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ダンジョンキラー  作者: 佐々木尽左
第3章 高校入学とダンジョン攻略

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大型連休後半の活動1─青村多摩川ダンジョン─(1)

 大型連休の後半に入った。これから連休明けまでは多くの人々が休み、またかき入れ時のため働く。つまり、町はいつもとは違う場所が静かになり、同時に騒がしくなるのだ。


 そんな最初の日、祥吾は早朝に目を覚ました。前日は早めに寝たので眠いということはない。体調は万全だ。


 リュックサックとスポーツバッグの中を確認した祥吾は朝食を済ませてから自転車で自宅を出た。途中、待ち合わせ場所でクリュスと合流する。


「クリュス、おはよう」


「黒岡ダンジョン以来の攻略よね。ぜひ成功させたいわ」


「初心者用じゃないダンジョンはこれが初めてなんだよな」


「ふふ、緊張してきた?」


「まさか。さぁ行こう」


 余裕の笑みを浮かべた祥吾はクリュスと共に自転車のペダルを漕ぎ出した。向かうは青村多摩川ダンジョンである。


 2人は多摩川を最初は南東側、次いで南側へと進んでいった。既に知っている道なので迷うこともない。やがて午前8時前には探索者協会の青村多摩川支部に到着する。


 駐輪場に自転車を止めた2人は荷物を持って本部施設の建物へと入る。ロビーは閑散としていた。数日前までの間引きのときは探索者がたくさんいたらしいが、今はその気配さえない。


 ロビーを突っ切った奥にある通路に入った2人は更衣室へと入った。男性更衣室では祥吾がスポーツバッグからインナーやエクスプローラースーツを取り出して身につけてゆく。最後にプロテクターと剣を装備して完了だ。ロッカーにスポーツバッグをしまい、リュックサックを背負って廊下に出た。ほぼ同時にクリュスも姿を現す。


「祥吾、データはダウンロードした?」


「やった。地図のデータだけな。そっちの確認は?」


「終わったわよ。受付カウンターに行きましょう」


「しかし、防水のブーツって結構値段がするんだな」


「探索者用を買うとなると頑丈さも大切だものね」


「収入が不安定な状態で高い買い物っていうのは怖いな」


「ふふ、大金を稼げるようになりましょう」


 楽しそうに言葉を返してくるクリュスに祥吾は苦笑いした。せめて赤字にならないように気を付けたいと心の中で気を引き締める。


 受付カウンターにたどり着いた2人は受付嬢に最新の情報について問い合わせた。しかし、今のところはないらしい。ダンジョンの核に異変があるのになどと祥吾は思うが、問題なく最下層まで行けるならば文句はない。


 慣れた様子で祥吾は建物から外に出た。クリュスもそれに続く。ダンジョンのある壁の向こうへと2人は足を向けた。




 正門の自動改札機を通過した祥吾とクリュスは警戒地区へと入った。一本道はそのままダンジョンの入口へと続いている。周囲に人はいない。


 2人がしばらく歩いていると、クリュスが楽しげに祥吾へと話しかける。


「この前のカラオケ、楽しかったわよね」


「そうだ、前からそれについて聞きたかったんだ。あの映像研究会のカラオケにどうして参加する気になったんだ?」


「楽しそうだったからよ」


「そりゃ遊びに行くんだからみんな楽しそうにするだろう」


「入会届を出しに行ったときに会員の人たちと話をしたけれど、みんな娯楽を楽しんでいるのが感じ取れたからよ。ああいう人たちの集まりなら、きっと楽しいに違いないって」


「趣味に全振りしている人たちだもんな、あそこって」


「そうでしょう。実際に参加してみたらやっぱり楽しかったわ。迷宮で支配人をしていた頃、人間が遊戯を楽しんでいたのはたくさん見ていたけれど、それに参加したことは最後までなかったのよね。私に与えられた役割上仕方なかったんだけれど、それでもやってみたかったなっていう思いはずっとあったから」


 かつて攻略した迷宮のことを祥吾は思い返した。入ったときには既に狂っていたのでどの施設も歪んでいたし、いくつかやってみてひどい目に遭ったことから良い印象はない。それでも、かつてまっとうに利用されていたときのことを思うと楽しそうだったということくらいは想像できる。


「だからあんなにはしゃいでいたのか」


「そうよ。楽しかったわ」


「おかげでこっちも盛大に巻き込まれたぞ。歌うのはともかく、踊らされるなんて思いもしなかった」


「楽しかったでしょう?」


 当時のことを思い出した祥吾は顔を引きつらせたが、否定はしなかった。そのままわずかにうなずく。


 話をしているうちに2人はダンジョンの入口に差しかかった。階下へと続く階段を降りるとそこは河原だ。左手には川が流れ、右手には急斜面な土手があり、そして上には青空が広がっていた。


