大型連休最後の休み
横田ダンジョンの攻略が終わった翌日、祥吾は昼近くまで眠っていた。昨晩は結局日付が変わってから帰宅することになり、寝るのは更にその後だったからだ。
目が覚めた祥吾は閉めきったカーテンから漏れる光がかなり明るいことを知る。スマートフォンをたぐり寄せて画面を見ると午前11時を過ぎていた。もうすぐ昼である。
「あ~、せっかくの休みなんだけれどなぁ」
布団か起き上がった祥吾は背伸びをした。体の調子は良い。カーテンを開けると既に日は高く、天気が良かった。
今日は大型連休最後の日だ。この日が終われば祝日は夏休みまでない。世間一般では絶望の期間だと言われているらしいが、祥吾はそこまでひどいように思わなかった。しかし、それでもまとまった連休が終わる直前というのは寂しいか悲しいという気持ちが沸き起こる。
そんなとりとめもない考えと何とも言えない感情が頭の中をぐるぐると回るのを意識しながら、祥吾は服を着替えて布団を片付けた。
自室を出た祥吾は1階へと降りて洗面所へと向かう。そこで顔を洗ってから台所へと向かった。母親の春子はいない。次いで居間に行くと父親の健二がテレビを見ていた。画面に映っているのは殺人事件の現場の映像である。
「父さん、母さんは?」
「裏の畑だよ。もうすぐ戻ってきて昼ご飯の支度をするだろう」
特に言うべきことのない返事だった。健二もテレビを見たまましゃべっている。
やることもないので祥吾はどうしようかと考えながら居間を出ようとしたとき、テレビで表示されているニュースが次のものに変わった。思わず足を止めて顔を向ける。
『次のニュースです。ゴールデンウィーク半ばから魔物の大量放出が始まった奥多摩3号ダンジョンはまだ放出が終わらないようです。現在探索庁監視隊と自衛隊が魔物の駆除を現在も続けていますが、探索者協会奥多摩支部によりますと当分このまま放出は続くようです』
アナウンサーが文章を読み上げている間、画面にはドローンによる奥多摩3号ダンジョンの模様が映し出されていた。ダンジョンの入口を中心として広がる警戒区域には多数の魔物がひしめいている。その魔物の群れに対して探索庁監視隊と自衛隊は火器による駆除活動を繰り広げていた。ダンジョンの外ではドロップアイテムが出てこないので、効率の良い殺傷能力を最優先しているのだ。ただし、魔物であっても殺害状況をリアルタイムでお茶の間に届けるわけにはいかないようで、放送倫理規定により警戒区域はその大半にモザイクがかかっている。
小銃や機関銃の音が流れてくるテレビ画面から目を離すと祥吾は自室へと戻った。そうしてスマートフォンで奥多摩3号ダンジョンについて専用アプリで調べてみる。すると、奥多摩支部のプレスリリースで、当初よりも放出量は減ってきていて対処できる範囲であるということだった。
気になることをとりあえず調べ終えると、祥吾は次に何をしようかと考える。勉強はとりあえずついていけているので焦る必要はない。筋トレは平日にしているので今日は休みだ。
そこまで考えて、祥吾は友人たちが今何をしているのか気になった。ここで普通ならばSNSの専用アプリを立ち上げてグループを覗くところだが、祥吾は現状アカウント作っていない。中学生の時にクリュスの件で騒がれていたことがあったが、そのときに反応仕切れないほどの通知が来て以来面倒になって削除してそのままなのだ。高校に入学してからクラスの敦や徳秋には作るように勧められたが、またクリュスの件で面倒なことになる気配があるので未だに作っていない。
ちなみに、クリュスも同じくSNSのアカウントを持っていないが、こちらは単純に運用が面倒だからだという理由だ。個人で発信する情報もなければそんな欲もないとのことである。
ということで、早々に友人たちの様子を知ることを諦めかけた祥吾だが、映像研究会だけ知る方法があることを思い出した。学校の公式ウェブサイトに研究会活動を報告できるページと掲示板があるのだ。学校から予算をもらえない同好会がなぜそんなスペースをもらえるのか不思議だが、その事情までは知らない。
ぼんやりと色々なことを考えながら祥吾はスマートフォンを操作した。学校の公式ウェブサイトをブラウザに表示して、そこから部活動の一覧表を覗く。いくつもある同好会の項目から映像研究会を選んでリンク先に飛んでみた。
