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ダンジョンキラー  作者: 佐々木尽左
第2章 神々の要望

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黒猫を介した対話

 守護者を倒した後、部屋の奥の壁に扉が現われた。世間一般ではどうしても開けられないことから開かずの扉と呼ばれているが、祥吾はクリュスがそれを開けられると教えられている。半信半疑だったが、扉を開けたクリュスに笑顔を向けられると祥吾も納得した。


 扉の向こうは通路がまっすぐ続いていたがそれほど長くはない。その奥には小さな部屋があった。中央には台座があり、その上には水晶が鎮座している。


「これがダンジョンの核なのか?」


「そうよ。この水晶でダンジョンの方向性を決めて制御しているの。これを取り外すとダンジョンは休止するわ」


「休止? 完全に止まるわけじゃないのか」


「取り外すだけでは完全停止しないわ。時間の経過と共に水晶は再び生成されるの。ダンジョン側に残った記憶を元にしてね」


 話を聞いた祥吾は微妙な表情を浮かべた。てっきり壊すか取り上げるかで終わると思っていたのだ。何にせよ、ダンジョンを止めるのは簡単ではないということは理解できた。


 それまでダンジョンの核を眺めていた祥吾は猫の鳴き声を耳にする。床へと目を向けるとタッルスが近くでお座りしていた。それをクリュスが抱え上げる。


「祥吾、今からタッルスが水晶に変身するから、私が合図をしたらその水晶を台座から取り外してね」


「俺でも取り外せるのか?」


「持ち上げるだけでいいわ。台座に置いてあるだけだから」


 開かずの扉に比べて随分と簡単だと祥吾は思った。これが不用心なのか、それともその必要性がないためなのかまではわからない。


 クリュスの腕の中でタッルスが輝き始めた。寝るときのように丸まったかと思うとそのまま球体へと変化し、やがて台座の上にある水晶と寸分違わぬ姿になる。


「すごいな。本当に水晶に変身したんだ」


「前に言った通りでしょう。さぁ、そっちの水晶を台座から外してちょうだい」


 指示された通りに祥吾は台座から水晶を取り外した。周囲にこれといった変化はない。その間にクリュスが手にするタッルスが変身した水晶を台座に乗せる。


「これでいいわ。後は私がこの水晶に触れて神様と話をすればいいだけね」


「なぁ、この俺の持っているやつはどうするんだ?」


「それは神様と相談してから決めるから、今しばらく持っていて」


 保持を指示された祥吾はわずかに戸惑いながらもうなずいた。これで終わるまで水晶を両手で持ったままなのが決まる。


 2人が話をしていると台座に置かれた水晶が淡く輝き始めた。それを目にしたクリュスが右手で水晶に触れる。


 これから具体的にどうなるのかわからない祥吾はじっと待った。神々との対話など理解の範疇外だからだ。待っている間、クリュスの態度に変化はない。水晶の輝きも一定である。本当に対話をしているのだろうかと思えるくらい静かだ。


 結構な時間を待った祥吾はそろそろ何か尋ねようかと考えた。しかし、先にクリュスが口を開く。


「やっぱり言葉で聞かないとわからないことが多いわね」


「神様の要求が何かわかったのか」


「ええ。どこから話しましょうか。ああでも、祥吾は何も知らないのよね。だったら最初からの方がいいかしら」


「理解できるように話をしてくれよ」


 困惑する祥吾の言葉にクリュスがにっこりとうなずいた。


 クリュスによると、神という存在は並行世界を含めた多数の世界に関与している。ただし、その世界というのは均一ではなく、神々が直接介入しても平気なくらい丈夫な世界や逆にほとんど触れることができないくらい脆弱な世界があるらしい。この丈夫か脆弱かの基準は神が決める水準であり、そのひとつに魔力がどれだけ満ちているのかという物差しがあるそうだ。その観点からすると魔力がまったくないこの世界はかなり脆い部類になる。そのため、普段から神々はこの世界を見守るだけだったそうだ。


 疑問が湧いた祥吾はクリュスに問いかける。


「脆いって、すぐに世界が滅びかねないってことなのか?」


「神様の感覚ではね。人間がどうこうしたからといって滅ぶわけじゃないわよ」


「その感覚は全然わからないな」


「仕方がないわ。本当に世界を滅ぼせる存在とそうでない者の感覚が同じはずでないもの。それで、今の話が前提条件で、ダンジョンの話はこれからね」


 主題ではないと告げられた祥吾は黙った。人間にどうにもできないことなのならば確かに聞き流すしかない。クリュスの言葉に再び耳を傾ける。


 本来ならばこのまま放置しておくべき場所だったこの世界だが、今から20年ほど前にその状況が変わった。突然地球の各地でダンジョンが発生したのだ。これにより人類は大混乱に陥るが、今からの説明ではその部分を省略し、あくまでも神の視点からのみ語る。


