞ」
「地図があるからそれは心配しなくてもいいわよ。通路で遭遇したときのとだけ考えて」
「わかった」
携行食の最後のひとかけらを口に入れた祥吾はゆっくりと噛んだ。結局のところ、楽勝と感じられるのはうまくいっているからで、一歩足を踏み外せば地獄が待っていることを改めて理解する。そうなると、今の状況を維持するためには最後まで足を踏み外さないようにするしかない。
食後、もうしばらく休んだ2人は立ち上がった。祥吾は背伸びをしてからリュックサックを背負い、クリュスはタッルスをリュックサックに入れてやる。
「さて、後半戦だ。どんどん魔物を倒して先に進むか」
「そうしましょう」
出発の準備が整った2人は階下へと続く階段を降り始めた。階段はそう長いものではないので大した時間もかからずに地下4層へと足を踏み入れる。
「クリュス、そういえば、霊体って霊的存在だから物理的な存在に直接干渉できないんだったよな。だから壁をすり抜けられるんだし」
「ええ」
「だったら、魔法での攻撃じゃなくて直接触られたときに、どうして人間は痩せ衰えて死ぬんだ?」
「魂を削り取られているからよ。人間の魂には触ることができるの、霊体はね」
「そういうことか」
前から疑問に思っていたことを知った祥吾は微妙な表情を浮かべた。謎が解けたことは嬉しいが、その内容はとても喜べたものではない。やはり魔物は厄介な存在だと改めて強く感じる。
周囲の確認を終えた祥吾はクリュスに指示を求めた。聞いた経路を頭に入れて歩き始める。ここからは更に魔物の数が増え、罠が悪質化するので気が抜けない。
2人はゆっくりと歩き始めた。




