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ダンジョンキラー  作者: 佐々木尽左
第3章 高校入学とダンジョン攻略

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大型連休後半の活動2─横田ダンジョン─(6)

 地下9層の番人の部屋から階下へと進むため、祥吾とクリュスは階段を降りた。その横を黒猫のタッルスが軽やかに歩いている。


 階段を降りた先は地下10層だ。ここから下は通称二桁階層と呼ばれている。これは横田ダンジョンに限った話ではなく、どのダンジョンでも同じだ。階層の桁数がひとつ増えると難易度がそれまでとはがらりと変わるからである。もちろん攻略不可能というわけではないが、探索者の死亡率は上がる。熟練探索者の死亡率がだ。


 そんな階層に2人は降りた。周囲を確認した祥吾が小さくため息をつく。


「ここから先は二桁階層なんて呼ばれているらしいが、そんなに難易度が変わるのか?」


「変わるわよ。ここからは魔物の数が更に増えるし、いくつかの罠は避けて通れないもの」


「罠か。ついに何とかしないといけなくなるわけだな」


「嫌な思い出でもあるの?」


「罠なんだから嫌な思い出しかないぞ。良い思い出なんてあるって言う奴はよっぽどの変人だよ」


「それもそうね。でも、祥吾はあの迷宮を踏破したじゃない。だったら大丈夫よ」


「だといいんだけれどな」


「少なくともこのダンジョンにいくらいても気は狂わないでしょう?」


「慰めになっているようでなっていないだろう」


 異世界で最後に攻略した迷宮のことを祥吾は思い出した。確かに罠以外にも厄介なことがあったのでましと言われればうなずくしかない。しかし、持ち出される例としては適切ではないように思えた。


 不満を漏らす祥吾だったが、それでも引き返そうとはしない。クリュスが経路の指示を出すとそれに従って進み始めた。


 地下10層の風景はそれまでと変わりない。床、壁、天井のどれもが石造りだ。区別など付かないので、知らない人間に地下1層だと教えれば信じてもらえるだろう。


 ただし、その内情はまるで違った。それまでにも見かけた仕掛け矢(トラップアロー)虎挟みフットホールドトラップはより陰湿な仕掛け方になっており、この階層から見かける新しい罠は状況が合致すると死亡率が跳ね上がる。熟練の探索者でさえもあっさりと死にかねない仕掛けばかりだ。


 そんな場所なので、実は探索者協会の専用アプリでダウンロードできる地図情報も完全ではない。何しろ足を踏み入れる探索者パーティが少ないため、なかなか情報が集まらないのだ。それでも最下層の守護者の部屋までの経路は情報が揃っているのは、ひとえにダンジョンの踏破を望んだ先人たちの執念である。


 2人はそんな先人の血と汗と命の結晶を元に最下層を目指した。他の探索者とは求めるものが異なる2人だが、こういった積み重ねに対する敬意はある。特に祥吾は元冒険者としてその情報がどれだけ重要なのか嫌というほど知っているからだ。


 階段を降りてから約20分ほどが経過した。それまで何事もなく指示に従って歩いていた祥吾はクリュスに呼び止められる。


「祥吾、ちょっとこれを見てほしいの。今から仕掛け矢の通路(アローストリート)を通るから、あなたも罠のある場所を覚えておいて」


「指示してくれるんじゃないのか?」


「何事もなければね。でも、魔物がこの辺りで襲ってきたらそうもいかないでしょう?」


「あいつらお構いなしに動き回るからな。特に凶暴化した今だと突っ込んできやがるし。そうか、そのときのためか」


「そうよ。あなたがスマートフォンでダウンロードした地図情報にもあるはずだけれど、さすがに戦闘中には確認できないでしょうから」


「厄介だなぁ」


 迂回路がない場所に限って必ずといって良いほど罠が集中して設置してあるのが地下10層以下の特徴でもあった。だからといってそこで諦めては先に進めない。実に意地の悪い仕掛けである。


 この仕掛け矢の通路(アローストリート)の罠はその名の通り仕掛け矢(トラップアロー)だ。特定の石畳の石を踏むか壁の石を押すかにより発動する。それは天井から射出される場合もあれば壁と床の角の部分から下半身を狙って打ち出される場合もあった。この辺りでは1回に1本の矢が飛んでくるだけだが、どこから飛んでくるのかわからないので要注意である。


 クリュスからタブレットに表示された地図を見せられた祥吾は全部を覚えるのは諦めた。さすがに数が多すぎて覚えられないからだ。それよりも、通路をいくつかに等分して一定の範囲内の罠について覚えることにした。特に戦闘中にも気を付けるとなるとそのくらい小分けしないと使えない。


