週末の挑戦1─滝山ダンジョン─(1)
土曜日の早朝、祥吾はクリュスと共にタクシーに乗っていた。今は片道1車線の道を南南西に向かって進んでいる。目指すは滝山ダンジョンだ。
今回は初めてタクシーを使っているが、最初は自転車を使う予定だった。調べてみると1時間程度で行けそうだったからだ。ところが、クリュスが改めて調べてみると滝山ダンジョンは小山の上にあるため、最後の登りが自転車では難しいことが判明する。次に電車で最寄り駅から歩こうとすると、今度はその最寄り駅からが遠かった。自動車では30分程度のようだが2人はまだ自動車免許証を持っていない。こうして最終的にタクシーという選択肢になったのだ。
ただ、そうなると高校生の身分でタクシーという手段は手が出るのかという問題が次に立ちはだかるが、これはまったく問題ない。2人とも何度かダンジョンを攻略したことである程度の資金を持っているからだ。祥吾は親元に住んでいるので武器や防具の買い替えや道具の購入がなければ貯まる一方であるし、クリュスに至っては別口で収入があるので大した額ではなかった。
むしろ問題になるのは高校生という身分自体だ。早朝に乗り込んだときに滝山ダンジョンまでと告げると間違いないか確認されてしまう。そして、正しいとわかると今度は心配された。最後は親の了承を得ないとそもそも探索者にはなれないと説明したところでようやく納得してもらう。人の良い運転手ということで祥吾とクリュスは何も文句は言わなかった。
滝山ダンジョンに併設されている探索者協会の敷地前に到着すると2人はタクシーを降りる。まだ朝も早いからだろうか、人の数は多くない。
「活性死体系の魔物は人気がないらしいから人が少ないのかな」
「どうでしょうね。普段の様子がわからないから何とも言えないわ」
周囲を眺めながら歩いていた2人は滝山支部の本部施設へと入った。ロビーを突っ切って奥にある通路沿いにある更衣室へと別れて入る。男性更衣室では祥吾がスポーツバッグからインナーやエクスプローラースーツを取り出して身につけて、プロテクターと剣を装備して完了だ。ロッカーにスポーツバッグをしまい、リュックサックを背負って廊下に出た。ほぼ同時にクリュスも姿を現す。
「さて、受付カウンターで最新の情報は受け取れるかな。最近現われる霊体は前のよりも強いのか、他にもダンジョンの外へいつも出ることができるのか知りたい」
「霊体に対応できる探索者を募集する依頼が出ていたけれど、実際のところどうなっているのかも聞いておきたいわね」
今回はどちらも知りたいことを抱えて受付カウンターへと向かった。先に祥吾から受付嬢に話しかける。
「おはようございます。先程滝山ダンジョンの最新データをダウンロードしたんですが、それ以外にも何か知っておくべき情報はありますか?」
「ありがとうございます。ダンジョンの情報についてですが、以前の魔物よりも倒しにくくなったという報告が上がってきています。具体的には霊体の耐久力が上がっているそうです。例えば、火属性の魔法による攻撃が3回から5回へと増やさないと倒せない、などです」
「他には何かありますか?」
「これは最近確認されたことですが、霊体は大量放出でなくても壁や地面を通り抜けてダンジョン外へと出てくることがあるそうです。そのため、今月から警戒地区の警戒度を引き上げ、探索者による巡回をしています」
最新データには概要は記載されていない具体的な話を聞いた祥吾がうなずいた。前の魔物よりも強くなっているのは確かなのが確定する。ただ、それから更に強くなっているかまではわからないようだ。
次いでクリュスが問いかける。
「ということは、霊体に対応できる探索者を今も募集されているのですね」
「はい、募集しています。現在人手不足なので常時受け付けておりますから、ご興味がある場合はお気軽にお声をかけてください」
「24時間警戒しているのかしら」
「警戒区域の巡回はシフト制ですのでずっと警戒するわけではありません。また、日当の他に食事代や宿泊費もありますのでご安心を」
その後、クリュスは更にいくつかの質問を投げかけた。すべて回答を得ると祥吾へと顔を向ける。用は済んだという合図だ。
受付カウンターを離れた2人はロビー内を歩く。
「異常の影響はもう表面化していたな」
