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ダンジョンキラー  作者: 佐々木尽左
第3章 高校入学とダンジョン攻略

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大型連休後半の活動1─青村多摩川ダンジョン─(3)

 青村多摩川ダンジョンに入った祥吾とクリュスは奥を目指した。しかし、川沿いに湿地帯が続く地下5層は足を取られるせいもあって歩みが遅くなる。疲労も蓄積されるために階段に到達する度に休みながら進んだ。


 最終層である地下8層へと向かう直前に祥吾がスマートフォンで時間を確認すると午後6時半過ぎだった。今までかかった時間から考えると、この後最低でも2時間程度はまだかかるはずである。


「あと一息と言いたいところだが、その一息が長そうなんだよな」


「攻略できないとは言わないのよね。頼もしいわ」


「何と言っても強大な魔法使い様がいらっしゃるからな」


「褒めてくれるなんて嬉しいわね」


「正直、俺はいらないんじゃないかって思うんだが」


「そんなことないわよ。前衛あっての後衛なんですから」


 要するに盾ってことだよな、という言葉を祥吾は飲み込んだ。ここで皮肉を言ってクリュスを拗ねさせても良いことはない。その程度の理性はまだ残っていた。


 それにしてもと祥吾は思う。今回このダンジョンに入ってから魔物と戦った回数はそれほど多くはないが、前回の偵察のときよりも明らかに疲れていた。理由ははっきりとわかっている。魔物を殺して疲労を回復できないからだ。このため、移動による疲労がひたすら体内に蓄積されるのである。能力(チート)の特性上、下手な罠よりも湿地帯の方が祥吾にとって余程きつい。


 それでも、異世界からこちらの世界に帰還してからというもの、体を鍛えていたこともあって体力はあった。まだ全盛時には届かないが、今の探索に必要な体力はとりあえずある。それは救いだった。


 軽口を交わしながら2人は階段を降りて地下8層の湿地帯へと入る。地下5層より周囲の風景はまったく同じだ。さすがにそろそろ見飽きているが、それよりも湿地帯の厄介さが上回っているのでその不満は後回しである。


 湿地帯は相変わらず適度に足が沈んだ。楽ではないが動けない程でもないという案配である。この加減が狙ったものだというのならば、探索者の体力を奪うという意味では実に効果的だった。


 そんな湿地帯を歩いていると、祥吾は前方にうごめく何かを発見する。複数だ。ダンジョン内なので魔物以外はあり得ないと判断する。


「クリュス、魔物がいくつかいる。たぶん蟻じゃないか?」


「ここに現われる蟻ということは湿地蟻(ウェットランドアント)ね」


 事前に読んだ資料を思い浮かべた祥吾は顔をしかめた。


 湿地蟻(ウェットランドアント)は大きさが1メートル程度の緑色の蟻の魔物だ。湿地の中に巣を形成しており、女王蟻を頂点とした社会を築いている。昆虫類なので関節や目の部分を狙わないと通常武器による攻撃が通じにくい。また、動きが速く、一塊の蟻酸を尻から出す。この蟻酸は巣を固めるための凝固剤で、浴びると急速に固まって動けなくなる代物だ。


 泥で足を取られて思うように動けない今、多数の働き蟻が徘徊する場所を通り抜けようとするのは危険だった。避けられずに蟻酸を浴びてしまえば致命傷になりかねない。


「クリュス、迂回路ってこの辺りにあるか? 多少遠くなっても構わないぞ」


「このダンジョンって元々迂回路が少ないのよね。しかもここからだと、あの蟻の群れの向こう側に行かないとないわ」


「最悪だな」


「祥吾、どうする?」


「あそこに蟻の群れがいるっていうことは、巣が近くにあるってことだよな」


「恐らくはね」


「なら、さっき使った(フロスト)って魔法であの一面を凍らせることってできないか? 地上にいる蟻はもちろん、巣の入口近辺も凍らせるんだ。そうしたら追加で蟻が出てくることもないだろう」


「追加で湧いて出てくるのをまずは防ぐわけね」


「そういうことだ。恐らく今地上に出てきている蟻はこちらに気付いたら攻撃してくるだろうから、それは俺が防ぐ。その間にやってくれ」


「でも、蟻酸はどうするの?」


「この剣ではたき落とすよ」


 面白くなさそうな表情を浮かべながら祥吾はクリュスに作戦の内容を伝えた。これでまだ新しい剣が早速駄目になってしまうことが確定したわけだが、背に腹はかえられない。


 他に有効な方法を思い付かなかったこともあり、クリュスも祥吾の作戦に同意した。


 方針が決まると2人は行動を開始する。まずは巣に通じる穴がどこにあるのか確認しないといけない。しかし、蟻塚のように目立つものではなく地面に穴が空いているだけなので見つけるのはかなり難しかった。そのため、2人は湿地蟻(ウェットランドアント)の動きをじっと見続ける。


