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ダンジョンキラー  作者: 佐々木尽左
第8章 1学年の終わり

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体に表れた変化

 今年も残すところ2週間を切った頃になると、さすがに朝の冷え込みは厳しくなる。できればそのままずっと布団に入っていたいのは誰もが同じ思いであろうが、大半の人々はそれを押して起き上がるものだ。


 正木祥吾(まさきしょうご)もそんな1人である。布団に入っていたおかげで立ち上がった直後の体はまだ暖かい。だが、放っておくとすぐ冷えて寒くなる。


 そこで筋肉トレーニングだ。洗面所やお手洗いに行った後、体が温まる程度、しかし汗をほとんどかかない程度に動かすのである。


 日課が終わると高校の制服を着るのだが、祥吾はそのときわずかに眉を寄せた。朝起きてぼんやり感じていたものが体を動かしてより明確になる。


「熱っぽい? 風邪をひいた? いやでもな」


 珍しく自分の体の様子が良くわからい祥吾はその状態を理解しようと努めた。感じている通り体は熱っぽいがだるいわけではなく、鼻、喉、胃腸など、風邪の初期症状が現われそうな箇所に異変はない。単に熱っぽいのだ。そうでなければ当たり前のように日課はこなせなかっただろう。


 着替え終わった祥吾は念のために再び洗面所へと行って自分の顔を見た。しかし、何ともない。触ってみるといつもより少し温かいくらいである。体感的には体で何か起きていそうだが、見た目はいつも通りでしかない。何とも不安になる状態だ。


 しきりに首を傾げつつも祥吾はそのまま台所へと向かい、いつも通り朝食を食べた。食欲も普段通りだ。すっかり目覚めている体は量を求める。


 体調以外はすべていつも通りである祥吾は時間になると家を出た。自転車の前かごにスポーツバッグを入れてペダルを漕ぐ。冬の冷たい風が妙に気持ち良い。


 待ち合わせ場所に到着した祥吾がその場で待っていると、同じく自転車に乗ったクリュス・ウィンザーが金髪をなびかせてやって来た。隣に停車したクリュスに祥吾は声をかけられる。


「おはよう、祥吾。もうすっかり冬ね」


「12月も後半だからな。これでまだ序の口なんだから泣けてくる」


「早速春が恋しくなるわね。さ、行きましょう」


 登校を促された祥吾はペダルを漕ぎ始めた。クリュスと自転車を並走させ、それからいつも通り雑談を始める。昨日見たニュースやタッルスの態度などが次々と流れていった。


 そうしていくつもの小さい話題を経て話が一段落すると、祥吾が自分のことについて話し始める。


「そういえば俺、何となく熱っぽいんだよな」


「あら、風邪でもひいたの?」


「どうもそうじゃないらしい。体はだるくないし、鼻も喉もおかしくないんだよ」


「だったら、何が原因なのかしらね。1度病院に行って診察してもらったらどうなの?」


「これ病気なのか? いや、わからないから診てもらえってことだよな」


「他に心当たりはないの?」


「規則正しい生活をしているし、飯だって腹いっぱい食べているから病気になる理由なんてないはずなんだが」


「今日の放課後に寄せてもらおうと思っていたけれど、止めた方が良いかしら?」


「俺としては来てもらっても構わないが、ところで今日来る目的はなんだ?」


「あのゼリー状の固体を食べ始めてそろそろ2ヵ月でしょう? それで祥吾の体がどんな状態なのか見てみようかと思ったのよ」


「そういうことか。だったら、1度見てくれないか。その上で何ともなかったら、その後に病院へ行こう」


「ゼリー状の固体を食べている影響かもしれないと考えているわけね」


「今のクリュスの返事を聞いてその可能性に気付いたんだ。そもそもあれを食べて体にどんな症状が出るのか全然知らないからな。もしかしたらこれかもと思うのは自然だろう」


 何らかの病気という可能性は尚も残っていることを承知しながらも、祥吾は案外あれが原因かもしれないと思い始めていた。病気にしては体の調子が良いからだ。


 ともかく、自分で判断できないことが体内で起きている以上は専門家に確認してもらう必要がある。それが病気であっても魔力であってもだ。


 黒岡高等学校にたどり着くと2人は正門から入って駐輪場へと向かった。その手前で自転車を降りると手で押して中へと入れる。


 放課後にこの場で落ち合う約束をした祥吾はその場でクリュスと別れて校舎に入った。




 チャイムが鳴ってすべての授業が終わると祥吾は荷物をまとめてすぐに教室を出た。既に廊下に出ている他の生徒の間を縫って校舎を出ると駐輪場へと向かう。待ち人はまだ姿を見せていないので近くの邪魔にならない所で立った。


