正月の過ごし方(前)
新年を迎えた。大晦日である前日まであれだけ騒がしかった世間はすっかり静かになっている。テレビ画面の向こうでは初詣だのマラソンだの色々とやっているが、一般の住宅街はそうではないのだ。
そんな新しい年の初日も祥吾の起きる時間は変わらない。いつもと同じ時間に目覚めると筋肉トレーニングを始める。ただし、その後の朝食は食べない。
やるべきことは去年の間に済ませていた祥吾は自室でのんびりと過ごす。やることと言えばスマートフォン片手にウェブ小説を見るくらいだ。何か趣味でも持った方が良いのではないかという考えが頭をよぎる。
「そうだ、良樹が昨日イベントに参加していたんだったか」
仲の良い友人の予定を思い出した祥吾はスマートフォンの画面を切り替えた。ブラウザで映像研究会のSNSアカウントを表示し、会員たちがコミディスに参加していたときの様子を眺める。
実に楽しそうな様子を祥吾は眺めた。新しい頒布物は無事にスペースに並べられ、それが一般参加者に買われてゆく。たまに両隣のスペース参加者や一般参加者と話をして盛り上がった様子も書かれていた。
一通り映像研究会のSNSアカウントの内容を見た祥吾はため息をつく。日々忙しく過ごしているという点では祥吾も間違いなく充実していると言えた。しかし、その内容は仕事としてと言うべきものであり、祥吾にとって楽しいわけではない。少なくとも、人生を謳歌しているとは言えなかった。
ぼんやりと考え込んでいた祥吾は意識を戻す。スマートフォンの画面をじっと見つめていて思考の底に沈んでしまっていたことを自覚した。元旦から暗い気持ちになっても仕方ない。首を横に振って気分を入れ替えた。
改めてウェブ小説を読み始めた祥吾は文章を追いながら意識を自分の体に向ける。いつの間にかすっかり慣れてしまっているが、体の熱っぽさは相変わらずだ。真冬の寒さが涼しいと思えるくらいに熱を発している。試しに体温計で計ってみると39度以上あった。思った以上に高くて驚くが、同時にこれだけ高くても平気なのが不思議に思えて仕方ない。
新年に目覚めてから数時間で色々と頭の中で考えを巡らせていた祥吾だったが、さすがに空腹を感じてきた。スマートフォンで時間を確認すると朝の10時前、そろそろだ。
自室から出た祥吾は階下に降りて台所に向かった。すると、既に両親がいる。
「あら、今呼び出そうとしていたところなのよねぇ」
「明けましておめでとう。今年もよろしく」
「はい、おめでとう。よろしくねぇ」
「おめでとう。よろしくな」
親子で新年の挨拶を交わすと祥吾は席に座った。食卓にはおせち料理の入った重箱や小芋の煮物の入った大皿などが置いてある。
母親の春子が椀に用意していた中に餅と具材を入れ、そしてすましを注いだ。それを3人分食卓へと盆で運ぶ。
「さぁ食べましょう」
春子のかけ声と共に3人が雑煮の入った椀を手に取った。真ん中に白い餅があり、その横に小さく縦長に切られた椎茸、おひたし、かまぼこが添えられている。それらがすましの中に沈んでいた。
箸を持った祥吾は大きな餅2つのうちひとつを箸で持って口に運ぶ。柔らかい餅は簡単には切れず伸びた。それを箸も使ってちぎる。湯で解凍した餅は当然熱い。口の中が一気に忙しくなった。かまぼこをひとつ箸で摘まんで口に放り込む。一緒に噛んで熱を中和した。
そうやって祥吾が餅を食べていると、父親の健二が他の2人に声をかける。
「12時くらいに初詣に行こうと思うが、それでいいか?」
「今日は何にも予定がないからいつでもかまわないわぁ」
「俺もいいぞ。黒岡神社に行くんだろう?」
「そうだ。昼ぐらいなら参拝客も少なくなっているだろうから、お参りしやすいはずだ」
「毎年行っているから大体のことはわかるものねぇ」
話のきっかけになったらしい両親が会話を始めると、祥吾は食事を再開した。朝から我慢していたので今ならいくらでも胃に入る。餅をひとつ食べた後はおせち料理だ。小皿を取り出して取り箸で、金時、ごぼうのごま和え、煮干し、だし巻き、かまぼこ、伊達巻きを取り寄せる。後は順番に食べていくのだ。たまに雑煮の餅をつつきながらである。
