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ダンジョンキラー  作者: 佐々木尽左
第3章 高校入学とダンジョン攻略

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大型連休後半の活動2─横田ダンジョン─(3)

 横田ダンジョン全12層のうち、後半部分である地下7層へ祥吾とクリュスが到達したのは午後3時頃だった。ダンジョンに入って既に7時間半になるわけだが、仮にこれからも同じだけ時間がかかるとなると帰宅は深夜になるのが確実だ。


 スマートフォンで時間を確認した祥吾は階段を降りた直後にぼやく。


「おかしいな、予定ではもう少し早く帰れるはずだったんだが」


「色々と細かい時間が積み重なったんでしょう。もしかしたら、どこかで勘違いか計算間違いをしているかもしれないし」


「はぁ、本当に日付が変わらないっていうだけの帰宅になりそうだなぁ」


「おじ様やおば様に怒られそう?」


「遅くなるかもしれないとは伝えてあるから怒られはしないだろうが、こう連続して遅いとそろそろ何か言われそうなんだよな」


「これからは泊まりがけのこともあるでしょうから、今のうちに信用してもらえるようにならないとね」


「それは難しいな」


 助言とも忠告とも受け取れる言葉を耳にした祥吾は苦笑いした。そんな信用を得られるのならば最初から得ていると内心で思う。


 ともかく、ここまで来た以上は進むだけだった。クリュスから指示を受けて通路を歩き始める。石造りの風景は相変わらず代わり映えしない。


 この階層になると活動している探索者パーティの数は一気に減る。難易度が急に上がるからだ。それは罠の存在よりも魔物が原因である。地下7層からは豚鬼(オーク)が出てくるのだ。


 この魔物は、成人男性よりも一回り大きく黄土色の肌をした巨漢で頭部はほぼ豚である。手は人間と同じ五本指だが足は豚と同じ豚足だ。半裸状態で粗末なズボンをはいていたり腰蓑を巻いていたりする。武器は刃こぼれした槍や棍棒を持っていることが多い。この点は小鬼(ゴブリン)と似ている。しかし、その巨体が秘める腕力は小鬼(ゴブリン)の比ではない。また、脂肪も厚いため、中途半端な攻撃は激高させるだけである。


 そのため、地下7層以下に小遣い稼ぎの探索者パーティはまずやって来ない。死ぬだけだからだ。横田支部の探索者協会も注意喚起しているくらいである。この階層に足を踏み入れるのは経験を積んだ探索者パーティがほとんどだ。


 この春探索者になったばかりの祥吾とクリュスは世間一般から見た場合、まだ駆け出しである。更には高校1年生なので事情を知らなければ周囲はまず間違いなく止めるだろうし、またそうでないといけない。ただ、2人の実際からするとむしろ挑戦するのはおかしくなかった。異世界での冒険者歴が10年以上と神が創りし天才である。経験も才能も充分だった。


 そんな2人は集めた情報を元に最短経路で次の階段を目指している。この階層を進み始めてからまだ1度も他の探索者と出会っていない。


「上の階までと比べて、この階層は静かだな」


「そうね。私にとってはこれが普通だけれど」


「俺にとってもだ。本当なら気軽に入れるものじゃないはずなんだよな、ダンジョンって」


「自分の命がかかっているものね。でもこの世界だと、気軽に入らないと魔物が溢れてしまうから」


「そうなんだよなぁ。ここじゃ俺の常識は通用しないってことだ。お、来たな」


 しゃべりながら歩いていた祥吾は通路の奥から近づいて来る魔物を見つけた。豚鬼(オーク)が3体である。


「クリュス、これからはとりあえず最初は魔法で仕掛けてくれ。あいつらくらいになると簡単には殺せないときがあるから」


「わかったわ。任せてちょうだい」


 自信ありげに答えたクリュスが早速魔法の呪文を唱えた。鞘から剣を抜いて構えた祥吾が見る先で床から石の槍が突然飛び出す。興奮した叫び声を上げながら突進してくる豚鬼(オーク)3体は避けようもなく腹にそれを受けて貫かれた。


 雄叫びが悲鳴に変わったのを聞きながら祥吾が呆然とする。


「いきなり終わったな」


「あんな考えなしにまっすぐ走ってくるんですもの。いけると思うのは当然でしょう?」


「確かに俺もそう思うが。しかし、予想通りこいつらも興奮していたな。やっぱりいつもより凶暴化しているのか」


「たぶんね。その証拠にまだ元気に動いているわ」


 クリュスの指摘通り、石の槍に腹を貫かれた豚鬼(オーク)は手足をばたつかせて暴れていた。石の槍が床に固定されているのでその場から動けず、何とか逃れようとしている。だが、斜め上へと突き立てられた石の槍から逃れる術はなく、傷口からの出血を増やすだけだった。