 次々とやって来ては自分の自転車を取り出して去ってゆく生徒たちを見送っていると、祥吾は目当ての人物がやって来るのを目にする。


「やっと来たな」


「少し話をしていたのよ。それじゃ行きましょう」


 後からやって来たクリュスはしゃべりながらそのまま祥吾の前を通り過ぎた。そのまま自分の自転車を取り出そうとする。


 その後を追った祥吾も自分の自転車を取り出すと駐輪場の外まで手で押すと跨がった。すぐにペダルを漕ぎ始める。正門を出たところで並走した。


 雑談をしながら帰路につく2人はまっすぐ祥吾の家に向かう。今日はやることがあるので寄り道はなしだ。


 祥吾の家に着くと2人は自転車を母屋の脇に置いて家の中に入る。そして、祥吾は2階の自室に上がって服を着替え、クリュスは台所へと向かって祥吾の母親の春子(はるこ)に来訪を告げた。


 着替え終わった祥吾がスポーツバッグの中身を整理して弁当箱を取り出すと階下に降りて台所に持ってゆく。そうして2人は春子に手渡されたお茶とお茶菓子の乗った盆を持って2階に上がった。


 自室に戻った祥吾が扉を開けて中に入ると、続けて入ったクリュスが扉を閉める。2人は持っていた盆を部屋の中央に置いた。


 暖房に設定した空調のリモコンのスイッチを入れた祥吾は座布団を取り出してその1枚に座る。


「やっと一息つけるな」


「おば様は私が実家に帰るから寂しそうにしていたわね」


「来年早々にまた会えるのにな」


「それでも寂しがってもらえるのは嬉しいわ」


 温かいお茶を飲んだクリュスは祥吾の背後にある机の上に注目した。あのゼリー状の固体がある。目測で大体3分の1程度まで減っていた。


 視線を祥吾に戻すとクリュスが口を開く。


「祥吾、あのゼリー状の固体、年内に食べられそう?」


「今の量だと絶対に無理だな。まだ1ヵ月くらいはかかると思うぞ」


「そうでしょうね。でも、もしかしたらあの影響が今の祥吾に現われたのかもしれないと」


「どんな状態だと良いと言えるのかわからんが、食べ続けた成果が出てきたのかもしれないな」


「今から確認しましょう。あなたの体内の変化を感じ取るために額同士を当てるから、もっと近寄って」


 指示された祥吾は盆を脇にやってクリュスの目の前に座り直した。さすがに間近で相手の顔を見るのは遠慮した祥吾は目を閉じる。そこへ、まったくためらうことなくクリュスが祥吾の額に自分の額を当ててくる。


 自分の額にクリュスの額が重なったことを感じ取った祥吾が気になったのは、重なった肌よりも相手の香りだった。明らかに男とは違うそれに内心だけでどぎまぎする。表に出さずに済んだのは自制心が働いたのと今の自分の状態に気を取られていたからだ。


 今の自分の体がどんな状態なのか考えながら祥吾が目を閉じて待っていると、クリュスが額を離した。祥吾が目を開けてからクリュスが口を開く。


「あなたの体の中から以前よりも強い魔力を感じ取ったわ。恐らく魔力を循環させる機能が構築されている途中のはずよ」


「ということは、病気ではないわけだな?」


「違うわね。少なくともその熱っぽさは魔力関連のはずよ。不安なら後日病院で診査をしてもらえば良いわ」


「その魔力が体に悪い影響を与えている可能性はないのか?」


「魔力に耐えられなくて現われる悪影響だったら、祥吾はもっと苦しんでいるはずよ。行き場のない魔力が体の中で暴れると最低でも寝込むことになるもの」


「それはまた怖いな。でも、とりあえず今の俺はどうにかうまい具合になっているわけだ」


「まずは、おめでとう、という言うべきかしら」


 微笑んでくるクリュスに対して祥吾は苦笑いを返した。何と返すべきか言葉が見つからない。


 そんな祥吾にクリュスが更に説明を続ける。


「熱っぽさがなくなれば魔力を循環させる機能が完成した証よ。以後はゼリーを食べる量を2倍に増やしても構わないわ」


「年内に食べきる必要はないわけだな」


「ないわ。むしろ今はペースを維持して」


「わかった。今のまま食べ続けるよ」


 体が悪くなっているわけではないことを知った祥吾は安心した。そういう不安は常に抱えていたのだ。これで安心してこれからもゼリー状の固体を食べながら生活できる。


 機嫌が良さそうなクリュスを見ながら祥吾は体の力を抜いた。

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