途中で祥吾も両親の会話に混ざってしゃべりながら食べた。その間に餅をお代わりし、今度は白味噌で食べる。上に鰹節をたくさん載せてだ。更にはおせち料理から、肉巻、黒豆、数の子、小芋の煮物、筍の煮物、海老の蒸した物を小皿に取り寄せる。そうしてひたすら食べた。
時間をかけてしゃべりながら食べた祥吾は椅子の背もたれにもたれかかって腹をさする。調子に乗って食べ過ぎた。それを両親が笑うが毎年のことなので気にしない。
自室に戻った祥吾は布団の上で横になった。初詣の時間まで寝て食休みだ。しばらく動けそうにない。
胃腸が落ち着くのを寝て待っていた祥吾は電話がかかってきたのでスマートフォンを手に取った。母親の春子からである。
「そろそろ黒岡神社に行くわよぉ」
「わかった。今から玄関に行く」
返事をした祥吾は起き上がって自室を出た。胃腸の調子はとりあえず落ち着いている。まだ重いが言ってしまえばそれだけだ。
階下に降りると両親が玄関で靴を履いているところだった。祥吾も同じように靴を履く。そうして3人揃って玄関を出た。
黒岡神社とは祥吾の住む地域の人々が初詣のときに参拝する神社だ。その規模は小さく、人々が参拝するのは初詣のときくらいなので普段の境内は閑散としている。
そんな地域密着型というよりも地域にひっそりとある神社に祥吾は両親と向かった。神社の境内にたどり着くと参拝客が何人もいるのを目にする。有名神社のような超過密状態ではないが、普段からは考えられないほどの人々が参拝しにきていた。しかし、普段着姿の人ばかりで袴や振り袖姿は見当たらない。ここはそういう神社なのだ。
祥吾たち3人は神社の拝殿まで寒い中しゃべりながら待ち、ようやくその目の前にまでやって来ると賽銭箱に50円玉を入れて鈴を鳴らす。そして、手を合わせて今年1年の無事を祈る。祥吾の知っている神々とは異なるが、信心深いわけではないのでその辺りはいい加減だ。
帰りに社務所へ寄るとその隣にテントが張られている。参拝客が多いので臨時の営業所を開設しているのだ。そこでおみくじが売られ、御神酒が振る舞われている。
毎年買っているおみくじを3人とも買った。見ると祥吾は小吉、今年の運勢は微妙そうである。木にくくり付けて神社を出た。
帰り道も3人でしゃべりながら歩く。
「さて、帰ったら寝正月を堪能しようか」
「祥吾ったら若いのにそんなお父さんみたいなことを言って」
「うっ、いきなり何を言い出すのかな、母さんは。僕はそこまで寝ていないよ」
「あらそうですか? よく食卓の椅子やソファで寝ているじゃない」
「あ、あれは、その、仮眠、仮眠だよ。昨日まで頑張っていたんだし、いいじゃないか」
「別に悪いとは言っていませんよ。ただお父さんみたいだなって言っただけじゃないですか」
面白そうに笑う母親と焦ったり困ったりする父親の様子を見ながら祥吾は歩いた。別に父親と同じことをすること自体は悪いことではないが、明らかに若くないと言われるとそれはそれで避けたくなってしまう。精神的には30歳程度なので微妙に心に刺さるのだ。
自宅に帰ると祥吾は自室に戻った。当初は寝て過ごす予定だったがそれを変更する。椅子に座ってスマートフォンの画面を見始めた。ウェブ小説を読むためである。
しかし、読みながらも祥吾は考えごとをしていた。今やっていることは趣味と言えば趣味だが、同時に暇潰しでもある。小説を読む行為を趣味と言えるほどのめり込んでいないのだ。趣味というとどうしても良樹のオタク趣味を思い浮かべてしまう。もちろんあれだけが趣味ではないのだが、もっとのめり込めるようなものがほしいと思ってしまうのだ。
ただそうなると、今度はダンジョン攻略に支障が出てきてしまいかねない。さすがにクリュスにやると言っている手前、そこまで影響が出てしまうのは気が引けた。
そうやって色々と考えると、結局今の状態が一番ましということになる。実に面白くなかった。
夕飯の時間だと母親に呼ばれた祥吾は台所へと向かう。今度もおせち料理に小芋の煮物だが、それに鴨の薄切りが加わっていた。そして、餅ではなく白米を食べる。
普段ほど空腹を感じていなかった祥吾だが、それでも食べ始めるといつも通りの食欲だった。山盛りの白米が入れられた茶碗を片手に次々とおかずを食べてゆく。おせち料理などがみるみる減っていくが毎年のことなので両親は動じていない。
祥吾は夕飯も満腹になるまで食べた。