 この世界各地に発生したダンジョンだが、実は神々に敵対する者たちによる侵略手段だったのだ。自分たちの世界だと認識している場所に踏み込んできた者たちへの反応は苛烈だった。この攻撃に気付いた神々は即座に対応し、敵対者はすぐに討伐される。


 ところが、問題は世界の各地に発生したダンジョンだ。本来ならばすぐにでも取り除くべきなのだが、事はそう簡単にはいかない。最初に話したとおり、この世界は神々が直接介入するには脆すぎるのだ。しかも悪いことに、発生した多数のダンジョンの一部はこの世界と同化し始めている。


「おい、同化ってなんだよ。ダンジョンが悪いものなのに取れなくなったのか?」


「そうなのよ。神様も怒ったり困ったりされているけれど、少なくともすぐには取り除けないらしいわ」


「それじゃどうするんだ?」


「まずはこのダンジョンがどんな仕組みなのか説明するわね」


 逸る祥吾はクリュスに押し戻された。言葉を飲んで話に耳を傾ける。その目は真剣だ。


 神々の敵対者がこの世界に打ち込んできたダンジョンは魔力と生命力を吸い取って成長する。そうしてある程度大きくなると、対象の世界を敵対者に合わせて環境改造(テラフォーミング)を始めるのだ。また、より効率的かつ効果的に世界を改造するため、発達するに従ってダンジョンは対象の世界と同化していく。


 実に厄介な代物であるダンジョンだが、成長に必要な魔力と生命力は基本的に外部調達だ。さすがに無から何かを生み出すことはできないらしい。そのため、魔力についてはダンジョンの外壁から徐々に取り込むことになる。一方、生命力に関して現地生物を呼び込む必要があるので何らかの工夫が必要だ。こうして、蜜に引き寄せられる蜜蜂のように対象の世界の生物にとって魅力的だと思えるものを用意した。それが今のダンジョンである。


 このように、吸い取った魔力と刈り取った生命力でダンジョン自身を巨大化および同化させて世界を侵食していくのだ。また、ある程度魔物がダンジョン内に増えるとダンジョン周辺へ放出するのは、放置すると危険であることを認識させて常に現地生物を呼び寄せるための行動だそうだ。しかし、これを防げないほど現地生物が衰退しているのならば、放出した魔物を材料に更に環境改造を促進させるという目的に切り替わるらしい。


「何て言うか、地味で嫌らしい侵略の仕方だな」


「そうね、その世界に住む生き物の好みそうな物を用意するというところも厄介だわ」


「それで、ダンジョンの仕組みは何となくわかったが、現状どうなっていているんだ?」


「これがまた怪我の功名みたいな話なのよね。この世界に魔力がまったくない上に、ダンジョンに入る人間の数が想定未満だから常に魔力と生命力が不足しているせいで、ダンジョンの成長がかなり鈍かったようなの」


「なんだそれ。敵対者っていう連中の思惑が大きく外れたってわけか」


「恐らくは。吸収するべき魔力がなく、現地生物も思ったほど来てくれないせいで予定が大きく狂ったんじゃないかしら」


「へぇ、そんなこともあるんだなぁ」


「ただ、ダンジョンの機能は正常に機能しているそうだから侵略は現在も続いているそうよ」


 安心しかけたところで問題点を告げられた祥吾は顔を引きつらせた。やはり放っておいても良い存在ではないらしい。


「ということで、私と祥吾でダンジョンを攻略して何とかする必要があるの」


「今みたいに水晶玉を取り外すとかか?」


「その通りよ。どうすればいいのかはその都度神様が教えてくださるわよ」


「前にも言ったけれど、これって俺とクリュスでないと駄目なのか?」


「私は元々神様の力によって作られた存在だから神様との親和性が高いのよ。今こうやって神様と話をするのだって、本当はとても難しいことなんだから」


「俺は?」


「どうやら私に引っぱられてこの世界に転移しちゃったらしいわ。だから神様との相性はなかなかのものらしいわよ?」


「原因はお前か!」


 小さく舌を出したクリュスに対して祥吾は叫んだ。

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