久しぶりの3人
6月に入った。大型連休のざわつきはすっかり鳴りをひそめ、中間試験の緊張も薄くなってきている。しかし、この時期が平穏なのかというとそうでもない。
まず、先週あった中間試験の結果が次々と生徒に返却されていった。授業中にもかかわらず、1人ずつ解答用紙が返される度に様々な感情が発露されるのだ。ある者は満足そうにうなずき、ある者は肩を落とし、ある者は叫び、そしてまたある者は膝から崩れ落ちる。自分の予想が当たろうが外れようが、結果を容赦なく突き付けられた。
1-Bクラス内も他のクラスと変わらない。誰もが一喜一憂している。祐介や良樹は予想通りだと満足し、敦はこんなものと達観し、徳秋は悲しそうに肩を落とし、そして香奈と睦美は想像以上だと喜んでいた。
そんな中、祥吾は自分の結果を諦観して迎え入れる。今更何を言おうが点数はかわらないのだ。この失敗を次に活かすしかない。
試験結果が次々と返却されたある日の放課後、授業が終わると祥吾は返る準備を始めた。スポーツバッグに勉強道具を入れて立ち上がる。
そこへ、祐介と良樹がやってきた。それに気付いた祥吾が顔を向ける。
「高校に入ってから2人揃って来るなんて珍しいな」
「敦と徳秋はバイトを始めたんだってさ。それで今日は3人でゲームセンターにでも行こうと思って、こいつを誘ったのさ」
「良樹は映像研究会の方はいいのか?」
「別に毎日行かなきゃいけないっていう決まりはないよ。1日くらい問題ないね」
「というわけだ。祥吾、行こうぜ」
「そうだな。試験も終わったし、行くか」
急ぎの用事もなかった祥吾は友人2人の誘いを受けることにした。話が決まると自転車で黒岡小町商店街へと向かう。
目当ての場所はゲームセンター『プレイパラダイス』だ。春休みに3人で行ったあの場所で3階建ての建物が丸々ゲームセンターである。近年減少の一途をたどる遊戯施設だが、この辺りでは最後の1店舗なので逆にまだ生き残っているという店舗だ。
目的地に到着すると3人はすぐに中へと入る。1階のクレーンゲーム置き場を通り過ぎて、2階の格闘ゲームのフロアまで上がった。放課後ということもあって制服姿の者たちが多い。
「とりあえず、アーファイだな。壁際の筐体で肩慣らししようぜ」
祐介が提案したので他の2人も承知した。一部の人々に受けている格闘ゲームだ。プレイヤー2人が横並びで対戦できる筐体を1人1台ずつ横並びで占めてゲームを始める。キャラクター選択は、祐介だけが前とは異なるキャラを選んだ。
しばらくコンピューター戦をプレイしていた3人だが、最初にクリアしたのは祐介だった。椅子から立ち上がって祥吾と良樹の背後に立つ。
「2人とも、まだかかりそうか?」
「俺はもうちょいだな。やられなければあと2面ほど」
「僕は折り返しを過ぎたところだね。まだかかるよ」
「だったらオレは先に対戦してくるぜ」
友人2人に声をかけた祐介がフロアの別の場所へと移動していった。そんな祐介を祥吾も良樹も見送る余裕はない。今はひたすら自分のプレイに集中していた。
次にコンピューター戦をクリアしたのは祥吾だ。隣でまだプレイ中の良樹に声をかける。
「俺も終わったからちょっと回ってくるぞ」
「僕もこれが終わったら行くよ」
椅子から立ち上がった祥吾は歩き始めた。フロアの隅を占めるアーバンファイターの筐体の数はそれほど多くはない。そして、フロア全体の筐体のうち、半分ほどを占めるのが現在主流の格闘ゲーム『ストリートキング』である。
友人の姿を探していた祥吾は祐介の姿をそこで見かけた。対面型筐体なので相手の顔は見えないが誰かと対戦しているようである。近づいて背後に立つと画面を眺めた。現在は優勢に勝負を進めている。なかなか良い勝負をしていた。
やがて祐介が勝利して終わると、祥吾が声をかける。
「アーファイで肩慣らししたのにストキンをやっているのか」
「こっちの方が人が多いからな。すぐに誰か入ってきてくれるし。お、まただぜ」
乱入の文字が画面に表示されたのを見た祐介が嬉しそうに言葉を返してきた。ゲームが得意な祐介らしい意見だと祥吾は思う。対戦型ゲームの醍醐味は他人との対戦なのでプレイヤー人口は重要だ。確かにアーバンファイターで他人が乱入してくる頻度はそう高くない。祐介がストリートキングに惹かれるのも仕方のないことだった。
