並行してずっと続けていたあれ
次第に涼しいから肌寒いへと移りつつある11月下旬、祥吾は放課後になるとすぐに教室を出た。同好会活動やバイトなど、知り合いのほとんどに所用があったからだ。
向かった先の駐輪場では帰宅する生徒たちが自分の自転車を取り出していた。放課後直後の騒がしさがその周辺を賑わせている。
スポーツバッグを抱えた祥吾は自分の自転車を取り出すべく駐輪場へと入った。今朝置いた場所へとたどり着くと前籠にスポーツバッグを入れて自転車を引っぱり出そうとする。周囲に人がいるのでなかなか面倒だ。遠慮しているといつまでも出られない。
そんな祥吾の背中に声がかけられる。
「祥吾じゃない。今帰るところなのね」
「クリュスもか。とりあえずここから出よう。周りの邪魔になる」
「そうね。急ぎましょう」
ようやく自分の自転車を抜き出した祥吾は手押しでそれを駐輪場の外にまで押し出した。後から出てくる生徒の邪魔にならないよう少し先に進む。
しばらくするとクリュスも自転車を押しながら出てきた。2人とも揃うと自転車に跨がって進み始める。正門を出た所で並走した。
朱くなり始めた日差しを受けながらクリュスが祥吾に話しかける。
「最近落ち着いているわね」
「ダンジョンでの活動がほとんど止まっているからな。あれがないとものすごく時間に余裕ができる。時間に余裕があるというのは本当に良いな」
「週末には本番が控えているから、それまで英気を養ってもらわないとね」
「ついになんだよなぁ。3日間ぎりぎり、失敗すれば翌日の学校をサボることになると」
「そうならないように頑張らないとね」
ぼやいた祥吾を見たクリュスが笑みを返した。計画の目処が付いたことで余裕がある。
話をしながら家に向かって2人は自転車を走らせた。そろそろ別れる場所に着こうとしたとき、並走したままクリュスが思い出したように祥吾へと告げる。
「祥吾、今からあなたのお家に行くわ」
「晩飯か。もしかして、もう母さんには連絡を入れたのか?」
「それもあるけれど、そちらはついでね。本命はあなたよ」
「どういうことだ?」
「ゼリー状の固体をどの程度食べたのか見るためよ」
理由を聞いた祥吾は曖昧な表情を浮かべた。確かに本番直前なので相談に乗ってもらった方が良い。自分でもよくわからないからだ。
納得した祥吾はこの話題を一旦切り上げた。他の話題を適当にしながら祥吾はクリュスと共に自宅へと帰る。自転車を置いてスポーツバッグを取り出し、玄関から家に入った。ここで祥吾は2階の自室へ、クリュスは台所へと別れる。祥吾が着替えるためであり、クリュスが春子に挨拶をするためだ。
着替え終わった祥吾が階下に降りて洗面所へと向かった。その間にクリュスが飲み物と茶菓子が載った盆を手に2回へと上がってゆく。放課後一緒に正木邸へやって来たときのいつもの行動だ。
用を済ませた祥吾が自室へと戻る。クリュスが既に座布団を敷いて部屋の真ん中に座っているのを目にした。その視線を追うと、各ダンジョンで手に入れたドロップアイテムを積み上げた品々がある。しかし、実際に見ているのは段ボールの上に置いてあるゼリー状の固体だ。透明の包みの中身は3分の1程度減っている。
「ちゃんと食べているのね」
「食べ始めたんだから続けるよ。ただ、今のところ体に変化がある感じがしないんだ」
「おかしいわね。そろそろ何かあってもおかしくないはずなのに」
「何かって何だ?」
「色々よ。私も具体的に何が起きるのかはよく知らないの。神様の受け売りだから」
「聞いてほしいような、そうでないような」
複雑な表情をした祥吾が歯切れ悪く言葉を途中で止めた。どうせ続けていれば何か起きるのだからと開き直る気持ちと、事前に知って身構えておきたいという気持ちがせめぎ合う。ただ、知ったことで食べる気がなくなってしまうのも今更困った。
どうしたものかと祥吾が悩んでいるとクリュスが独りごちる。
「でもこうなると、週末には間に合いそうにないわね」
「ああそうだな。この効果を期待して前は最下層にまで行かなかったんだもんな」
「念のために聞くけれど、本当に毎日食べているの?」
「食べているよ、と言いたいが、実際は食べていないときもあるんだ。ダンジョンで活動するときは持って行けないだろう?」
「そういえばそうね」