「そうね。事前情報の通りだったわ。これ以上悪化する前に処理しないと」
「そうなんだが、事前の打ち合わせ通りでいいんだよな」
「地下3層の番人の部屋までで最後まで行くかどうか決める、だったわよね」
「覚えてくれていたな。特に今の俺が通用するかだ」
「魔力付与云々を抜きにして、そんなに不安なの?」
「霊体系と戦った経験は少ないからな。神経質かもしれないが」
「ちゃんと剣が通用するようになったら、あなたでも充分通用するはずよ」
「そう願っているよ」
励まされた祥吾が肩をすくめた。そのとき、本部施設の建物から外へと出る。
尚も雑談をながら2人はダンジョンへと向かった。
正門の自動改札機を通り過ぎてトンネルから抜けると警戒区域へと入った。目の前の風景が更地であることは他のダンジョンと同じだが、滝山ダンジョンでは道路から外れた遠方に探索者の姿が見える。2人だ。
それに目を向けながら祥吾が口を開く。
「あれが巡回か。霊体が出てから対処するんじゃ遅いのか」
「壁の外に出るのを防ぐためでしょうね。色々問題があるでしょうし」
「幽霊系っていうのはこう言うのが怖いよなぁ。いつどこから現われるかわからないから」
「受付カウンターで聞いた話が本当だということは、もうこの警戒区域からダンジョンにいるつもりで動かないといけないわけね」
「いきなり足元から出てきたらたまらないな。ああでも、霊体って普段見えないものだろう? どうやって探し出すんだ?」
「姿を隠しているときは魔法感知ね。霊体は霊的な存在であって魔法的な存在ではないけれど、この世に留まるには微量の魔力を常に必要としているのよ」
「なるほどね。でもそうなると、みんなどうやって霊体を見つけて戦っているんだ?」
「頻繁に魔法感知をあちこちにかけて、その位置を割り出したら魔力分解をかければ一時的に普通の人でも見えるようになるわよ」
「それでも一時的なのか。今回は俺が前衛っていうのは通用しなさそうだな」
何気なく口にした祥吾はクリュスから返事がないことに気付いた。どうしたのかと顔を向けると何とも言えない表情を浮かべている。
「あれ、どうしたんだ?」
「もしかしたら、なんだけれども、祥吾は私と同じように霊体をそのまま目にできるかも」
「なんでまた?」
「前に言ったことがあることを思い出してほしいんだけれど、私は元々神様の力によって作られた存在だから神様との親和性が高くて、その私に引っぱられてこの世界に転移しちゃった祥吾も神様との相性はなかなかのものらしいのよね」
「あー、言いたいことがわかったぞ。つまり、お前の影響を受けているから俺も見えやすくなっている可能性が高いわけだな」
「そうなのよ。ふふふ、男の子って特別な存在になるのに憧れるらしいわね。良かったじゃない」
「俺は高一だ、中二じゃないぞ!」
小さく舌を出したクリュスに対して祥吾は叫んだ。しかし、落ち着いて考えてみると、今回に限って言えば悪くない。非常にやりやすくなる可能性があるわけだ。
難しい顔をした祥吾が落ち着いた声で問いかける。
「ということは、まずは俺が霊体を見えるかどうか確認しないといけないわけだな。ちなみに、お前は確実に見えるということでいいのか?」
「構わないわよ。神様の姿が見えるのに霊体の姿が見えないなんてあり得ないもの」
「確かにそうだ。なら、後は俺だけか。どうやって確認するんだ?」
「私の隣にいてくれたらいいわ。近づいて来れば気配も察知できるから、いる方向を教えてあげる。それで見えたら合格ね」
「簡単そうな試験で良かったよ。厳しかったらどうしようかと思った」
「貴重な仲間なんですから、無闇に危険な目には遭わせないわよ」
「今戦力って言ったな?」
「ふふ、どうかしらね。それと、他の活性死体系の魔物が来ても私の側を離れないで」
「いつどこから霊体がやって来るのかわからないからだな」
「当たりよ。本当はこの警戒区域で試せたら一番良かったんだけれど」
「探索者協会としては結構なことなんだけれどな」
クリュスに肩をすくめられた祥吾は苦笑いした。さすがに自分の能力を試すために周囲の危機を望むほどではない。
話をしているうちに2人は滝山ダンジョンの入口にたどり着いた。見た目は一般的な石造りのものと大差ない。
その中へと2人は足を踏み入れた。




