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ダンジョンキラー  作者: 佐々木尽左
第4章 高校の定期考査とダンジョン攻略

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探索庁監視隊の募集─奥多摩3号ダンジョン─(2)

 奥多摩3号ダンジョンの中で最初に遭遇したのは崖鹿(クリフディア)だった。成人男性の2倍程度もある鹿の魔物で頭部に大きな角を生やしている。4本脚のすべての先がまるで杖の先のように細くなっているため、峻険な崖でもわずかな足場があれば俊敏に移動できるのだ。


 そんな魔物が谷底から急角度で上へと延びる斜面の一角に立っていた。様子を窺っているのか身じろぎもせずにじっとしている。


 周囲は剥き出しの岩や土ばかりなので隠れる場所がない。そのため、祥吾とクリュスは遠くからその姿を目にすることができた。


 剣を抜いた祥吾がクリュスに尋ねる。


「迂回する道はこの辺にあるか?」


「かなり遠回りになるわ。それだったら戦った方がいいんじゃないかしら。1体だけだし」


「あれ、近づいたら降りてくるよな」


「たぶんね。魔法で撃ちましょうか?」


「あいつ、ああいった場所だと俊敏なんだよな。だから近づいて飛び込んできたら魔法を撃ってくれ。俺が囮になる」


 作戦を伝えると祥吾は歩き始めた。遅れてクリュスが続く。


 油断はしないが実に堂々とした態度で祥吾は先に進んだ。この渓谷をずっと先まで通れて当然といった態度だ。それでいて崖鹿(クリフディア)から目を離さない。


 あの鹿の魔物で最も注意すべきは頭部の大きな角だ。非常に硬いので並の武器では刃が立たない。そして、突進力を活用して突っ込まれると槍のように刺さり、そのまま後方へと投げ飛ばされる。これで最低でも瀕死の重傷だ。


 そうならないためにも、こういった突進をしてくる魔物は常にその正面に立たないように立ち振る舞うか、いつでも逃げられるように気を張っておく必要がある。今回の祥吾は囮なので後者だ。


 直線距離で30メートル程度を切った頃に崖鹿(クリフディア)が動いた。飛び跳ねるようにその場から離れ、急斜面の崖を駆け下りてくる。この距離ならば3秒もあれば交戦距離だ。


 目前まで迫った崖鹿(クリフディア)の大きな角をじっと見つめていた祥吾は、転がるような横っ飛びで鹿の魔物の突進を避けた。それと同時に剣の刃を脚の脛の部分に叩きつける。これで脚が切断できたら儲けもので、そうでなくても突進をためらう可能性が高くなるのだ。この魔物の最大の武器を封じてしまえば、討伐する難易度はかなり低くなる。


 転がった先でその勢いを利用して立ち上がった祥吾はすぐに崖鹿(クリフディア)へと目を向けた。すると、その頭が炎に包まれて体が横倒しになるのを目にする。


「殺しきれていないな」


 立てずに地面でもがく崖鹿(クリフディア)を見た祥吾はつぶやいた。クリュスはよくやったと思うが、全力で暴れるあれに近づいてとどめを刺すのはかなり骨である。


「クリュス、魔法でとどめを刺してくれるか。あれに近づくのは危ない」


「そうね。使う魔法を間違えたわ」


 苦笑いするクリュスが祥吾の言葉にうなずいた。再び呪文を唱えて今度は石の槍を地面から突き出す。その太くて鋭い槍はその巨体を貫いた。


 悲鳴を上げた崖鹿(クリフディア)は石の槍から逃れようと尚も暴れるが、すぐに弱る。もはや死は避けられない。


 もうすぐ事切れそうな鹿の魔物へと近づいた祥吾は剣でとどめを刺した。すると、ドロップアイテムである角が現われる。


「うわ、これは結構かさばるな」


「邪魔になるのなら置いていきましょう。なかなかの値段になるらしいけれど」


「そう言われると惜しくなるじゃないか。とりあえず持っていって、邪魔ならその場で捨てよう」


 話を聞いて手放しにくくなったドロップアイテムを祥吾は握りしめた。しかし、戦利品を入れる袋に突っ込んで背負ってみたがどうにも気になる。微妙な表情をしばらくして考え込んだ末、大きく息を吐き出して気持ちを切り替えた。


 魔物との戦いを終えた祥吾とクリュスは更に先へと進んだ。周囲の風景は相変わらず変わらない。どのダンジョンも基本的には同じ階層で景色が変わることはないのだ。


 やがて2人は階下へと続く階段を発見する。地下2層もあっさりと通り抜けられた。谷間の斜面に掘られた穴の向こうに階段が見える。特に感慨もないのですぐに下りて行った。


 地下3層もそれまでと同じだ。延々と谷間を進むことになる。相変わらず人とも魔物ともほぼ会わない。先程崖鹿(クリフディア)と会わなければ本当に生きたダンジョンなのか疑わしく思えるほどだ。


