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ダンジョンキラー  作者: 佐々木尽左
第1章 ダンジョンを探索する準備

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両親の説得

 春先、遊びに来たクリュスが突然宗教に目覚めたのかと思った祥吾だったが、詳しく話を聞いてそうではないことを知った。しかし、その内容がダンジョン攻略となると、果たしてどちらの方がましなのかと頭を抱え込まざるを得ない。異世界で冒険者として散々苦労をしてきた身としてはなるべく平穏に暮らしたいのだ。


 自分のささやかな将来のためにも祥吾は美人の同級生の説得を試みる。


「クリュス、そのダンジョンの攻略はそもそもお前がしないといけないことなのか?」


「私のやるべきことなのかと言われると微妙だけれど、やらないといけないんじゃないかしら。神様の感覚だと、人類や世界全体について話しているようだったし」


「随分と規模がでかくてよくわからんな。で、それはクリュス以外にできないのか? もっと大人で強い人に代わってもらうとか」


「今のところいないらしいわよ。ずっと前からできそうな人を探し始めたらしいんだけれど、今のところ神様の意思を感じ取れるのが私くらいしかいないんだって」


「もしかして、そもそも話しかけられる人が限られているのか?」


「話すんじゃなくて感じ取れるかよ。さっきも言ったけれど、神様はこの世界にあんまり干渉できないみたいだから、接触できる人が限られているの」


「神様とはいっても、何でもできるわけじゃないんだな」


「全能神じゃないから仕方ないわ。それに、今いる私たちの世界はあんまり強くないらしいから、介入しすぎると壊れちゃうかもしれないって聞いたことがあるわ」


「脆いのか、この世界は」


 意外な話を聞いた祥吾は目を見開いた。神様ではなく、こちらの世界の強度に問題があるというのは考えもしなかったことである。


「なんか不安になってきたな。この世界って大丈夫なのかよ?」


「ダンジョンを何とかしたら、とりあえずはね」


「曖昧すぎて全然安心できない返答だな。とりあえず攻略しろと。もし俺が嫌だって言ったら、お前はどうするんだよ?」


「1人でもやるしかないわね。私にとっては親みたいな方々でもあるし」


「そうだった、元々のお前は神様に作られたんだっけな」


「でも、1人より2人の方が絶対楽だし、祥吾にも手伝ってもらいたいのよ」


「俺かぁ」


「祥吾も神様にこの世界へ移してもらったんだから、少しくらい恩を返しても良いんじゃないの?」


「それを言われると弱いんだよなぁ」


 異世界を去る直前のことを思い返した祥吾は苦笑いした。報酬として見たとしても破格なのは間違いない。


 ただ、祥吾がクリュスに協力することを承知しても越えるべきハードルはいくつかあった。それを思い浮かべながら難しい顔をする。


「俺が協力するにしても、厄介な問題があるんだよな」


「それって何?」


「親の説得。ダンジョンに入るためには探索者にならないといけないが、あれって18歳までは親の許可が必要だっただろう」


「祥吾の親御さんって許可してくれなさそうなの?」


「そりゃ普通はしないだろう。ダンジョン探索が危険なのは常識だし、なんたって探索者だぞ? あれ、評判悪いじゃないか」


 ダンジョンについて調べていた祥吾は当然探索者についてもある程度は知っていた。


 日本ではダンジョンに入るために探索者協会所属の探索者になる必要がある。もちろん必要があってこの制度は設立されたわけだが、命を落とすことが珍しくない職業なので一般的には忌避される傾向があった。また、一攫千金は不可能ではないが真面目に働いた方が手堅く稼げることから、探索者になる者たちは問題を抱えた者が多い。実際はそこまでひどくないのだが、いかんせん世間の印象はどうにも拭えないままである。


「探索者稼業はきつい肉体労働で命の危険があるから、中学生や高校生が目指そうとすると親は普通止めるだろう」


「最近は少し風向きが変わってきているらしいけれど、確かに評判は良くないわね」


「一応法律で許されているとはいえ、武器を持った人が町中をうろつくわけだし、その点だけでも風当たりは強いよな」


「その手の事件もあるものね。でも、祥吾のおば様なら何とか説得できるんじゃないかしら?」


「えぇ、そうかな?」


「私も一緒にお話をしてあげるわ」


「おい馬鹿やめろ、絶対話がこじれるだろうが!」


 当たり前のように協力を申し出られた祥吾は慌てて拒絶した。クリュスが自宅にやってきているので祥吾の両親と面識はもちろんあるのだが、そのせいで祥吾が特に母親から色々と茶化されているからだ。


