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ダンジョンキラー  作者: 佐々木尽左
第3章 高校入学とダンジョン攻略

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大型連休後半の活動2─横田ダンジョン─(7)

 地下11層に降りた祥吾とクリュスは最下層を目指して歩いた。仕掛けられた罠は更にいやらしくなったが、今のところ対処出来るものばかりである。これも地図情報のおかげだ。これがなければ探索は何週間もかかっていただろう。


 事前に集めた情報も活かして2人は最短経路で通路を進んだ。魔物も各種族ごとの情報は手に入っているので対処に困ることはない。そのため、実は一番厄介なのが出会った他の探索者ということになるが、幸い地下10層以来誰とも出会っていなかった。


 半ば辺りまで経路を進んだところで祥吾がつぶやく。


「一番恐ろしいのは人間とよく言うが、ダンジョンだとその通りだから困るんだよなぁ」


「どうしたの?」


「美人過ぎる相棒がいると苦労が絶えないって言ったんだ」


「あら、皮肉? それとも嫌味?」


「事実だよ。今まで絡まれた原因は全部クリュスだからな」


「好きで絡まれたわけじゃないわ」


「わかっているって。だから厄介なんじゃないか。こっちじゃどうにもできないから」


 耳ざとく祥吾の独り言を聞きつけたクリュスは拗ねたように言葉を返した。かつて男2人で旅をしたことがあったが、そのときは何もなかったので本当に美人は良いものも悪いものも区別なく引きつけるものだと実感する。


 やがて2人は階下へと続く階段を発見した。この階層はひとつ上よりも順調だったのは幸いである。そうして、いよいよ横田ダンジョンの最下層である地下12層へと2人は足を踏み入れた。相変わらず周囲の風景はまったく同じだ。うっかり別の階層と勘違いしてしまいそうである。


 足音を立てずに目の前を横切ってゆく黒猫を無視して祥吾は周囲の様子を窺った。特に怪しいものはなさそうである。


「安全らしいな。クリュス、経路を教えてくれ」


「いいわよ。まっすぐ進んで最初の分岐路を右に曲がって」


 いつも通り指示を受けた祥吾は周囲を警戒しながら前に進んだ。そうして最初の分岐路に到達し、そちらへと曲がる。その瞬間、自分に何かが飛来してくることに気付いた。


「矢!? いや槍!」


 飛来物の大きさで判断した祥吾はすぐさま今いる場所から横っ飛びした。飛んできた粗末な槍はT磁路の反対側の壁に当たって穂先が欠ける。壁の陰から出る直前だったクリュスは目を見開いて固まっていた。陰から出ていたら危なかっただろう。


 すぐさま立ち上がった祥吾は鞘から剣を抜きながら分岐路の奥へと目を向けた。小鬼(ゴブリン)3匹、犬鬼(コボルト)6匹、豚鬼(オーク)3体がこちらへと全力で走ってきている。


「多いな! クリュス、魔物の群れだ!」


「我が下に集いし魔力よ、厚き火となり、燃える盾となれ」


 祥吾には返事をせずに壁の陰から出てきたクリュスは魔法の呪文を唱えた。それが終わると、2人のいる所から離れた場所に火の壁が通路の幅いっぱいに広がる。


 凶暴化した魔物たちはそれに構わず突っ込んだ。そうなると当然燃える。


 火の壁から魔物の悲鳴が上がるのを祥吾は黙って聞いていた。勢い余って次々と火だるまの魔物たちが突破してきては床に転がるが、火はなかなか消えない。そんな中、豚鬼(オーク)だけは火だるまになりながらも倒れずに走っていた。


 3つの巨体が近づいて来るのを目にしながら祥吾がつぶやく。


「やっぱり体力のあるあいつらは来るよな。前に出るぞ!」


 返事を聞かずに祥吾は前に進んだ。斧、棍棒、素手の豚鬼(オーク)が急速に迫ってくる。いずれも体のあちこちに火が燃え移っていた。棍棒にさえ火がこびりついている。


 横一列で突撃してくる豚鬼(オーク)に対して、祥吾は真正面から突っ込んだ。それから燃える棍棒が振り下ろされるのに合わせて自分の剣を下から上へと切り上げた。2つの武器がぶつかり、剣は棍棒を斬り砕く。そしてその勢いのまま剣を振り上げ、向かって右側から襲ってくる素手の個体の右腕を切り落とした。更にはしゃがんで床を転がり、棍棒を持っていた個体と右腕を失った個体の間をすり抜ける。その直後、向かって左側にいた個体が直前まで祥吾がいた床に斧を叩きつけた。