 ダンジョン内にもかかわらず屋外にいるような感じがする場所だが、目を凝らすと青い空と思えたものは半円形の筒状の天井であるのがわかる。


 川を模した通路に立った2人は周囲を警戒した。その後で祥吾が肩の力を抜く。


「前はすぐ魔物がやって来たが、今回はさすがにそうでもないみたいだな」


「うまく間引けたんでしょうね。これなら快適に進めそうだわ」


 直近に異常がないことを確認した2人は川原の上を歩き始めた。波状攻撃のような魔物の襲撃を受けた前回とは違ってダンジョン内は静かだ。川の流れる音くらいしかしない。


「恐らくこれが普通なんだろうが、なんだか静かすぎるように思えるな」


「間引き直前のここに入ったときの感覚のままだからでしょうね。慣れないと」


「どうも落ち着かないんだよなぁ」


 頭では理解できていても感覚をすぐに矯正できない祥吾は苦笑いした。横田ダンジョンではそうでもなかったことを思い出し、青村多摩川ダンジョンに対する思い込みが強いことを理解する。


 そんな祥吾は道中で最初の魔物を発見した。突撃猪(チャージボア)が1匹である。相手も祥吾たちに気付いたようで突っ込んで来た。


「我が下に集いし魔力よ、彼の者を絡め取れ」


 避けざまに脚へ一撃を入れようとしていた祥吾は背後からの詠唱を耳にした。途端に突撃猪(チャージボア)が身を固くして倒れ、走っていた勢いのまま河原の上を滑る。


 魔法で拘束された突撃猪(チャージボア)に近づいた祥吾は抵抗できないそれの首筋を剣で斬った。すると、もがきは痙攣に変わり、やがて動かなくなる。


「魔法があるとやっぱり楽だな」


「そうでしょう。もっと頼ってくれていいのよ?」


「もちろん頼るよ。それにしても、前とは大違いだな。普通はこんなものか」


「前みたいにやたらと群れているのがそもそも珍しいのよ」


「あんまり舐めた言い方はしたくないが、これだったら楽勝だな」


「楽ができるときは楽をしましょう。どうせ後で苦労するんですから」


 ドロップアイテムを拾う祥吾はクリュスに微笑まれた。先に異常事態の状況を体験した祥吾にとって正常な状態は何とも楽に感じてしまうのだ。せめて気を引き締めようと表情を改める。


 割合のんびりとしながら2人はダンジョンの通路を進んだ。階層もひとつずつ降りて行く。その間、たまに魔物と遭遇した。前回の偵察で相手をしたことのある黒妖犬(ブラックドッグ)敏捷鼠(ラピッドラット)も出てきた。しかし、いずれも大した数ではなかったので2人の敵ではない。


 そうして2人は地下4層にある番人の部屋にたどり着いた。部屋とは言っても川横にある広場のような見た目の室内だ。この奥に番人が待ち構えている。


 番人である魔物は巨大水蜘蛛ジャイアントウォータースパイダーだ。大きさが3メートル程度の全身が黒く毛深い蜘蛛の魔物である。糸を使って獲物の行動を制限し、水中に引きずり込むという厄介な戦法を使う大きな水蜘蛛だ。


 2人が足を踏み入れると巨大水蜘蛛ジャイアントウォータースパイダーは早速動き始めた。ある程度近づくと糸を放ってくる。


 その攻撃を避けたクリュスが火属性の魔法で応戦した。火壁(ファイアウォール)で魔物の動きを制限し、火球(ファイアボール)火矢(ファイアアロー)で傷を負わせてゆく。徹底した遠距離攻撃だ。結局、巨大水蜘蛛ジャイアントウォータースパイダーはろくに何もできずに倒れた。


 守りに徹していた祥吾が剣を鞘に収める。


「前の偵察のときもそうだったが、これはひどい」


「魔物の弱点を突くのは当然でしょう。祥吾だって剣でいつもやっているじゃない」


「そうなんだが、こう何て言うか、一方的に蹂躙しているように思えるんだ」


「我が儘ね、祥吾は。そんなことばかり言うなら、もう支援してあげないわよ」


「悪かったって。ドロップアイテムは、糸?」


「蜘蛛の糸ね。それで編んだ布は高級品らしいわよ。高値で売れるわ」


「へぇ、そうなんだ。だったらもっとここに探索者が来てもいいはずなんだけれどな」


「私みたいに高火力の魔法を使えるか、他の遠距離攻撃手段がないと巨大水蜘蛛ジャイアントウォータースパイダーの相手は難しいわよ。それに毎回ドロップアイテムとして出てくるとも限らないし」


「なるほど、不人気な理由がよくわかる」


 改めて探索者がやって来ない理由を知った祥吾は力なく笑った。そして、改めて魔法は便利だと実感する。


 手に入れた戦利品をリュックサックにしまった祥吾はクリュスと共に階下へと降りた。

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