「どう? 覚えられた?」


「大体は。少なくとも床のやつは覚えたぞ」


「ならいいわ。戦うときもあまり前に出ないでね」


「こんな状態じゃ、怖くて出られないよ」


 肩をすくめた祥吾が体を反転させて前に進んだ。そうしてある程度クリュスから離れると立ち止まる。


 確認作業が終わった2人は歩き始めた。クリュスから指示が伝えられ、祥吾が指示に従って進む。必ずしも直進するとは限らず、たまに通路の中を右往左往していた。


 何も考えずに歩くことが出来ないという不満はあったが、その甲斐あって何事もなく進める。後はひたすら罠を避けて歩くだけだ。


 そうしてある程度まで仕掛け矢の通路(アローストリート)を進んだところ、2人は魔物と遭遇した。小鬼(ゴブリン)1匹と豚鬼(オーク)3体だ。しかも、そのすべてが体に最低1本の矢を生やしている。


「あいつら、ここを突っ切って来たのか」


小鬼(ゴブリン)は死にかけているわね」


「なら、あとはあの豚鬼(オーク)だけってことだ」


 しゃべっている間にも罠を発動させる石を踏んだ小鬼(ゴブリン)のうなじに深々と矢が刺さった。ほとんど何も発することなくその小鬼(ゴブリン)が床に倒れる。そして、ドロップアイテムの小さな魔石が現われた。


 何をするまでもなく魔物の数が減ったわけだが、それでも2人は安穏としていられるわけではない。残る豚鬼(オーク)3体が叫び声を上げて突っ込んでくる。こちらも罠を発動させる石を踏んで矢を受けるがお構いなしだ。というより、自分で作動させて受けた矢の痛みで更に激高している。迷惑な話だ。


 魔法の呪文を唱えたクリュスが手を前に突き出して一拍おいた後、突っ込んで来た豚鬼(オーク)が3体とも下半身のあちこちから血しぶきを上げた。この現象は祥吾も知っている。風刃(ウィンドウカッター)を複数放ったのだ。それで1体が足首を半ばまで切断されて転ぶ。


 残り2体が尚も向かってきたので祥吾が迎え撃った。左右から襲いかかられるが、傷がより深い左側の動きが鈍いのにすぐ気付く。そのため、右側へと動いて動ける豚鬼(オーク)を正面に据えた。振り下ろされる斧を半身で躱すと、斧を握る相手の右手を剣先で抉る。そうして剣を跳ね上げてその首を切り裂いた。


 動きの鈍い豚鬼(オーク)は今になって近づいて来る。目を向ければ太股やふくらはぎが深く切り刻まれていた。これでよく動けているというくらいの深手である。


 そんな豚鬼(オーク)が突き出してきた槍の穂先を躱した祥吾は剣で一気に首を切り裂いた。その後横に避けて巨体が倒れるのを避ける。


 最後に這いながらも近づいて来る豚鬼(オーク)を殺して魔物をすべて倒した。


 魔物に刺さっている矢を見ながら祥吾が少し渋い表情を浮かべる。


「ここの罠は魔物にも容赦ないんだな」


「今回は私たちに都合良かったけれど、逆もあり得るのよね」


「というか、罠の本来の目的はそっちだからな。罠で死にかかっているところを魔物がとどめを刺しに来るもんだ」


「気を付けないといけないわね」


「戦っている最中はどうにも忘れがちだけれどな」


 小さくため息をついた祥吾が剣を鞘に収めた。そうしてドロップアイテムを拾ってゆく。


 戦いが終わると、2人は再び通路を進み始めた。途中、小鬼(ゴブリン)2匹が何本かの矢を受けて死んでいるのを見つける。最初に戦った魔物の群れの一部だということはすぐに推測できた。


 そうして仕掛け矢の通路(アローストリート)を抜けると、2人は再び通路内をまっすぐ進む。歩く速度もいくらか速い。


 再び魔物の群れと遭遇し、2人は戦う。今度は小鬼(ゴブリン)犬鬼(コボルト)だ。地下10層からは複数の種類の魔物が群れて襲ってくるのである。組み合わせによってはすぐに倒せる場合もあれば、厄介な場合もあった。


 今回の場合は楽な部類だ。数も全部で6匹程度なのですぐに終わる。ドロップアイテムは相応のものだった。


 やがて2人は階下へと続く階段にたどり着く。


「やっと着いたな。思った以上に面倒だった」


「まだ2階層あるから気を抜かないでね」


「わかっている。でも、罠が集中しているところは嫌だな。避けたいんだが」


「避けられるなら避けているわよ。これでも最小限に抑えているんだから」


「そうだったな」


「にゃぁ」


「あー、大丈夫」


 いつの間にか足元にすり寄ってきていたタッルスが祥吾に向かって鳴いた。気付いた祥吾がしゃがんで頭を撫でてやる。すっかり忘れていたが、タッルスも2人と一緒に通路を歩いてきたのだ。どこにいたのかまるでわからなかったことに驚く。


 一息付けた2人は気を取り直して階段を降りていった。

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