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ダンジョンキラー  作者: 佐々木尽左
第1章 ダンジョンを探索する準備

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周到すぎる準備

 探索者になるための許可を両親から得た翌日、正木祥吾は学校帰りにクリュスと連れ立って探索者協会へと向かった。自転車で移動すること約30分、その広い敷地が見えてくる。奥には高さ20メートル程度のコンクリート製の壁が帯のように広がっていた。


 ほとんど空いている駐車場の脇にある駐輪場に自転車を止めた2人は、3階建ての横と奥行きのある探索者協会の地方支部本部施設へと入る。出入口から受付カウンターまでは割合に広く、それだけに人の少なさから閑散としている印象が強い。


 初めて中に入った祥吾はその役所然とした雰囲気に半ば呆然としていた。探索庁という行政組織の外郭団体なので別におかしな話ではないが、一瞬市役所に来たのではという思いが頭によぎったのだ。


 そんな祥吾はクリュスに小声で話しかけられる。


「申込書ならネットからでもダウンロードできるのにわざわざ出向くなんて物好きね」


「俺は紙派なんだよ」


「おじいちゃんみたいなことをいうじゃない」


「あっちで10年くらい生きてきたから紙の方が落ち着くんだ」


「あれって紙じゃなくて羊皮紙よ?」


「そんな細かいこと言うなよ」


 面白そうに揚げ足を取ってくるクリュスに嫌そうな顔を向けた祥吾は歩き出した。その後をクリュスが楽しそうについて行く。


 まっすぐ受付カウンターに向かった祥吾はそのまま受付嬢の前に立った。名札に明本と印字された女性が目を向けてくる。


「探索者になるための申込書がほしいんで一式ください」


「あら、その制服は、もしかして中学生?」


「そうです。今月に卒業するんで書類だけ先にもらっておこうと思ったんです」


「ご両親の許可は?」


「昨日もらいました」


 学生証を見せて今年卒業であることを示しながら祥吾は受付嬢の質問に答えた。隣ではクリュスが笑顔でそのやり取りを眺めている。


 やがて質問が終わると茶髪のセミロングの受付嬢はA4サイズの白い封筒を手渡してくれた。そして、その直後に再び問いかけてくる。


「それと、何か武道とか格闘技とかの経験はあるかしら? ないと探索者は不利よ」


「大丈夫です。それじゃ、ありがとうございました。あ、クリュス、せっかく来たんだからお前ももらっておいたらどうなんだ」


「私はもう持っているから必要ないわ」


 小さく首を横に振ったクリュスを見た祥吾は曖昧な笑顔を浮かべてうなずいた。さすが学校一の優等生は違うと感心する。ちなみに勉強で勝てたことは一度もない。


 探索者協会の建物から出た2人は駐輪場へと足を向けた。封筒をスポーツバッグに入れた祥吾が自転車の前籠にそのまま突っ込む。


「よし、これで後は帰るだけだな」


「せっかくだから、帰ったらすぐに申込書を書き上げちゃいましょう」


「気が早いな。出せるのは卒業式の後だぞ」


「だったらやる気のある今のうちに書いちゃいましょうよ。後で慌てて書くと間違えるかもしれないでしょう? それに、ご両親の印鑑も押してもらわないといけないし」


「つくづく用意がいいなぁ」


 自転車に跨がりながら祥吾は苦笑いした。先を見越した行動を勧めてくるのはさすがである。祥吾だけだとわかっていても後回しにするかもしれない。なので、これに関しては感謝すべきなのだろうと思うことにした。


 クリュスも自分の自転車に乗ったことを目にした祥吾はペダルを漕ぎ始める。最近温かくなってきた風を顔に受けながら車道を進んだ。




 帰宅した祥吾はクリュスと共に母屋に入ると2階の自室へと入った。学生服の上着をハンガーに掛けると学習机の前に座る。そして、スポーツバッグからA4サイズの封筒を取り出し、その中身を机の上に広げた。申込用紙の他にパンフレットや広告のちらしもある。


「まずはこの申込書記入手順書からか。おお、細かくて目眩がしそうだ」


「わからないことがあったら何でも聞いてね」


「まさか、もう書類を出したのか?」


「同じ日に卒業するんだから提出できるわけないでしょう。でも、もう記入はしたわよ」


「え、早いな! いつ書いたんだ?」


「今月に入ってすぐよ。高校の合格発表がある前だったかしら」


「早すぎるだろう」


 あまりの準備の良さに祥吾は呆れ返った。まるで遠足を楽しみにしている小学生のようだと感じる。それとも、余程神様に急かされているのだろうかと考えた。例えそうだとしても制限に引っかかって応募はできないのだが。