 すぐに立ち上がった祥吾は振り向いた。右腕を失って吼えている個体、棍棒を失って素手になった個体、そして斧を持ったままの個体が背中を見せている。好機だ。


 祥吾は振り向こうとしている素手の豚鬼(オーク)の左脚の腱を斬ると、怒り狂いながら振り向いた右腕喪失の個体の左腕を切断した。斧を持った個体は立てない仲間を蹴飛ばしながら突っ込んで来たので後退し、距離を詰めさせる。そうして斧を振りかぶったのを見計らって両腕を失った個体の背後に回り込んで盾にした。すると、斧は両腕を失った個体の頭に振り落とされる。同士討ちを誘因してまずは1体を仕留めた。


 豚鬼(オーク)の斧が仲間の頭を叩き割った直後、祥吾は斧を持つ右手の手首を剣先で抉る。それにより体を硬直させた相手の喉に剣先を再び(ひらめ)かせた。これにより2体目も仕留める。


 最後、棍棒を失った個体に近づいた祥吾はその両腕を斬って動けなくしてからとどめを刺した。これで豚鬼(オーク)をすべて倒しきる。


 分岐路の奥へと顔を向けると火の壁は既に消えていた。他の魔物の焼死体が床にいくつも横たわっており、その脇にはドロップアイテムが転がっている。


「終わった」


「お疲れ様。驚いたわね、奇襲されるなんて」


「その可能性は考えて行動していたつもりだったんだが、ちょっと甘かったな」


「その経験を次に活かしたらいいじゃない。それより、ドロップアイテムを拾って先に進みましょう」


 クリュスの言葉にうなずいた祥吾は床に転がっている魔石を拾い始めた。すべて拾い終えると先へ進む。


 地下12層は罠だけでなく魔物の圧力も結構なものだった。必ず10匹以上で群れており、それがまとまって襲ってくるのだ。この辺りになると通常は6人パーティが一般的である。4人でも厳しいと言われていた。特に豚鬼(オーク)が魔物の群れに混じっているときはそうだ。


 そんな場所を2人だけで行動するのは本来自殺行為であるが、両者の能力がそんな常識を覆していた。例えば、クリュスは何匹もの魔物を平気で葬り、何度も魔法を使っても魔力切れを起こさない。この圧倒的な力が深い階層でも悠然と進める原動力だ。それに対して祥吾は一見すると見劣りするが、能力(チート)により敵を殺す度に疲労回復するので連続して戦い続けることができる。睡眠不足さえも補えるこの能力は長時間の活動を可能としていた。特に緊張しっぱなしの深い階層では重要になってくる。


 ただ、それを知らない周囲からすると何とも危なっかしいコンビに見えるのも事実だ。そのせいで誤解してしまうのも仕方がない面はある。それでも強引に勧誘するのは論外だが。


 ともかく、どちらも深い階層を探索する能力が充分にあるので今いる階層も進むことができる。2人だけだが実力はどちらも申し分ないのだ。


 そうして地下12層を歩くこと1時間以上、ついに2人は守護者の部屋の手前までやって来た。その扉を目にすることができたのである。


「午後10時半、思ったよりも時間がかかったな」


「罠や魔物のせいね。何度も足を止めて、何回も襲撃されたら遅れるのは当然よ」


「魔物が大量に発生しなくても深い階層だとこうなるのか」


「今度からはこの結果を頭に入れて見積もりましょう」


 スマートフォンを取り出した祥吾は画面に表示された時刻を見て愕然としていた。色々なことが少しずつ重なった結果である。これからの守護者の部屋での戦いの時間にもよるが、今日中に帰宅できるのか怪しくなってきた。


 再びスマートフォンをしまった祥吾はクリュスに目を向ける。


「少し休憩してから入るか?」


「そうね。あとはここだけだから休ませてちょうだい」


 戦っても疲労は回復しないクリュスは祥吾の提案を受け入れた。リュックサックを下ろして携行食を取り出す。


「そういえば、まだ夜ご飯を食べていなかったわね」


「すっかり忘れていた。前の番人の部屋の手前で休憩していたときは、結局食べ損ねたもんな」


「それどころではなかったものね」


 当時のことを思い返した祥吾は力なく笑った。数時間前のことだが、もうかなり前のことのように思える。


「これが終わったら、とりあえず終わりか」


「他には奥多摩3号ダンジョンが残っているわよ」


「もう完全に仕事だな。あそこは魔物が外に出てきたんだったか」


「ええ。今はその間引きをしている最中らしいから、それが終わってから行かないと」


「大変だな」


「何よ、人ごとみたいに」


 扉の隣の壁にもたれて座った祥吾は隣に座るクリュスから非難の視線を向けられた。しかし、それを気にすることなく膝の上に乗るタッルスを撫でる。触り心地はかなり良い。


 早朝から始めたダンジョン攻略がようやく終わろうとしている。早く本当に終わってほしいと祥吾は願った。

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