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ダンジョンキラー  作者: 佐々木尽左
第3章 高校入学とダンジョン攻略

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大型連休後半の活動1─青村多摩川ダンジョン─(4)

 地下8層の道半ばで祥吾とクリュスは膝に手を突いて荒い呼吸を治めようとしていた。湿地帯で全力疾走したので当然である。


「はぁ、何とか撒いたな」


「数で押し寄せてくる魔物って厄介ね」


「俺もそう思う。でも、ここまで来たら本当にもうあと少しだぞ」


 前方に目を向けた祥吾がじっとその先を見つめた。随分と大変な思いをしながら進んで来た湿地帯も終わりに近づいてきている。


「祥吾、その剣大丈夫なの?」


「あーどうだろうな。水の魔法で洗い流せるか試してくれないか?」


 蟻酸の付着した剣に目を向けた祥吾は顔をしかめた。覚悟は決めていたとはいえ、いざそうなると何とも言えない気持ちになる。


 近づいて来たクリュスが剣の根元から刃先にかけて魔法で発生させた水を流した。さすがに特殊な凝固剤みたいな蟻酸はまったく取れない。


「もういい。これは駄目だな。本格的なダンジョンの攻略一発目にしてこれかぁ」


「買い直すしかないわね」


「毎回ダンジョンに入る度に武器を買い直していたら、いくら金があっても足りないぞ」


 自分の懐事情を振り返った祥吾は肩を落とした。何度かの探索では一応黒字だったものの、道具の破損一発で赤字になるようでは先が思いやられてしまう。ただ、それは今考えるべきことではなかった。なので気持ちを入れ替える。


 息を整えた2人は改めて歩き始めた。それまでの疲労が抜けきっていないので脚がいくらか重い。だが、背後には蟻の巣があるのでここまで来たらもう進むしかなかった。


 そうして2人は地下8層にある守護者の部屋にたどり着く。部屋とは言っても川横にある広場のような見た目だ。地下4層の番人の部屋と同じ様相だが、こちらの方が更に広い。


「クリュス、この辺りだよな。何もないし、魔物もいないぞ」


「ということは、恐らく川に潜んでいるかもしれないわね」


半漁人(マーフォーク)だからか。でも変だよな。あいつらって海に住んでいるんじゃなかったのか? 川も水だからいけるのか」


「そんなの私に言われても知らないわ。淡水魚みたいなのがいるんじゃないの?」


 返答を受けた祥吾はそんなものかと思った。確かに海水魚と淡水魚がいるのだから、半漁人(マーフォーク)にも同じように淡水性の一派がいても不思議ではない。ただ、いくら青村多摩川ダンジョンの情報でそう記載されていても違和感は拭えなかった。


 土手側に寄りつつも前に進む祥吾が左手に流れる川へと顔を向ける。守護者の部屋改め広場と湿地帯には明確な境はない。何なら広場も湿地帯だ。それでも広場としての広さを確保するためか、土手が更に右側の奥へとずれているので何となく境目はわかった。


 果たして予想通りに現われるのかと2人は気を張りながら広場へと入る。すぐに足を止めて周囲を警戒するが何も起きない。


 まだかと思った祥吾は更に奥へと進もうとした。そのとき、川から何者かが現われて何かを投げてくる。


「ヴオアアア!」


「やっぱり川からか!」


 投げつけられた銛が放物線を描きながら祥吾に迫ってきた。祥吾は足を取られつつも横に移動しつつ手にしていた剣ではじく。ところが、その途端に剣が曲がった。幸い飛んできた銛ははじけたが、剣はいよいよ使い物にならなくなる。


「くっそ、結構いい値段がしたのに!」


 祥吾は嘆きながらも曲がった剣を捨て、今はじいた銛を手にした。湿地帯に転がった銛は泥だらけだったので祥吾の手も同じようになる。使いづらいのは、泥のせいか、使い慣れていないせいか、それとも敵の武器だからか、やりづらいことこの上ない。


 その間にも頭部が魚で残りの部分が人間という特徴を持つ半漁人(マーフォーク)はその数を増やしていった。全部で11体だ。一番最初に銛を投げてきて手ぶらになった1体は他よりも体が一回り大きい。そして、あの中ではリーダー格であることがわかった。その1体が叫ぶと他の10体が祥吾たちに向かって走ってきたからだ。


 ただ、水の中では魚並みに動ける半漁人(マーフォーク)も陸地に上がると人並みの行動力しかないらしい。泥に足を取られながら湿地帯を走る半漁人(マーフォーク)の姿はなかなかコミカルだ。自分に殺意を向けてきていなければ笑えたであろう。何となく湿地帯でも軽やかに動ける印象があるだけに意外でもあった。