祥吾はまず活動報告のページを表示してみる。
「あれ、連休中で止まっているのか」
最後の報告は、ティアコミに持って行く配布物の完成品の写真だった。内容については何も聞いていなかったが、漫画かアニメ関連なのは間違いない。そういえば、連休の後半にはティアコミというイベントに参加しているはずである。
そんなことを思い出しながら祥吾は次に掲示板を表示した。すると、こちらはそのイベント終了後の結果報告がいくつか投稿されている。
「おお、完売したのか。すごいな」
完売御礼という言葉が記載されたスケッチブックが置かれたサークルスペースの写真がまず目に入った。スペースの飾り付けはかなり簡素だが、当人たちは誇らしげに笑っている。その写真の下には抑制されつつも興奮した感想が書き込まれていた。
祥吾は会員について全員知っているが、その中でも良樹の笑顔が特に気になる。中学生からの友人は実に楽しそうだ。それに比べて自分はどうかと大型連休を振り返る。ダンジョンに入っては休んでをひたすら繰り返していた。今はその休暇中だ。正直、良樹がとても羨ましい。
スマートフォンを横に置いた祥吾は畳の上に寝転がった。本当なら自分も何かするはずだったのだが、春休みから休日のほとんどはダンジョン関連で埋まっている。当面はこれからもそうだろう。このままで本当に良いのかという迷いが胸中を巡った。
ただ、ダンジョンの攻略を放り出すというのも祥吾には難しい。ダンジョンのせいで今いる世界がおかしくなることは許容できないからだ。特にどんな変化がもたらされるのかわからないのが恐ろしい。最悪の変化が起きてから後悔しても遅いということは異世界にいたときに何度か見聞きしたことがある。今のところ自分たちの代わりがいない以上、辞めるわけにはいかなかった。
厄介な問題のことを考えていた祥吾がため息をついたとき、スマートフォンに電話がかかってくる。表示には春子からとあった。今の時間からその内容を理解する。
「はい」
『ご飯ができたから食べにきなさいねぇ』
「わかった」
すぐに電話を切って祥吾は立ち上がった。何をやろうか悩んでいた今はこんな些細な日常イベントでも嬉しい。そして、昼食と聞いた途端に空腹を意識することになって苦笑いした。
自室から出て階段を降り、台所へと入ると両親がいる。父親の健二は既に食事を始めていた。健二の食事の内容は麻婆豆腐に味噌汁、それにほうれん草のごま和えおひたしだ。昨晩の残り物が中心である。
祥吾の席の前にはそばを入れるための大きなお椀に大量のご飯が入れてあってその上に麻婆豆腐がたっぷりとかけてあった。それ以外は両親と同じである。
箸立てからスプーンを取り出した祥吾は自分の席に座って食事を始めた。手前の方を軽くかき混ぜてから大きく掬って口に入れる。少し辛めなのが祥吾の好みだ。
しばらく黙って食べていると、祥吾は母親の春子に話しかけられる。
「祥吾、昨日遅かったみたいね。いつ帰ってきたの?」
「0時過ぎかな」
「あんた、遅いわねぇ」
「俺もあんなに遅くなるとは思わなかったんだ」
「危ないことしていないでしょうね?」
「それを言ったら探索者の活動ができなくなるよ」
「それはそうだけれどもぉ」
思うような返事を聞けなかったせいか、春子の表情は不満げだった。実は危ないことはしている上に今後更に危険になるとはとても言えない。
次いで健二も話しに加わってくる。
「クリュスちゃんから誘われたと聞いているけれど、見聞を広めるためなら他にも色々とあるんだと思うんだけれどな」
「選んだこと以外にもっといいものがあるかもしれないなんて言っていたら、何も選べなくなるじゃないか」
「もっと安全なことはなかったのかな」
「それは俺も最初に質問したんだけれど、探索者がいいって言われたんだ」
本当の事を伝えられない祥吾は言葉を濁すしかなかった。こうやって後から言われることは覚悟していたものの、いざそのときになると結構苦しい。
今の探索者としての活動はダンジョン以外でも氷薄を踏むような感じだと祥吾は感じた。何かあれば活動を停止しないといけなくなる可能性がある。
活動してもしなくても色々と問題があるなと祥吾は内心でため息をついた。




