大型連休後半の活動2─横田ダンジョン─(8)
体の疲れを少しでも癒やすために祥吾とクリュスは守護者の部屋の手前で休憩をした。特にクリュスは祥吾のような疲労を回復させる手段を持たないので人並みに休む必要がある。そのため、携行食を食べながら雑談をして心身共に休ませた。
そうしていよいよ決戦の地に向かう準備が整う。
「祥吾、もういいわ。行きましょう。このまま休んでいたら次の日になってしまうわ」
「帰宅するときは確実に午前様だけれどな。さて」
膝の上に乗っていたタッルスを床に移した祥吾は立ち上がった。そうしてリュックサックを背負う。隣のクリュスも背負い具合を確認して調整を終えた。
どちらも用意が終わると互いに顔を見合って小さくうなづく。扉の前に立った祥吾が取っ手を掴んで引っぱった。そうして中に入る。
室内は今までの番人の部屋よりも広かった。階層の浅い番人の部屋の倍近くある。さすが守護者の部屋といった感じだ。
その奥に身長3メートルほどの牛の頭をした巨人が1体立っていた。非常に発達した筋肉を誇り、腰蓑ひとつでその裸体を晒している。そして、その巨体に見合った人間からすると馬鹿げているとしか思えない長柄の戦斧を右手で持っていた。
ひとつ前の番人の部屋で上位豚鬼10体と戦った祥吾だが、たった1体でそれに匹敵する圧迫感を感じる。単に大きいというだけではない。
事前に集めた情報で牛頭人だと判明しているその魔物が動き出した。
それを見ながら祥吾がクリュスに指示を出す。
「俺に身体強化の魔法をかけて、次にあいつを魔法で拘束してくれ」
「わかったわ」
「ヴオオオオオオオ!」
クリュスの返事と牛頭人の雄叫びが重なった。戦闘開始だ。
牛頭人が全力で走ってくる間、クリュスが左横に移動しながら魔法の呪文を唱える。その詠唱が終わると祥吾の体に力がみなぎってきた。
戦う準備ができた祥吾は鞘から抜いた剣を手にクリュスとは反対側へと少しずつ移る。足がすくんだのではなく、クリュスを牛頭人の標的にしないためだ。
彼我の距離がほとんどなくなったところで牛頭人が持っていた長柄の戦斧を突き出した。長柄の棒の先端は金属でできており、尖っているのだ。
まともに受けたら即死しかねないその突きを祥吾は躱す。受け流すのも厳しく感じられた。恐らく何度目かで剣が折れるか曲がると推測する。同時に踏み込んで長柄を掴んでいる左腕を切断しようと斬りつけた。ところが、大して斬れていないことを感触で知る。
「くそ、硬いな!」
単純な筋肉の強さだけで刃をはじかれた祥吾は顔をしかめた。身体強化の魔法をかけてもらってこれだ。剣も魔法で強化してもらう必要がある。
そんな牛頭人が不自然に硬直した。その気を見逃さず、祥吾は再度踏み込んで喉元を狙う。しかし、全身に力を込めていた守護者の魔物は祥吾の剣先を左手ではじいた。好機で得た戦果は、手のひらをいくらか傷付けただけである。
「ヴオオオオオオオ!」
「そんな、拘束を自力で解いた!?」
離れた場所で何かをしていたらしいクリュスが驚愕の表情を浮かべていた。
魔法を使ったのだろうと祥吾は推測した祥吾はこの牛頭人が思った以上に厄介な魔物だと認識を改める。体力馬鹿の代名詞のように知られるこの魔物だが、祥吾の知識でも魔法に関しては使えないし抵抗力もそれほどではないはずだった。もちろん弱い魔法であればその効果を受けながらでも無理矢理動くなどできる魔物であるが、クリュスの魔法はかなり強力だと祥吾は知っている。それを抵抗しきるというのは異世界での見聞に照らし合わせても普通ではなかった。
単に牛頭人に関する知見不足なのか、それともダンジョンが影響しているのか祥吾にはわからない。ただ、どちらか1人が当たれば対処できるという甘い相手ではないことがこれではっきりとした。
一旦牛頭人から離れた祥吾がクリュスに叫ぶ。
「クリュス、剣にも魔力付与をかけてくれ!」
「いいわよ!」
「それと、間接魔法が駄目なら直接魔法で攻撃を!」
「ヴオオオオオオオ!」
話の途中で牛頭人に迫られた祥吾は振り下ろされた長柄の戦斧を避けた。遠慮なしの攻撃は床にぶつかり、石畳の一部を削り取る。
攻撃直後に体を一瞬硬直させたのを見計らい、祥吾は相手の右手に剣先を突き付けた。手応えはあったが浅い。細いはずの手の骨が硬いのだ。