 渋い表情をする祥吾はクリュスに笑顔を向けられる。


「でも、私が一緒にお話をした方が許可してもらいやすいでしょう?」


「たぶん、たぶんそうなんだろうが、それ以上に色々と言われる。それに、親父だって説得しないといけないし」


「だったら尚のことじゃない。おば様に協力してもらえたら、おじ様も説得できるでしょう?」


 楽しそうに話を進めるクリュスを見た祥吾はもう止められそうにないことに肩を落とした。クリュスに急かされるように自室を出る。


 玄関で靴を履いた祥吾は外に出た。屋敷は敷地の西側にあり、南側には玄関の先に正門があってその横手に広場、東側に納屋、裏手に回って北側に家庭菜園がある。


 そろそろ夕方になろうかというこの時間だと、祥吾の母親は家庭菜園で野菜の面倒を見ていることが多い。祥吾はそれを知っていて敷地の裏へと回った。


 予想通り畑の中にはしゃがんでキャベツの手入れをしている女性がいる。薄青色のガーデニングシャツに紺色のデニムサロペット、それに長靴という汚れても良い出で立ちだ。


 足音から気付いたのだろう、2人へと振り向いて顔を見せた中年女性にクリュスが声をかける。


「春子おば様、お邪魔しています」


「あらぁ、クリュスちゃん、いらっしゃい! いつも祥吾がお世話になってるわねぇ」


「いいえこちらこそ」


「ずっと祥吾の部屋で仲良くしていればいいのに、こんな所までどうしたの?」


「実は、お願いがあるんです」


 祥吾が口を開く前にクリュスが母親の春子へと探索者になる話を切り出した。なぜ探索者になるのか、どうして今なのか、今後の学業との兼ね合いなど、あらかじめ暗記していたのかというほど滑らかに理由を説明してゆく。


「若い間にいろんなことを経験するために探索者になるなんてねぇ。でも、あれって危ないんでしょう?」


「ですから、祥吾君と一緒に探索者になりたいんです。1人よりも2人の方が安全ですし、何より祥吾君はとても頼りになりますから」


「うちの祥吾がねぇ」


 にやにやと笑顔を浮かべながら不審そうな目を向けてきた自分の母親に祥吾は顔を引きつらせた。母親が頭の中で絶対に桃色なことを考えているに違いないと確信する。これだから嫌だったんだと思いつつも、自分よりしっかりしているクリュスの方に信頼を寄せている母親が簡単に説得されつつあるのを見てその正しさを改めて思い知った。


 そんな祥吾は母親から声をかけられる。


「祥吾、あんたクリュスちゃんを守れるの?」


「まぁそりゃぁ、それなりに」


「何よ頼りない返事ねぇ」


「一応体は鍛えているから動けないってことはないぞ」


「あんたまさか、このときのために鍛えていたの?」


「いや、探索者になろうって話を持ちかけられたのはさっきなんだ」


「ふ~ん。探索者がどんなものなのか知っているの?」


「知っているよ。何をするのかも」


 これに関して祥吾は自信を持って断言した。この世界のダンジョンにはまだ入ったことはないものの、異世界のダンジョンには散々入ったことがあるのだ。冒険者としての経験も入れると10年程度の知見はある。その辺りの探索者よりも経験は豊富だ。


 問題があるとすれば今の祥吾の体だが、これもこの世界に帰還してからずっと鍛え直していた。異世界にいたときの精悍な体格に比べてあまりにも貧弱なのに愕然としたのがきっかけだ。結果的には探索者になるための準備をしていたことになる。


「そう。クリュスちゃんと一緒だったらいいわよ」


「おば様、ありがとうございます!」


「俺ってまったく信用ないなぁ」


「生まれたときからずっと見ているんだから当然よ。それよりクリュスちゃん、今夜は晩ご飯を食べていきなさい。健二さんにもお話しないといけないから」


「ありがとうございます。一緒におじ様を説得しましょう!」


 盛り上がる母親とクリュスを眺める祥吾は誰の話をしているのかと内心で首を傾げた。当人はほぼ置いてけぼりで話が進む。


 その日の夕食時、祥吾は父親である健二に探索者の話を切り出した。予想通り渋い表情をされたが、母親の春子と同級生のクリュスが説得にかかると簡単に折れる。前からこの組み合わせには勝てないのだ。


 こうして、祥吾は両親の許可をあっさりと得ることができた。

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