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ダンジョンキラー  作者: 佐々木尽左
第4章 高校の定期考査とダンジョン攻略

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ダンジョンの無害化─奥多摩3号ダンジョン─

 谷間の急斜面の一角に現われた扉の前に立った祥吾は隣のクリュスへと顔を向けた。開かずの扉を開けるために呪文を唱えて取っ手に手をかけるのを目にする。


 解錠したクリュスが扉を開けると、石垣で造られた通路の奥に部屋があるのが祥吾には見えた。中に入ると、その中央にはダンジョンの核である水晶が鎮座している台座がある。


「クリュス、早く取り替えよう」


「そうね。タッルス、お願い」


 台座の近くまでやって来た祥吾の横でクリュスが抱えた黒猫に声をかけた。すると、黒猫自体が輝き始め、丸まったかと思うとそのまま球体へと変化する。そのまま眺めているとすぐに台座の上にある水晶と寸分違わぬ姿になった。


 タッルスが変化した水晶を手にしたクリュスに祥吾は目を向けられる。視線を受けた祥吾は小さくうなずくと元から台座に置かれていた水晶を祥吾は持ち上げた。水晶全体が灰色に濁っているのが見える。


「クリュス、この水晶、前とは違う感じだな」


「どんな異常が発生したかによるのかもしれないわね。やることは変わらないわよ」


 入れ替わりにクリュスが台座の上にタッルスが変身した水晶を置いた。それからしばらくして同じ大きさの水晶が生み出される。


「祥吾、タッルスを持ち上げて」


 手にしていた元の水晶をリュックサックに入れた祥吾は次いで台座に置いてある水晶を持ち上げた。それと入れ替わりでクリュスが手にしていた神々謹製の水晶を置く。これで作業は完了だ。


 タッルスが元の黒猫の姿に戻る中、クリュスが水晶に手を当てて目を閉じるのを祥吾は目にする。確か神々に作業報告をしているのだ。


 黒猫を抱えたままの祥吾はクリュスから声をかけられるのを待つ。とりあえずこれで仕事はひとつ片付いた。


 やるべきことを済ませた2人は片付けを始める。リュックサックに荷物と黒猫を入れてそれを背負った。そうしてダンジョンの核がある部屋から出る。


 守護者の部屋に戻ると、そこには山猪(マウントボア)の死体はなかった。まるで最初からここには何もなかったかのようである。


「あーやっと片付いた。これで手持ちの異常なダンジョンは全部なくなったな」


「結構なことだわ。残る問題はあれだけね」


 嫌なことを思い出した祥吾はため息をついた。できれば置いて帰りたいがそういうわけにもいかない。しかも今回は守護者の広場にある転移機能を使えないのだ。面倒なことこの上ない。自分たちも思いきり依頼の規約違反をしているため大声では言えないが。


 守護者の広場から立ち去った祥吾とクリュスは元来た谷間を進んだ。この時点で魔物が現われたら高い確率で例の6人は死亡していただろう。しかし、幸か不幸か何も現われなかった。


 2人が割と歩くと谷間の端に転がっている6人の姿が見えてくる。動いていないようなのでまだ目が覚めていないようだ。更に近づくと全員呼吸していることがわかった。生きていることはこれで確実である。


「祥吾、これからこの人たちをどうやって連れて行くわけなの?」


「まずは目と耳を塞いでいるガムテープを剥ぎ取って、全員を起こす。それからは前と同じように数珠つなぎにして地上まで連れて行くぞ」


「6時間以上もこの人たちと一緒にいるわけね」


「俺だって嫌だが、仕方ないだろう」


 少し不快感を示すクリュスに祥吾は首を横に振った。それからまだ眠っているうちに全員のガムテープを剥ぎ取る。これで4人が起きた。ガムテープで髪の毛を引っぱられる刺激で起きたらしい。残る2人は祥吾が頬を叩いて起こす。