 このまま放っておいてもそのうち失血死するのは確実だが、時間をかけたくない祥吾は剣で次々と殺していく。気分は屠殺場の作業者だ。


 ドロップアイテムの魔石を拾った祥吾が独りごちる。


「さすがに豚肉の塊は出てこないんだな」


「こんな所でドロップアイテムとして出てくるお肉なんて嫌よ。しかも、床に直置きだなんて最低」


「そういう話は聞いたことがないから、たぶんないんだろう。ま、これで充分だな」


「私もそう思うわ。さぁ、行きましょう」


 面白くなさそうなクリュスが祥吾を急かした。次に進むべき経路をすぐに伝える。少しでも早く先に進みたいのは祥吾も同じなので黙ってその指示に従った。


 再び通路を進み始めた2人は途中、もう1度豚鬼(オーク)と出会う。しかし、このときのクリュスは2体を魔法で拘束し、1体を祥吾に任せた。その期待に応えた祥吾は見事豚鬼(オーク)を倒す。しかし、その表情は若干厳しかった。


 ドロップアイテムを拾った祥吾がクリュスの元に戻る。


「あいつらを倒せることがわかったのは良かったが、問題も少しあるな」


「何が問題なの?」


「凶暴化しているせいで、考えなしに突っ込んで来てやたらめったら武器を振り回してくるんだ。それなら上層の小鬼(ゴブリン)と同じなんだが、こいつらは馬鹿力だからな。一発当たると危ないんだ」


「避けるのは難しいの?」


「1対1だったらどうってことはない。ただ、複数を相手にするとクリュスの方に手が回らなくなるから」


「ありがとう。その件についてはいつも通りだから気にしなくてもいいわ。攻撃を1度受けたら致命傷になることを注意すればいいのね?」


「そうだ。魔法はとても有効だが、近接戦闘で殴り合いになると間に合わなくなるだろう」


「その辺りはうまくやるわ。この長杖(スタッフ)は伊達じゃないのよ」


 気になる点をクリュスと共有した祥吾はそれ以上何も言わなかった。やれると言ったら必ずやることは知っているからだ。


 打ち合わせが終わると2人は再び先へと進み始めた。以後はこの階層で魔物と出会うことはなく、階下へと続く階段に到着する。


 ためらうことなく階段を降りると地下8層に足を踏み入れた。そうして周囲を確認して何もないことがわかると先に進む。この階層は罠がより陰湿になる以外はひとつ上の階層と変わりない。


 的確な指示を出すクリュスの言葉に従って祥吾は通路を歩く。罠は避けて通るが大原則なので今のところ立ち往生したことはない。地図の情報が確かならば、最下層までこの調子でいけると考えていた。


 そんな祥吾は耳で何らかの音を捉える。最初は魔物かとも思ったがそうではないような感じがした。その音は次第に大きくなる。


「走っている音? 誰かが何かに追われている? 豚鬼(オーク)の声?」


「祥吾、私にも聞こえるわよ。そんなに遠くないわ」


「こっちに来ているんじゃないか? クリュス、一旦戻って隠れよう。下手をすると魔物をこっちに押しつけられかねない」


「わかったわ。急ぎましょう」


 タブレットから顔を離したクリュスが祥吾にうなずいた。今回は先頭になって走る。


 背後から迫る逃走の音を聞きながら祥吾はクリュスの後を追った。近づいて来る者との逃走経路がぴったりと一致しない限りは厄介事を回避できるはずだと考える。


 走るクリュスがいくつか角を曲がった末に立ち止まったのに合わせて祥吾も足を止めた。そうして耳を澄ませる。


「聞こえないな。撒いたらしいぞ」


「良かったわ。これで先を急げる」


「それはいいんだが、結構大回りしたんじゃないか? 一旦さっきの場所まで戻らないといけないだろう」


「いいえ、このまま先に進むわ。そのために逃走経路を組み上げたんだから」


「あの短時間でそんなことまで考えていたのか」


「もちろんよ。時間は惜しいもの。さぁ、行きましょう」


 当たり前のように答えたクリュスに祥吾は呆れも混じった感心をしてみせた。祥吾だったらとてもそんなことは考えられない。とりあえず適当に逃げて、その後のことはそのとき考える。


 再びタブレットを取り出したクリュスが地図を確認しているのを祥吾は眺めた。周囲を警戒しつつも、自分もある程度地図係に慣れた方が良いのではと考える。たまにそういうことを思っては結局何もしないのだが。


 それほど間を置かずに顔を上げたクリュスから祥吾は指示を受ける。ひとつうなずくと体を反転させて歩き始めた。

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