大型連休後半の活動2─横田ダンジョン─(4)
危機を未然に回避した祥吾とクリュスは先を急いだ。もはや最短経路ではなくなったが、それでもこれ以上遠回りしないように進む。
結構な時間を費やしたところで、2人はようやく階下へと続く階段にたどり着いた。そのまま一気に降りて地下9層へと足を踏み入れる。
この階層の魔物の数は地下7層の倍だ。種類こそ同じだが、いや、同じ豚鬼だからこそ面倒である。なかなか死なない体力馬鹿が多数で押し寄せてくるのだ。厄介なことこの上ない。
2人はそんな階層の通路を歩く。その様子はそれまでと変わらない。同じように警戒し、同じように魔物を迎え撃つ。
そのときの2人はまっすぐに伸びる通路を歩いていた。先にはいくつかの分岐路があり、一番手前の分岐路から豚鬼が姿を現す。
「クリュス!」
「我が下に集いし魔力よ、彼の者達の動きを止めよ」
割と近い分岐路での遭遇戦とあって直前の打ち合わせが充分できないまま2人は戦い始めた。剣を抜いて前に出ようとする祥吾よりも先に、クリュスが魔法で姿を見せた豚鬼3体を麻痺させる。
だが、魔物の群れにはまだ続きがあった。更に分岐路の向こうから3体の同種が姿を現す。仲間が倒れた怒りか、それとも凶暴化しているせいか、猛り狂って突っ込んで来た。
まるで猪を思わせるかのような突撃を祥吾は冷静に躱す。さすがに人間よりも一回り大きい巨体を真正面から受け止める気にはなれない。そのせいですべて背後へと抜けてしまうが、湧き上がった火の壁に突っ込んだ3体の悲鳴を耳にする。
「消してくれ!」
火壁の向こう側にその姿を消した豚鬼を追うために祥吾は叫んだ。すると、直後に火の壁が消え、クリュスとその手前で苦しむ3体が目に入る。
尚も立ち上がってクリュスを襲おうとした1体を祥吾は背中から攻撃した。脚の腱を斬って足止めをして正面に回り込み、その首筋を切り裂く。残る2体も立ち上がる前に殺した。
麻痺して動けない生き残りも始末した祥吾はクリュスの元に戻る。
「ああも思いきり良く突っ込まれると厄介だな」
「仕方ないわ。真正面から受け止めようとしても跳ね飛ばされるだけですもの」
「これからはますます魔法頼りか。あんまり面白くないな」
「あら、私が活躍するのがそんなに妬ましいの?」
「そういうわけじゃないんだが、何て言うのかな」
「人数の少なさを魔法で補うのは最初から決めていたことでしょう。そこを悩むのは今更よ。大丈夫、あなたは役に立っているわ」
後衛の壁としての前衛になれていないと感じていた祥吾が小さくため息をついた。クリュスが言っていることは頭では理解している。事前に話し合いをして納得もした。しかし、たまに感情が揺らぐときがあるのだ。これはどうしようもない。
ドロップアイテムを拾った後、背伸びをした祥吾は気持ちを切り替えた。いつまでもダンジョン内で落ち込んでいるわけにはいかない。
気分が落ち着いたところで祥吾はクリュスに声をかける。
「もう大丈夫だ。行こうか」
「立ち直ってくれて嬉しいわ。それじゃ、この通路をまっすぐ進みましょう」
笑顔のクリュスから指示を受けた祥吾はうなずくと、体を反転させて歩き始めた。
その後、2人は最短経路で通路を進んだ。たまに分岐路の奥から戦闘音が聞こえてくることから他の探索者パーティがいることを知った。それ自体は何でもないことだが、接触するとなると厄介なことになることがある。
このときがそうだった。番人の部屋まであと少しというところで他の探索者パーティが戦っているのを見かける。分岐路の少し先に行った所だ。探索者側は4人、豚鬼側は6体である。
こういうときは下手に近づかないのが常識なので2人はそのまま通り過ぎようとした。ところが、戦っている青年4人のうちの1人から声をかけられる。
「そこの2人! 手伝ってくれないか?」
呼び止められた祥吾とクリュスは立ち止まって顔を見合わせた。まさか加勢を求められるとは思っていなかったのである。助けを求められて手を差し伸べることは悪いことではないので応じるかどうかは2人次第だ。
迷うそぶりを見せたクリュスが祥吾に顔を向ける。
「祥吾、どうする?」
「別にそこまで苦戦しているようにも見えないんだけれどな。でも、来てくれって頼まれたんじゃ、行った方がいいだろう」