 気を取り直した祥吾はペンを片手に申込書に書き込み始めた。手順書を見ながらひとつずつ丁寧に書いてゆく。たまに悩むと横からクリュスが教えてくれた。更には自分の書いた申込書を鞄から取り出して見せてくれる。日本人の祥吾よりもきれいな日本語で文字が綴られていた。


 やがてすべて書き終わった祥吾はペンを机において大きく息を吐き出す。そして、椅子に座ったまま背伸びをした。


 自分の書類を鞄にしまったクリュスが祥吾に声をかける。


「お疲れ様。後は印鑑を押すだけね」


「それは後でもいいだろう。どうせ親のはんこもいるんだし。それより、このパンフレットには何が書いてあるんだろうな」


「探索者のことや探索者協会のことなんかが書いてあったわよ」


「へぇ、おお、なんか明るい感じだなぁ。ネットでの評判と大違いだぞ」


「それはまぁ、ね? 自分のところを悪く書くことなんてないでしょうし」


「確かにな。でも、探索者がここに書いてある通りなら、もっと人気が出るはずなんだよなぁ。男ばっかりってことにもならないだろう」


「それ、最近は少しずつ変わってきているらしいわよ?」


「レディースデイみたいな女性優遇措置でもあるのか?」


「そういうのじゃなくて」


 パンフレットに目を向けながら祥吾はクリュスと話をしていた。良いことばかり書いてあって苦笑いするばかりだが、これは一般企業でも同じことなので目くじらを立てることではない。読み流せば良いだけだ。


 それよりも、祥吾はとある項目を見て固まる。


「あ、そういえば探索者教習って金がかかるんだったよな。げっ、20万!?」


「祥吾、知らなかったの?」


「忘れていたよ。そうだ、前に結構かかるなって思いながら見ていたなぁ。あのときはまさか申し込むなんて思っていなかったから流したんだっけ」


「その様子だと、お金は持っていないのかしら?」


「そんな大金、子供の俺が持っているはずないだろう。第一働いてすらいないんだぞ。異世界だったらいくらでも払えたのに」


「あっちではお金持ちだったのね。冒険者ってそんなに儲かる仕事だったかしら?」


「最後の仕事がでかかったんだ。あれだけで数年分の収入だったし。あーくそ、思い出すと持って来られなかったのが悔しいな!」


 顔をしかめた祥吾がパンフレットを机の上に放り投げて頭をかきむしった。契約が完了して後は報酬を受け取るだけというところだったのである。それだけに悔しさが一層こみ上げてきた。


 そんな祥吾に対して、笑顔のクリュスが鞄から細長い茶封筒を取り出して机の上に置く。


「仕方ないわね。これをあげるわ」


「何だこれ?」


 目の前の差し出された細長い茶封筒を手にした祥吾は訝しげな表情を浮かべつつ、中に入っているものを取り出した。すると、折り目ひとつないピン札が目に入る。


「え、何これ? 1万円札? え? 何枚あるんだ?」


「ちょうど100枚よ。束になっているんだから当然でしょう」


「いや、ちょっと待て。お前これをどこから持ってきたんだ!?」


「もちろん私の口座からよ」


「なんでこんな大金持っているんだよ。もしかして学費か?」


「だったら学校に入れなくなっちゃうじゃないの。大丈夫、使う当てのないお金だから」


 優しく微笑むクリュスと札束の間を祥吾の目が何往復かした。とても一介の中学生が簡単に持てるような金額ではない。


 恐る恐る祥吾がクリュスに尋ねる。


「クリュスさん、これどうやって手に入れたんですか?」


「私が稼いだのよ」


「どうやって?」


「私の国ではね、子供にお金の教育をする家があるのよ。そういうところだと小学生のときから株の売買なんかを少額から始めるの」


「それでこんなに稼いだのか」


「一部よ、それ。今の私は自分の生活費も学費も全部自分で払っているの」


 あまりに違う文化の一端を聞いた祥吾は呆然とクリュスを見上げた。学校では文句なしの優等生なのはもちろん、日々の生活でもその所作などが自分たちとは違うことは理解していたが、本当に次元が違うことを改めて思い知る。


 ただそうだとしても、祥吾としてはこの金銭をそのままもらうというのは気が引けた。確かに頼まれて探索者になろうとしているが、本来金銭の負担はまず親に相談すべきことだ。


 その点をクリュスと話し合った結果、祥吾はこの札束を借りるという形に収める。そして、大きくため息をついた。

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