祐介の何回かの対戦を見ていた祥吾だったが、一向に終わる気配がないので他人と対戦することに決める。できるだけうまくなさそうなプレイヤーを選んで筐体の前に座り、乱入した。この目論見はうまくいく。2本先取でストレート勝ちしたのだ。
気持ちの良いスタートを切った祥吾はその後すぐに乱入され返す。負けた相手が再挑戦を申し込んできたのだ。今度は違うキャラクターを選択したことから、あるいはこれが持ちキャラなのかもしれないと警戒する。
その警戒は正しかった。ストレート勝ちした前回よりもキャラクターの動きが良い。1本目は負け、2本目は僅差で勝ち、そして3本目が始まる。最初は押されていたが、特殊ゲージが溜まったところで大技を仕掛けてこれが成功し、以後押し切って勝った。
良い勝負を勝ち抜いた祥吾は大きく息を吐く。やはりプレイヤーに勝つのは楽しい。
相手のプレイヤーは諦めたらしい。コンピューター戦が始まる。祥吾はそのままプレイを続けた。1戦目が終わったところで祥吾は背後から声をかけられる。
「祥吾君もストキンをやってるんだ」
「その言い方だと、祐介はまだ勝ち続けているんだな」
「らしいよ。自分で常勝無敗だって言ってたから」
順調にプレイを続ける祥吾は苦笑いした。そんな祥吾に良樹が告げる。
「僕はアーファイをやって来るよ」
「ストキンじゃないのか」
「これ苦手なんだよね。アーファイの方が合うんだ」
その言葉を聞いた祥吾は背後から人の気配がなくなったことに気付いた。もう筐体のある場所に向かったようだ。
画面へと集中した祥吾はプレイを続ける。それは、対人戦で負けるまで続いた。
ゲームセンターを出た祥吾たち3人は近くのコンビニに立ち寄った。帰宅後に夕飯があるので飲み物だけを買う。そうしてコンビニ前で飲み始めた。
ミルクティーのペットボトルから口を離した祐介が機嫌良く口を開く。
「いやぁ、楽しかったな。15人抜きなんて久しぶりだったぜ」
「調子良かったよな、お前。俺なんて負けが込んだっていうのに」
「僕の場合は対戦相手がほとんど来なかったな」
「そりゃアーファイだとそうなるだろ」
しばらくは3人でゲームの感想戦を言い合った。主に印象に残った対戦相手の話である。
その後、話題は小遣いへと移っていった。祐介が顔をしかめる。
「もっと小遣いがあればゲームができるんだけどなぁ。敦たちみたいにバイトでもするか」
「僕は映像研究会があるから難しいかな。でも、お小遣いのやり繰りが大変なのは確かだね」
「祥吾はどうなんだ? 確かお前って探索者をやってたよな」
「確かクリュスさんとダンジョンに入っていたんだよね。ぶっちゃけ儲かってるの?」
「一見すると儲かっているように見えるんだが、探索者に必要な装備や道具を揃えると結構金がかかるんだ。しかも、壊れたら買い直さないといけないから、金があるからって簡単には手を付けられないんだよ」
今の自分の状況を振り返りながら祥吾は友人2人に返答した。異世界で冒険者をしていたときと同じく、基本的に自転車操業な働き方なのだ。そのため、誰もが装備を更新するときは慎重になるし、仕事に対して安全マージンを大きめに取ろうとするのである。
「命懸けでダンジョンに入るっていうのに微妙そうだな。やっぱり探索者はなしだな」
「そうだね、祥吾君には悪いけど、お金を稼ぐ手段としては微妙かな。それに、暴力的な人が普通よりも多いって聞くしね」
「その辺りは否定できないな。長く探索者として飯を食っている人はそうでもないんだけれど、特にちょっと探索者になれて力を振るえるようになった連中がなぁ」
友人に説明しながら祥吾は渋い表情をした。現にこの2ヵ月と少しで2回も探索者絡みの犯罪に巻き込まれている。とても安全だとは言えない。探索者の印象が悪いのは知っていたが、友人たちからその評価を聞くとため息をつきたくなる。
「祥吾、お前も気を付けろよ。下手すりゃ死んじまうんだからな」
「そうそう。使えないお金のために死ぬなんて馬鹿らしいからね」
「ああ、わかっているよ」
心配してくれる友人2人に祥吾は曖昧な笑みを浮かべながらうなずいた。金銭のためにやっているわけではないが、心配してもらえるのは嬉しい。
その後、飲み物を飲みきるまで雑談を続けた。