 何であれ、既に戦いは始まっているので祥吾も行動に移る。クリュスとの間に割って入り、やって来る魔物を迎え撃とうとした。


 最初に仕掛けたのはクリュスだ。魔法で半漁人(マーフォーク)の半分を拘束する。動けなくなった5体はそのまま頭から泥に突っ込んだ。


 次に仕掛けたのは半漁人(マーフォーク)のリーダーである。その1体だけは川縁に留まっており、突き出した右手から水矢(ウォーターアロー)が飛び出した。


 それに気付いた祥吾は目を見開いて舌打ちする。半漁人が魔法を使うことは事前の情報で知っていたが、今の状況で自分に対して使ってほしくなかったからだ。背後にはクリュスがいる以上、避けられなかった。仕方がないので手にした銛ではじく。すると、水矢(ウォーターアロー)は水となって散った。


 攻撃にしては中途半端だと思った祥吾だったが、すぐにその意図に気付いた。迫ってきた半漁人(マーフォーク)のうち3体が三方から襲いかかって来たのだ。魔法をはじく動作をしたために反応が遅れて防戦一方となる。その間に他の2体が更に奥へと向かって行った。しかし、そちらへと顔を向けている暇がない。


 まずは自分の身を守るため、祥吾は3体の半漁人(マーフォーク)を相手取る。足を使って動き回り有利な位置を占めるのが常識だが、湿地帯の泥のせいでろくに動けない。何とかうまく立ち回ろうとするが当然相手はその動きを封じてくる。更には自分の武器ではないことから戦いづらいという点も不利な原因となっていた。


 どうしたものかと祥吾が悩んでいると背後から強烈な悲鳴が耳に入る。魔物の声であることはすぐにわかった。どんな状況なのか気になるが我慢して前を見続ける。すると、活路が見えた。半漁人(マーフォーク)3体はすべて奥の戦いに気を取られていたのだ。


 こんな好機はもうないと悟った祥吾はすぐに動いた。三方のうち、左側に立っている1体に近づいて銛を握っている両手のうち左手を突いたのだ。穂先は見事命中してその個体は悲鳴を上げつつ体を前に曲げる。その口の中へと持っていた銛を全力で突き刺した。


 無言で倒れてゆく倒した1体に刺した銛から手を離した祥吾はその個体が持っていた銛を奪い取り、他の半漁人(マーフォーク)2体の横に回り込むように走る。横目で見ているとその2体が再び祥吾へと意識を向けているのがわかった。奇襲はもうできない。


 ところが、祥吾は最初から奇襲で連続して襲えるなどとは思っていなかった。それよりも、自分と半漁人(マーフォーク)2体がほぼ一直線に並ぶことの方が重要だった。これならば一時的にでも1対1で戦える。そして、それで勝負を決める必要があった。


 魔物を一体倒したことで疲労がある程度回復した祥吾はちらりと背後を窺ってから前進する。それに合わせて半漁人(マーフォーク)2体も縦に並ぶようにして向かって来た。あと少しで接敵というところで右横に避ける。すると、後方から飛んできた水矢(ウォーターアロー)が脇を通り抜けて先頭の1体に当たった。しかし、水属性の魔法に耐性があるのだろう、まるで水浴びをしただけというように無傷だ。


 それに構うことなく祥吾は更に一歩進む。そして、再び相手の左手を銛で抉った。奇襲した個体と同じように悲鳴を上げて体を硬直させたので、やはり同じくその口の中へと銛を全力で突き刺す。そうして再び相手から銛を奪った。


 こうなると後はもう簡単だ。背後からの魔法に気を付けながら目の前の半漁人(マーフォーク)を相手にすれば良い。戦いの技量は大したことがないのですぐに決着がつく。


 ようやく余裕を持てた祥吾はクリュスへと顔を向けた。すると、燃える半漁人(マーフォーク)2体を背にしてこちらへと近づいて来る。


「そっちも終わったみたいね」


「ああ、無事だったんだな」


「あれくらいならどうにかできるわよ。それより、最後はあれだけね」


 視線で促された方へと顔を向けた祥吾は川縁にいる半漁人(マーフォーク)のリーダーを見た。仲間がやられたことに怒っているらしいそれが走り寄ってくる。


 そのとき、クリュスが呪文を唱えた。祥吾が何の呪文だと思っていると、リーダーが拘束されて倒れている仲間5体の近くに差しかかったときにその一帯が白く変化していく。(フロスト)だ。


 急速に霜が降りてゆくその中で倒れていた5体はもちろん、リーダーも足が地面に張り付き、更には下半身から上半身へとその動きを封じられていった。こうなるともう勝負ありだ。氷漬けの半漁人(マーフォーク)のできあがりである。


「すごいなぁ」


「ありがとう」


 下半身がはねた泥だらけになっているクリュスを見ながら祥吾はつぶやいた。今日は何かと助けてもらってばかりだったと振り返る。


 それでも戦いが終わったことに祥吾は安心した。

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