床に刃を付けた状態のまま突き出された長柄の戦斧の先端を祥吾は躱す。剣先が手の甲を更に傷付けるのも牛頭人はお構いなしなのに呆れた。高速の自然治癒能力があるわけでもないのに強引な攻撃へと移る魔物から離れる。
次の攻防の前に剣を構えた祥吾は、その剣の刃全体がぼんやりと淡く輝き始めたのに気付いた。火属性魔力付与だ。これで相手により深手を負わせることができる。
様子見など必要ないとばかりに牛頭人が突っ込んで来た。最初の攻撃と同じく長柄の戦斧の尖った先端を突き出してくる。
ならばこちらもと祥吾はその突きを躱し、長柄の戦斧を持つ左腕を切りつけた。すると今回は半ばまで切断することができる。硬い感触の部分で止まったが、それは骨だとすぐに気付いた。無理して完全に切断しようとはせずに剣を引く。
「ヴオオオオオオオ!」
「うるせぇ!」
唾を飛ばしながら叫ぶ敵に対して祥吾は悪態をついた。攻撃が通用したのは結構なことだが、まだ1回有効打を与えただけである。相手の戦意も戦闘力もまったく落ちていない。ようやく対等の舞台に上がれたというだけである。
両手で持った長柄の戦斧を振り上げた牛頭人が大きく踏み込んだ。左腕の負傷などまったくないかのように全身を使ってそれを振り下ろしてくる。
次の反撃へと繋げるために祥吾は上から振り下ろされる長柄の戦斧を小さな動きで避けようとした。ところが、避けたと思った長柄の戦斧は軌道を変えて頭上に迫ってくる。考えを読まれていたことに気付くと、更に避けつつも剣で攻撃を受け流そうとした。右手は柄を握ったまま、左の前腕を剣の刃に押し当てて覚悟を決める。すると、刃同士が接触した瞬間に強烈な圧力がのしかかってきた。金属同士が削れる音が耳に突き刺さる。
「ぐっ」
斜めに構えていた剣ごと祥吾の体が横に弾き飛ばされそうになった。それを何とか耐えると真横の足元から床の石が割れる音が耳に入る。剣にのしかかっていた圧力がなくなって急に軽くなった。
全力で長柄の戦斧を振り抜いた牛頭人の体が硬直する。その直後、床から現われた石の槍の先端が巨人の腹に突き刺さった。
クリュスの魔法を目にした祥吾は剣を振り上げる。そして、相手と同じように全力で振り抜き、長柄の戦斧を握った右手の手首をほぼ切断した。初めての大きな戦果だ。
ここが攻め時だと判断した祥吾は一歩大きく踏み込む。
「おおおおおおおお!」
「ヴオオオオオオオ!」
互いに叫びながらも祥吾は牛頭人の喉元に剣先から剣をめり込ませた。その間に左手で掴まれるがお構いなしである。
首に剣を差し込まれた牛頭人は口から血を吐き出した。尚も目の前の敵を殺そうともがく。しかし、急速に全身の力を抜いてゆき、ついには倒れた。
倒れる牛頭人から離れた祥吾は半ば呆然とつぶやく。
「倒した、か」
「お疲れ様。すごかったわね」
ぼんやりと立っていた祥吾は近づいて来たクリュスに声をかけられた。それでようやく振り向く。
「きつかった」
「魔物を倒したんだから、疲れは癒えたんじゃないの?」
「肉体的にはな。精神的な方までは」
「そういうことね。ドロップアイテムは、大きめの魔石にこれは角? それと武器ね」
「槍斧だな。さすがに牛頭人のやつがそのまま出てくるわけじゃないらしい」
「そんなの誰にも持てないものね。でも良かったじゃない。また武器が増えて」
「槍斧か。扱いづらいんだよな、これ」
「予備で持っておいたらどうなの?」
「これはどう見ても主力武器だろう」
気軽に提案してくるクリュスに祥吾は呆れた眼差しを向けた。祥吾には重すぎる武器なのだ。しかし、さすがに守護者の魔物のドロップアイテムなだけあってものは非常に良さそうである。とりあえず手元に置いておこうかと迷うくらいには。
「にゃぁ」
「タッルス、どうしたの?」
ドロップアイテムを祥吾が回収していると、タッルスがクリュスに近づいて来た。足元にやって来た黒猫をクリュスは流れるように抱え上げる。
「やっぱり重いな、これは。自転車で持って帰るのに苦労しそうだ」
「結局予備にするのね」
「とりあえずは部屋の飾りだな。でも、部屋に入れるのも苦労しそうだ」
「そこは自分で何とかしてちょうだい」
今度はクリュスが祥吾の言葉に呆れていた。何だかんだと言って男は武器が好きなんだと小さく首を振る。そして、それ以上は何も言わなかった。