「くそ、お前! こんなことしてタダで済むと思うなよ!」


「それはこっちのセリフだ。お前らはこれから探索庁監視隊に引き渡されるんだからな。依頼の規約違反と俺たちを襲ったっていう犯罪の2つで罰せられるぞ」


「はっ、何言ってやがる。そんな証拠がどこにあるってんだ!」


 6人のリーダーらしき男が強気で返答してくると祥吾は黙った。確かに何かに記録したという記憶はない。思わずクリュスへと目を向けるとタブレットを見せられる。


「前にも言ったけれど、最近のスマートフォンやタブレットって結構性能がいいのよ?」


「いつの間に録音なんてしていたんだ」


「最初からよ、もちろん」


 楽しげに返答したクリュスは軽快にタブレットを操作した。すると、音声が再生される。当時祥吾と問答した内容がはっきりと記録されていた。


 その音声記録を聞いたリーダーらしき男は目を剥いてクリュスに近づこうとしたが祥吾に取り押さえられてしまう。


「くそっ! てめぇら、ブッ殺してやる!」


「逆恨みするなよ。元はお前らが規約違反するから悪いんだろうが」


「ぅるせぇ、離せ! てめぇらまとめてぶっ飛ばしてやる!」


「あんまり暴れるとお前だけここに置いていくぞ」


 興奮したリーダーらしき男が尚も暴れたので祥吾はどうしようか迷った。少し考えてからとりあえずその場に放っておく。それから立ち上がると他の5人を数珠つなぎにした。


 残るは暴れる1人だけだが、しゃがんだ祥吾は再び声をかける。


「ほら、おとなしくしろ」


「うるせぇ! さっさとこれをほどきやがれ! ブッ殺してやる!」


「本当に置いていくがいいのか?」


「うるせぇぞ! てめぇなんぞ死ね!」


「わかった。それじゃここで頭を冷やしていろ」


 立ち上がった祥吾はクリュスと数珠つなぎになった5人の元へと近づいた。そして、5人に紐付いている紐の先を持って歩き始める。


「おい、てめぇふざけんな、コラ! 行くんじゃねぇ!」


「俺たちはこれから一旦地上に行って探索庁監視隊にこの5人を引き渡す。そのときにお前がここにいることを伝えておくから迎えに来てもらえ。俺たちが帰るのに大体6時間、事情を話してお前の迎えがここに来るのは最短で7時間くらいか。半日程度魔物に襲われないことを祈っておくんだな」


「くそっ、ふざけんな! おいお前ら、俺を見捨てんのかよ!?」


「あいつと一緒に残りたいという奴がいるのなら、その希望には応えるぞ」


 リーダーらしき男と話をしていた祥吾は振り向いた。数珠つなぎになった5人へと目を向ける。すると、全員が目を背けた。希望者はいないらしい。


 結果を知った祥吾は再び地面に転がったままの男へと顔を向ける。


「みんな我が身がかわいらしいな。まぁ、誰だってそんなものだとは思うが」


「くっそ、てめぇらぁ! てめぇらもまとめてブッ殺してやる!」


「おとなしくしていれば良かったのに、無闇に暴れるからだろう」


「うるせぇ! てめぇは必ず殺す! 絶対にだ! いいか覚えてろ!」


「いいや、忘れるね」


 最後にそう告げた祥吾は今度こそクリュスと共にその場を立ち去った。自分の前に5人の連行者を並べて。


 こうして2人は地上目指して階層を上がっていった。最下層の地下6層で最も魔物の襲撃が多く、その度に祥吾とクリュスは連行者5人を守りながら戦う。地下5層になると襲撃の回数はずっと少なくなり、地下4階層だとほぼなくなった。


 その間、できるだけ祥吾が前に出て魔物と戦い、クリュスの魔法は最小限に留める。実際に魔法をかけたのでその存在自体はあの5人に知られているが、その能力はできるだけ見せないようにしておきたかったのだ。


 やがて地下3層まで上がってきた。ここまで上がってくれば襲撃はあまり気にしなくても良くなる。地上へとたどり着いたときは午後11時半を回っていた。


 警戒区域に充満する死臭に顔をしかめながら正門まで戻って来た2人は、探索庁監視隊の隊員を呼んで連行者5人を引き渡す。事情を説明するために同行した隊員と本部へ向かうと何があったのか説明した。隊員たちは規約違反があったことを知ってため息をつき、他の探索者を襲撃するという犯罪があったことを知って頭を抱える。


 更に、加害者の1人を暴れて手が付けられないという理由でダンジョンに置き去りにしたという話を聞いた隊員たちは顔色を変えた。このとき、クリュスがタブレットで録音した音声記録を提出して内容を確認してもらう。襲撃直前の問答に祥吾が置き去りにする前のやり取りを知った隊員たちは更に深いため息をついた。


 この結果、取り残された加害者1人を救出する探索者パーティが送り込まれる。ここで何もしないという選択肢は探索庁監視隊にはないのだ。しかし、結果は無残なものだった。


 事情聴取が終わるととりあえずは解放されると考えていた祥吾とクリュスだったが、それが見込み違いだと知ったのは早い段階である。取り残された加害者の救出結果がわかるまで奥多摩3号ダンジョンの仮設テントに留め置かれたのだ。つまり、翌日の昼頃までその場を動けなかったのである。もはや試験勉強など望めたものではない。


 あまりにも予想外すぎる事態に祥吾はクリュスの横で膝から崩れ落ちた。

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