「だから、食べていない日というのは意外に多いんだ。家にいるときは毎日食べいるが」
「それは誤算だったわ。そうなると、もうしばらく時間が必要ね」
「悪いな。夏休みの終わりから食べていたらもう食べ終わっていただろうに」
「言っても仕方ないわよ。私も忘れていたんだから。ともかく、年内に食べきりましょうね」
「今のペースだとそれも難しいぞ。俺の見立てでは来年1月まではかかると思う。今年中にあとどのくらいダンジョンに入るかにもよるが」
「年内は今週末の新宿ダンジョン攻略でお終いよ。だから、以後は本当の意味で毎日食べられるはず」
「なら正月明けくらいには食べ終われるかもしれないな。食べる量は増やしたら駄目なんだよな」
「今はまだ駄目ね。急ぎたくなるのは私も同じだけれど、もう少し我慢して」
あくまでも現状維持で推移を見守るという回答を得た祥吾は安心した。食する量を増やす提案をしたものの、その影響がどのように出てくるのかわからないからだ。新宿ダンジョンの攻略には間に合わなかったが、そもそも最初は考慮していなかったのだから祥吾としては問題ない。
ある程度緊張が解けたところで祥吾はふと湧いた疑問を口にする。
「今思い浮かんだ疑問なんだが、俺が食べているこのゼリー状の固体って、体の外に出ている可能性はないのか?」
「胃腸を使って吸収するとは言っても普通の食べ物とは違うわ。最初は胃、次は小腸と少しずつ消化して全部取り込まれているはずよ」
「食べ過ぎるとその分だけ外に出るわけじゃないのか。ああそういえば、食べ過ぎると体がおかしくなると言っていたか? もしかして、外に出せないからおかしくなるのか」
「そうよ。体の中にまだ魔力を循環させる機能がないから、外に排出する能力もないのよ」
「ああそれでか。体が魔力を扱う能力がないから、今はまずはその土台作りをしているわけだな」
「ええ、ゼロから作り上げる必要があるからなの。もし、循環させる機能が備わったら1日の食事量を増やすことができるわ」
「やっと飲み込めた。そうなると、本当に今年中に食べきれるかもしれないな」
「期待しているわよ」
ゼリー状の固体を食べ続けることで自分の体にどんな影響が現われるのかわからない点は変わらないが、どのように変化するのかがはっきりとわかって祥吾はいくらか安心した。最終的にどうなるのかわかればまだ我慢もできる。
「ところで、話は変わるんだが、幸山さんとは今後どうするんだ?」
「どうってどういうこと?」
「今後護衛の仕事は引き受けないって断ったけれど、そうなるともう会わない関わらないという感じにするのか気になったんだ」
「あら、千紗さんがそんなに気に入ったの?」
「そうじゃなくてだな、あの様子だと富村さんはともかく、幸山さんはまた何か頼んでくるんじゃないかって思ったんだ。お前、電話番号を教えたんだろう?」
「そうだったわね。ダンジョン攻略に支障がありそうなら断るしかないけれど」
「それと、『エクスプローラーズ』に相手の名前を検索してメッセージを送れる機能があるだろう。お前が駄目でも俺に頼むという可能性もあるから、先に意見を統一しておきたかったんだ」
「質問の意図が理解できたわ。からかってごめんなさい」
「まぁそれは良いよ。それで、基本的には断るということで良いのか?」
「関わり合いたくない人だとは思わないけれど、あんまり厄介事を持ち込まれても困るのよね」
「そうだよなぁ。目立つとまずいのに芸能界の人たちと関わるというのもなぁ」
幸山個人に思うところはない祥吾だったが、その周囲はどうなのかということが気がかりだった。探索者としての仕事を依頼されるならまだしも、クリュス目当てに近づかれても厄介なだけである。
「俺のところに話が来た場合、クリュスと相談するということにしようか。たぶん、クリュス目当ての話もあるだろうからな」
「そうね。そうしてもらおうかしら」
「俺を出しにしてクリュスをおびき出してスカウトって可能性もありそうだもんな」
「迷惑な話だわ。そんな話を持ち込んできたら縁を切らないと」
「怖いなぁ」
随分と曖昧な結論になってしまったが、とりあえず幸山からの相談に対する方針は決まった。祥吾の場合、1人で決断を下さないように気を付ければ良い。
これでおかしなことにはなりにくいだろうと祥吾は安心した。