どんな意図で加勢を要請したのかはっきりとしないことに祥吾は首をひねった。しかし、見捨てるのも気分が悪いので応じることにする。
やると決めると2人はすぐに行動した。豚鬼を1体ずつ引き受けて倒すと、残る4体を他の探索者と一緒に倒す。戦いが終わるのにそう長い時間はかからなかった。
戦闘後、相手の中の1人がクリュスに声をかけてくる。
「いやぁ、助かったよ! おかげで豚鬼を早く倒すことができた」
「それは良かったですね。お力になれて嬉しいです」
「それにしてもこんな美人が探索者をしているとは予想外だよ。もしかして留学で日本に来ているの?」
「ダンジョンの外のことは関係ないですよね」
微笑みながら返事をしたクリュスに相手の男は言葉に詰まった。興味ありげだった他の男3人も微妙な表情を浮かべる。
話の流れがどうなるのか祥吾にはよくわからなかったが、あまり良い感じにはならなさそうに思えた。なので話を切り上げることにする。
「それじゃ、俺たちは先を急いでいますから、これで失礼します」
「あ、ちょっと待って。まだ話は終わっていないんだ!」
「幸運を祈っていますね」
男の声を無視した祥吾は踵を返してその場を立ち去った。クリュスも小走りで後を追ってくる。
「話の後半はナンパみたいになってきていたよな」
「そうね。そもそも私たちの加勢も必要なかったような気がするわ」
「もしかしてクリュス目当てで頼んだのかもしれないぞ」
「自分たちが戦っている最中にそんなよそ見をする余裕があるの? だったら尚更私たちなんて必要ないわね。余計な戦いをこっちにさせるなんてひどいわ」
不機嫌そうにクリュスが会話を続けた。言葉の端々から先程の探索者たちへの不満が漏れている。それは祥吾も同じだったので止めなかった。
道中余計な出会いがあったものの、2人はようやく地下9層の番人の部屋の手前までやってくる。部屋に入る順番待ちの探索者パーティがいないことを知ってどちらの顔も綻んだ。そうして祥吾が扉の取っ手に手をかける。
「あれ、開かない? もしかして、今誰かが戦っている最中なのか」
「だったら待つしかないわね。休憩と洒落込みましょう」
「午後6時半か。こう、じわりじわり遅れてきているな」
「そろそろ0時が見えてきそうよね」
「いやだなぁ。明日は休みだけれど、昼まで寝るのが確定になるじゃないか」
「翌日が学校よりもましでしょう?」
「それはそうだけれど、結局休みの大半がダンジョン関連だったっていうのはちょっとな」
「私とデートできたと思えばいいでしょう。これでもモテるんだから光栄なことよ」
「ダンジョンでデートかよ」
どこに楽しみがあるのかさっぱりわからないことに祥吾はため息をついた。冗談なのはわかっているが、どうせならもっと安全なデートがしたいと切に願う。
そんな気の抜けた話をしながら順番待ちという休憩をしていた2人だったが、しばらくすると状況が変わった。先程関わった青年探索者パーティの4人がやって来たのだ。
祥吾は驚き、クリュスが警戒する中、先程会話をしたリーダーらしい探索者が再び話しかけてくる。
「あれ、君たちもここに来てたんだ。奇遇だね。もしかして中ボスの順番待ち?」
「そうですけれど、そちらも?」
「これはまた縁があるね! まさか地下10層を目指す仲間だったとは!」
偶然だったことには同意する2人だがうんざりとした心情が表情に表れていた。一緒にいても嬉しくない者たちだからだ。今も向こうの探索者たち4人はクリュスへと目を向けている。祥吾にはほぼ興味がないらしい。
クリュスの目の前に立つリーダーらしい男は熱心にしゃべる。
「オレたちもこの下の階層で稼ごうとしているんだけどさ、どうせだったら一緒に稼がないか? 6人だったらもっと有利に戦えるから稼げるよ」
「興味ないのでお断りします」
「どうして? 楽に稼げた方がいいじゃないか」
「私たちは2人で活動しているんです。あなたたちは必要ないですから、これ以上は関わらないでください」
「そんな、オレたちは親切心で言っているのに」
本当に傷付いたという表情の男が肩を落とした。その背後にいる3人も困惑したり微妙な表情を浮かべたりしている。
どうにも困ったものだと祥吾は感じた。ナンパのようにしか見えないが、本当にこちらを、というかクリュスを心配しているようにも見える。
祥吾は内心で頭を抱えた。




