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ダンジョンキラー  作者: 佐々木尽左
第4章 高校の定期考査とダンジョン攻略

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考えるべきこと、やるべきこと

 中間試験から解放された数日後の週末、祥吾はいつも通りに目覚めた。スマートフォンに設定された目覚ましが鳴ったというのもあるが、体が日々の習慣に従ったという理由の方が大きい。


 目を開けた祥吾は布団から起き上がった。いつもの慣れで布団を片付けて私服に着替え、自室を出て洗面所で顔を洗う。


 台所へと入った祥吾は両親が既にいるのを目にした。父親の健二は新聞を読んでおり、母親の春子は流し台で洗い物をしている。


「あら、おはよう。ご飯の支度をしてあげるわねぇ」


「祥吾、今日は学校が休みなのに早いじゃないか。またダンジョンに行くのか?」


「今日は行かないよ。そういつも行くわけじゃないし」


「それはそうだな。ところで、この前中間試験があったそうだな。どうだったんだ?」


「あー、可もなく不可もない感じだったかな」


 朝一番の会話から思い話を突き付けられた祥吾はわずかに顔をしかめた。母親には既に伝えてあったので父親はそちらから聞いているはずだ。それでも尋ねてきたのは本人からその回答を直接聞きたかったからだろうというのは理解できる。更に言うと、本題はほかにあることも推察できた。今のはあくまでも話をするきっかけにすぎない。


「試験結果が返ってくるのは週明けかららしいからまだ推測の域を出ないが、大体の手応えは感じているんだろう?」


「うん、まぁ」


「その結果は祥吾の全力の結果なのか?」


 心の中で即座に違うと祥吾は返答した。直前の週末をダンジョン攻略に費やし、まったく勉強できなかったせいで全力など発揮できていない。クリュスのように普段から完璧にできていればもっと良い結果になっていたことは想像できるが、その過程は意味がないことを祥吾はよく理解している。


「返事がないということは全力を出せなかったと受け止めるが、仮にそうだとして、その原因は自分でわかっているのか?」


「うん、わかっているよ」


「許可した手前、そう簡単にやめろとは言わないが、この状態が続くようだとさすがに考え直さないといけなくなる。お前も自分で時間のやり繰りをしているんだろうが、きちんと高校生として全力が出せるようにするんだよ」


「うん、わかった」


 母親が朝食の用意をしてくれる中、祥吾は父親に対して静かにうなずいた。自分に対する忠告が正しいことは理解しているし、何なら言われなくても承知している。また、異世界で生きていた期間を含めると精神的には30歳近い大人なので、父親が息子に言いたくなる気持ちもある程度は共感できた。


 それだけに、祥吾は今の自分の立場のなさというのを強く実感している。中間試験の結果次第ではこうなることはわかっていたのだ。それなのに、高校最初の定期考査でその事態の回避に失敗した。


 ダンジョンはこの世界に刺さった異物で悪影響を与えているらしいが、祥吾の生活に対してもまったく同じなのだ。これをどうにかしないといずれ破滅してしまうが、何とかしようとしても強く影響を受けてしまう。そして、関わらないという選択肢もないし逃げられない。


 目の前に用意してもらった朝食に祥吾は手を付ける。それはいつもほどおいしくなかった。




 朝食後、祥吾は何をしようかと考えた。久しぶりにダンジョンの攻略を考えなくても良い日なので戸惑う。春休みまではこれが当たり前だったのに、そんな生活がもうずっと昔のことのように思えた。


 自室に戻った祥吾がぼんやりとしているとスマートフォンが鳴った。母親の春子からである。


『祥吾、ちょっと畑の手入れを手伝ってくれない?』


「え、俺が?」


『草むしりを手伝ってほしいのよ。2人でやった方が早く終わるじゃない』


「父さんは?」


『仕事だってさっき出て行ったわ。どうしてもやらないといけないことがあるらしいの』


「まぁそういうことだったら」


 スマートフォンから耳を離した祥吾は小さくため息をついた。休みの日なのに会社へ出勤しないといけないなんてと思う。しかしすぐに、自分が異世界で生きていたときは曜日はもちろん平日休日関係なしに働いていたことを思い出した。


