最初の難関、中間試験
黒岡高等学校の中間試験が始まった。試験期間は3日間で主要教科の試験を受けることになる。初日は月曜日だ。週明けいきなりの試験に生徒たちの気持ちは地の底まで下がっていた。
この日、祥吾はしかめっ面をしながら登校する。しかし、落ち込んでいる暇はない。週末に試験勉強ができなかったので1分1秒を取り戻す必要があるのだ。友人との挨拶もそこそこに自分の席に座って教科書とノートを広げる。
やがて問題用紙と解答用紙を手に教師が入室してきた。祥吾は沈痛な面持ちで教科書とノートをスポーツバッグに片付ける。もう後は自分の地力を信じるしかない。
教室内の生徒全員が配られた用紙を前に開始の合図までじっと待つ。祥吾もその1人だ。さっきまで見ていた内容を頭の中で反復する。
教師の合図があった。試験開始と共に全員が一斉に様子を表に返す。解答用紙に名前を書くと問題へと目を移した。祥吾は険しい顔のまま試験に臨む。
祥吾はひとつずつ問題を解いていった。解ける問題はともかく、解けない問題が悩みどころだ。まったく何も思い付かないのであればまだ諦めもつくが、中途半端に答えが出てきそうなときが困る。次の問いに移るべきかどうか迷うからだ。頭の中は意外と曖昧である。できない問題の記憶ほどいい加減だったりあやふやだったりした。さっきページをめくっていたところだったのにと思うときほど悔しいことはない。
教師の合図があった。試験終了と共に全員が息を大きく吐き出す。解答用紙が後ろから順番に回収されてひとつの試験が終わった。祥吾は一瞬ぐったりとする。しかし、空いているわずかな時間を次の試験勉強に費やさないと状況は悪化するばかりだ。スポーツバッグから次の教科書とノートを取り出して広げる。
これらを何度か繰り返してその日の試験が終わった。その日最後の試験終了直後のざわめきはひときわ大きい。祥吾は全身から力が抜けきっていた。
そんな祥吾の元に祐介と良樹がやって来る。
「随分とへばってるじゃないか」
「疲れ果てているからな。中学の時はもっと楽にできていたはずなんだが」
「僕はそこまで難易度が違う様には思わなかったけどなぁ。祥吾君は違うんだ」
「お前ら、どのくらい取れていそうなんだ?」
「オレは80点台くらいかな。ちょっとミスったところがあったから」
「僕も同じくらいかな。可もなく不可もないって感じだよ」
気負った様子もなく返答する2人が祥吾には眩しかった。これが週末勉強できた者とそうでない者の差かと呆然とする。
「祥吾はどのくらいだったんだ?」
「7割くらいあったら嬉しいかなって感じだな」
「微妙だな」
「60点台っていうことなんだね。確かに良くはないけど、悪くもないんじゃないかな?」
「お前らは80点以上あるからそんな余裕なんだよ。もうちょっといけると思ったんだけれどなぁ」
もっと勉強できていればという但し書きが付くが、という言葉を祥吾は内心でつぶやいた。最近は色々と噛み合っていない気が強くする。
その後も雑談をした祥吾だったが、明日以降の勉強をこれから帰宅してやらないといけないので話を切り上げた。明日と明後日の試験のためにこれから勉強しないといけない。
祥吾は友人2人に別れを告げると教室を出た。
教師の合図があった。試験終了と共に全員が息を大きく吐き出す。解答用紙が後ろから順番に回収されて試験が終わった。祥吾はぐったりとする。1時間前まではすぐに空いているわずかな時間を次の試験勉強に費やしていたが、もうそんなことをする必要はない。試験はすべて終わったのだ。
強大な敵をとりあえず退けた祥吾はしばらく動かなかった。これで当面は試験のことを考えなくても良いのだ。今はそれがただただ嬉しい。
そんな祥吾を呼ぶ声があった。敦である。手招きしていた。何の用事なのかは何となくわかるので黙って立ち上がる。
「祥吾お前、大丈夫か? 具合が悪そうに見えるぜ?」
「大丈夫だ。たった今治ったから。とりあえず試験のことはもう考えなくてもいいからな」
「その口ぶりだと、試験の結果は」
「何だよ。敦はそんなに良かったのか?」
「いやぁそれが、今回はいまいちぱっとしなかったんだよな」
「なんでまた。先週から結構勉強していたじゃないか」
「そうなんだけどな、みんなと答え合わせをしたら、結構ちょこちょこ間違えてたんだよ」