 そんなことを考えていると前方から人が歩いてきた。4人組の探索者パーティである。


「よお、こりゃまた随分と若いな。高校生か?」


「そうです。そちらは今から上に帰るんですか?」


「徹夜明けだからな」


「何階層を担当されていたんですか?」


「オレたちゃ地下5層だ。あの辺りはまだまだいるぞ。地下4層はだいぶ減ったが」


「地下6層はどうなんです?」


「あそこはまだそんなに進んでないと聞いてる。あそこまで降りてるパーティが少ないからな。もしかしてお前さんら、一番下まで行く気なのか?」


「はい、そのつもりです」


「人のところのやり方をとやかく言うのは良くないが、2人だけってのは危ないぞ」


「心配してくれてありがとうございます。危なくなったらすぐに逃げますよ」


「おう、そうしとけ。命あっての物種だからな」


 にかっと笑った相手は片手を上げると上の階を目指して去って行った。それを見送ると祥吾とクリュスも先へと進む。


 地図情報によるともう少しで地下3層の番人の部屋にたどり着くという辺りでもう1組の探索者パーティを見かけた。しかし、こちらとは特に何も話すことなくすれ違う。そのとき怪訝そうな表情で見られた。


 以後は誰とも出会うことなく番人の部屋へとやって来た。しかし、ここも青村多摩川ダンジョンと同じ様に見た目はまるっきり屋外だ。ちょっとした広場のような谷底になっている。そんな場所の奥まった所に番人の群れがいた。


 番人の部屋というよりも広場といった方が正しいその場所に入る前、互いに互いを認識した直後からその魔物の群れ、山狼(マウントウルフ)3体は動き出す。成人男性の2倍程度もある狼2体が滑るように左右へ散った。中央で動かずに2人を見つめている1体は他の個体よりも更に体格が一回り大きい。


「今度は狼か。賢そうだな」


「あのリーダー格、土属性の魔法を使うから気を付けて」


「魔法まで使うのか。何て奴だ」


 自分は使えない魔法を使ってくると聞いた祥吾は顔をしかめた。厄介な敵だと認識したからであり、決して妬んでいるわけではない。


 それよりも、今回は3体が三方向に散ったのが厄介だった。祥吾がどこかへ突撃すると他の二方向から別の個体がクリュスを襲いかねない。実際、そうするのだろうと想像出来るくらいの包囲網に感じられた。


 剣を抜いた祥吾が正面の山狼(マウントウルフ)と相対して構える。


「クリュス、今回の俺は守り一辺倒だな。魔法でどうにかしてくれ」


「そうするしかなさそうね」


 祥吾の意見を受け入れたクリュスが体を反転させた。そうして背中合わせになる。その間にも魔法の呪文を唱え、向かって右斜めの個体に仕掛けた。すると、その山狼(マウントウルフ)は体を震わせて動けなくなる。


 その間に別のもう1体が猛然と突っ込んで来たのでクリュスは正対する。同時に呪文を口にし、大口を開けて噛みつこうとしたその個体の口内にぎりぎり間に合った氷の矢を撃ち込んだ。


 一方、祥吾は正対したリーダー格の山狼(マウントウルフ)に魔法で攻撃された。地面から石の槍がつき上がってくるのでそれを避ける。精度があまり良くないのが幸いだった。しかし、近づこうにもその石の槍で牽制してくるので近づけない。1対1では膠着状態に陥ったわけだが、やがてリーダー格が雄叫びを上げたのを目にした。訝しんでいるとクリュスから声をかけられる。


「祥吾、拘束(バインディング)が解けた1体をお願い!」


「おお!?」


 クリュスと入れ替わるようにして体を反転させた祥吾は猛然と突っ込んでくる個体を見て驚いた。既に血を流して倒れている個体を尻目に、その牙を剣ではじき、爪を躱す。


 やがて、相手の動きに慣れてきた祥吾は時機を窺い、そのときがやって来ると、口を開けて迫ってきた山狼(マウントウルフ)の口に剣を突っ込んだ。後頭部まで刺し貫かれたその個体は絶命する。


 自分の戦いが終わった祥吾が振り向くと、クリュスがリーダー格の腹に石の槍を突き刺していたところだった。それで戦いが終わったことを知る。


「ありがとう、助かったわ。あの遠吠えで魔法の拘束が解けたから少し驚いたわ」


「だから俺に頼んだのか。それにしても、魔法は相手に使われると厄介だな」


「そうね。些細な魔法でも切り札になるもの。あら、これは毛皮ね」


 現われたドロップアイテムにクリュスが目を向けた。毛並みの綺麗な毛皮は高値で売れるので喜ぶ。


 こうして、祥吾とクリュスの番人との戦いは終わった。ここまでは予定通りに進めたので時間の遅れもない。


 2人は谷間の斜面に掘られた穴の向こうの階段を降りていった。

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