 世界が違っても休日出勤が当たり前のようにあることに気付いてしまった祥吾は作業着に着替える。長袖のシャツにジーパンだ。


 準備ができた祥吾は家を出て裏庭に回る。すぐに家庭菜園が目に入った。今の畑には夏に収獲する人参の他に、葱や枝豆のための大豆が植えられている。


 その畑で祥吾は母親が草むしりをしているのを目にした。そして、振り向いた母親に声をかけられる。


「あっちから草むしりをしてちょうだい」


「わかった」


 指示された場所から祥吾は草むしりを始めた。手伝い自体はたまにやっているので作業の進め方は知っている。(うね)の横にしゃがんで草むしりを始めた。


 草むしりをするときは雑草の根から取り除くのが理想だ。しかし、実際にはそれが難しいことが多い。土が固まっていて抜きにくかったり手での掴み方がまずかったりと理由は様々である。


 そこで祥吾は小さいスコップを使った。その先端で草の根元を軽くほぐしてから引き抜くのである。こうすることで根も一緒に取り除けるのだ。しかし、作物が植わっている畑の(うね)でそれをやり過ぎるといけないので注意が必要だが。


 黙々と作業をしていた祥吾は少しずつ位置をずらして雑草を抜いていった。しゃがみっぱなしなので腰から下が次第につらくなっていく。普段使わない筋肉を使うので、鍛えていないと翌日内股を中心に筋肉痛になるのがきつい。


 少しずつ場所を移動しているのは母親も同じだ。そのため、近くで作業をすることもある。このときは同じ(うね)で向かい合って草を抜いていた。


 互いにほぼ向き合うような形で祥吾が草を抜いていると母親に声をかけられる。


「祥吾、調子はどう?」


「ちゃんと根っこから取っているよ。抜いたやつは後でまとめて捨てにいくから」


「そういえば、クリュスちゃん、最近うちに来ていないわねぇ」


「中間試験があったからだよ。さすがにその間は無理だって」


「ちゃんと勉強していたのかしらねぇ」


 草むしりの手伝いに呼んだのはこの話がしたかったからかと祥吾は推測した。言いたいことは当然あるよなと内心でため息をつく。


「あいつはそんなに勉強しなくてもある程度の点が取れるんだ。だから、試験前は友達に勉強を教えていたらしいよ」


「すごいわね。頭がいいなんて羨ましいわぁ」


「それは俺も思う」


「どうせだったら、クリュスちゃんに勉強を教えてもらいなさいよ。普段からよくあんたの部屋に来ているんだから」


「ああ、うん」


 曖昧に返事をしながら祥吾は香奈と睦美のことを思い出した。クリュスに勉強を教えてもらって予想以上の手応えがあったと聞いている。


 そういえばと祥吾はこの前のダンジョンに入る前のことを思い返した。クリュスは今後のことを考えておくと言っていたが、一体何をどうするつもりなのだろうか。


 草をむしっている母親との間が再び開いていくことを目にしながら祥吾は考えた。




 昼からの祥吾はクリュスと共に警察署へと足を運んだ。奥多摩3号ダンジョンで他の探索者に襲撃された件についての事情聴取である。


 話す内容については探索者協会でしゃべったことと同じだ。高校入学直前のときと同じように祥吾はそのときの状況を語る。ただ、今回は加害者の1人が死亡しているので前回よりも時間がかかった。祥吾の判断が適切だったかを問われたのだ。これに関して、祥吾は自分は間違っていないことを主張する。


 微妙な立場の祥吾を援護してくれたのはクリュスだった。そのときの状況がいかに危険だったかを切々と訴え、祥吾の判断が正しかったことを主張してくれたのだ。涙さえも流して。


 そうして最終的に警察は祥吾の判断を妥当なものだと受け入れてくれるようになった。先に提出していた音声記録があったのも地味に大きい。


 尚、捕まった5人の探索者は起訴されるとのことだった。証拠もあるので有罪になるのはほぼ間違いないという。そうなると探索者登録は抹消だ。2人ともとりあえずは一安心した。


 警察署の建物から出ると祥吾は大きく背伸びをする。隣を歩くクリュスは小さく息を吐いたのをちらりと見た。何と声をかけようかと考えると先に話しかけられる。


「あの件もやっと一区切り付いたわね」


「そうだな。でも、春休みに続いて2度目だ。なんかやけに多いよな」


「私たちのせいじゃないんだから気にしても仕方ないわよ」


「いや、そうなんだけれどなぁ」


 思い切りの良すぎるクリュスの意見に祥吾は苦笑いした。何かに取り憑かれているなどと言えば鼻で笑われそうな雰囲気だ。実際に笑い飛ばすだろうと強く思う。


 この後はどちらも特にやることを決めていない。何をしようかと祥吾は考えた。

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