「クリュス、あの土手近くの辺り、蟻が他よりも集まっている場所が怪しくないか?」


「蟻と湿地の色が似ているからわかりにくいわね」


 真剣な表情のクリュスは祥吾に返事をした後、捜索(サーチ)の魔法を唱えた。この魔法は人や物の位置を結果として返す魔法なので穴そのものを探し出せるわけではない。しかし、湿地蟻(ウェットランドアント)を対象に捜索(サーチ)することで地中のどの辺りにいるのかということを割り出し、穴の場所を推測するのだ。


 じっとしていたクリュスが口を開く。


「見つけた。確かにあの辺りね。巣穴を中心に(フロスト)を強めにかけるわ」


「任せた」


「我が下に集いし魔力よ、凍える水となり、地を覆え」


 つぶやくように唱えた呪文がクリュスの口から発せられると、次いで湿地蟻(ウェットランドアント)の巣穴を中心に霜が急速に広がった。近くにいた働き蟻は次々と凍ってゆく。


 この事態に巣穴から離れて行動していた働き蟻は混乱した様子だった。何しろ突然自分たちの巣穴が凍り付いたのである。急いで巣穴に戻ろうとした蟻は凍り付き、霜の降りた範囲でうろついていた蟻は動けなくなった。


 大半の湿地蟻(ウェットランドアント)が動けなくなったのを見た祥吾がクリュスに振り返る。


「思ったよりも効果が大きいな」


「それはもちろん頑張ったもの」


「これだったら通り抜けられるんじゃないのか? あの巣穴と土手の間を通り抜けるんだ。かなり冷えるだろうが、蟻に群がれるよりかはましだろう」


「そうね。一旦土手側に寄ってから進みましょう」


 クリュスの意見に同意した祥吾はすぐに土手側へと足を向けた。わずかだが泥濘(ぬかるみ)がましになる。クリュスが背後にいるのを確認すると鞘から剣を抜いて前に進んだ。


 巣穴を中心に魔法で凍り付いているため、土手側にいた働き蟻はほぼすべてが凍り付いていた。川側に向かうほど動ける蟻の数は増えるが、それもあまり多くはない。


 しかし、地の利がない祥吾たちが不利なのは間違いなかった。何より泥に足を取られて動きにくい。この点だけでも圧倒的に分が悪かった。


 巣穴へと近づくにつれて地面がしっかりとしてくることに2人は気付く。魔法で凍り付いた影響だ。これならば歩きやすい。ただし、それだけ巣穴に近づくともちろん生き残っている湿地蟻(ウェットランドアント)に気付かれる。


 霜で足が凍り付いて動けないがまだ生きている働き蟻が口元の牙を激しく鳴らし始めた。これに呼応して他の動けない蟻たちも牙を鳴らしてゆく。動ける働き蟻たちは次々と祥吾たちを目指した。直進して迫ってくる。


 これに対して祥吾たちは霜の降りた湿地の上を走った。足元がしっかりとしているのならば素早く移動できる。それは湿地蟻(ウェットランドアント)も同じだが、本来の速さで動けるようになった人間との差は簡単には縮まらない。


 むしろ祥吾たちにとっての正念場は巣穴を過ぎてからだった。今度は巣穴から離れるほどに足場が悪くなってゆき、それだけ走る速さが遅くなる。凍った巣穴から完全に離れると当然湿地帯は元の歩きにくい場所へと戻った。


 この時点でまだ2人を追いかけている働き蟻は8匹だ。総数からすればごくわずかだが、一度に対処するとなると面倒である。


「クリュス、先に行け!」


「いいえ、ここで迎え撃つわ! 足止めするから、動いている蟻をお願い!」


 自分の意見を否定された祥吾は一瞬困惑したが、すぐに気を取り直して追ってくる湿地蟻(ウェットランドアント)を視界に収めた。クリュスの呪文を背中で聞きながら8匹がどんな動きをするのか見極めようとする。


 次の瞬間、5匹の働き蟻が急停止した。そのまま全身を震わせて動かない。魔法で拘束されたと判断した祥吾は残りの3匹に意識を集中する。すると、3匹すべてが自らの体を立ち上げるようにして尻を前に突き出した。その先から液状のものが飛び出してくる。蟻酸だ。


 ひとつは脇を通り抜けてゆき、ひとつはかろうじて避け、最後のひとつは剣ではじく。ただ、はじくとは言っても液体なのでべったりと着いていた。


 次はいよいよ危ないと覚悟した祥吾だが、再び蟻酸を射出しようとしていた働き蟻たちはその体勢のままで固まったのを目にする。


「祥吾、このまま先に行きましょう!」


「わかった!」


 残りも魔法で拘束されたことを知った祥吾はクリュスの言葉に従って体を反転させた。そのまま巣穴から遠ざかってゆく。


 逃げ切れたと知ったのはしばらく後だった。

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