「それは残念だったな」
「ケアレスミスさえなければ、70点は確実だったのになぁ。で、お前はどうなんだよ?」
「7割あったら嬉しいなっていう感じかな」
「おお、仲間じゃないか!」
本気で喜んでいる様子の敦が祥吾側へと身を乗り出した。驚いた祥吾は少し引く。嬉しくない仲間だ。
そこへ徳秋も入ってくる。
「オレも仲間が増えて嬉しいよぉ!」
「お前もか。敦共々頑張っていたのにな」
「そうなんだよぉ。でも、実際に試験をやってみると、なかなか思い出せなくてさぁ」
「もしかして記憶力の問題なのか?」
「それってオレがバカって言ってるよね?」
「いや、そうは言っていないが」
「ホントにぃ?」
「中間試験の結果が似たり寄ったりなのに馬鹿になんてできるわけないだろう。自分のことも馬鹿だって言っているのと同じじゃないか」
「それもそうだったね!」
誤解が解けたことで徳秋が笑顔になった。どうも勉強した割に結果が伴わなかったことを気にしているらしい。
そうやって男子が集まって試験後の感想会をしていると、香奈と睦美が寄ってくる。
「みんな、試験の結果ってどうだった?」
「やけに嬉しそうじゃん。そんなに自信あるのかよ?」
「へへ~ん、ちょっとね! 何しろ今回の試験は最低でも70点以上あるかもしれないんだから! うまくいけば80点? いやぁ、アタシってやればできる子だったんだね!」
「マジかよ!? 香奈お前、そんなに自信あるのか」
浮かれる香奈の話を聞いた敦が目を見開いた。大きな口を開けたまま絶句している。
そんな敦の表情を見て香奈と睦美が笑った。次いで睦美が嬉しそうに胸を張る。
「聞いて聞いて~、あたしもかなりイイ感じだったんだよ~!」
「どのくらいだったんだ?」
「えへへ~、香奈と同じ70点以上くらいかなぁ」
「かなり頑張ったんだな」
「そうなんだよ~。でもね、やっぱりクリュスちゃんのおかげかな。クリュスちゃんに教えてもらってからかなり変わったんだよ~。祥吾はどのくらいだったの?」
「あー、7割あったら嬉しいなっていうくらいかな」
「えー? もっとできると思っていたんだけどなぁ」
嬉しくてはしゃいでいた睦美が目を丸くして口に手を当てていた。勉強ができる雰囲気があるように感じていたらしかったが、祥吾からするとそちらの方が不思議だ。
そんな風にみんなで話をしていると、徳秋の嘆きが聞こえてくる。
「2人ともいいなぁ。オレもクリュスちゃんに教えてもらいたかったよぉ」
「そうは言っても、男子禁制なんだからしょーがないじゃん」
「変な男子にセクハラされたらイヤだもんね~」
「オレそんなことしないよ!」
「別に徳秋のことだなんて言ってないでしょ」
「そうだよ、あくまで一般論だったのに~」
「あ、あれぇ?」
墓穴を掘ってしまった徳秋は目を白黒させた。香奈と睦美から白い目を向けられて敦へと助けを求める。しかし、その敦は嫌そうな顔をするばかりだった。
このような感じでいつもの面々は試験直後の解放感にひたったまま話を続ける。祥吾も今はこれを楽しんだ。
教室で友人と雑談した後、祥吾は帰宅するために駐輪場へと向かった。肩から提げるスポーツバッグがいつもより少し重く感じられる。
校舎から出た祥吾は駐輪場で自分の自転車が置いてある場所へと足を向けた。すると、自分の自転車を出そうとしていたクリュスを見つける。
「クリュス、今帰るところか」
「そうよ。教室で少し他の人と話をしていたから遅くなったの」
「同じだな。試験を振り返っていたんだ」
「ふふ、内容も同じね。一緒に帰りましょう」
うなずいた祥吾はスポーツバッグを前籠に入れて自分の自転車を引っぱり出した。そうしてクリュスに続いて自転車に乗って出発する。
校内を進み、校門を出たところで2人は並んだ。それからクリュスから祥吾に話しかける。
「中間試験は全体的にどうだった?」
「7割あったら嬉しいなっていう感じだな」
「え、そうなの?」
「やっぱり直前の週末が潰れたのは痛かったな。それだけではないんだろうが、一番の理由はそれだと思う。クリュスはどうだったんだ?」
「私はどの教科も9割以上よ。外国語は満点だと思う」
予想していた返事ではあったが、いざ実際に聞いた祥吾はため息をついた。能力があまりにも違いすぎる。
これこそ本当のチートではないかと祥吾は思った。




