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ようやく秋らしい気候になってきたある朝、祥吾はいつも通りクリュスと合流すると学校へと向かった。自転車で並走して受ける風が涼しい。
髪をなびかせながらペダルを漕ぐクリュスが祥吾に声をかける。
「やっと過ごしやすくなったわね」
「これでもう少し気温が下がったら肌寒いって言うんだろうな」
「私はそっちの方が良いわ」
「その様子だと体調はもう良いのか? 月曜日の朝は疲れているように見えたが」
「さすがに昨日学校から帰ってずっと寝ていたからもう平気よ」
クリュスの顔に疲れが見えないことに祥吾は安心した。人は疲れたり寝不足になったりすると眠る必要があるのだ。特殊な能力のおかげでダンジョンでの疲れを引きずらない祥吾には少し縁遠くなっている話である。
「それにしても、悪性転移の影響を自分だけじゃなくて他人も受けたのを目の当たりにすると、新宿ダンジョンにはちょっと入りづらいよな」
「いつ転移させられるかわからないと強く感じさせられるものね。この様子だと、他にも転移させられているんじゃないかしら」
「そうなんだよな。あれ、普通の探索者が地下25層なんかに転移させられたら生還は絶望的だし、そうなると探索者協会への報告もあまりされていないかもしれない」
「あと、千紗さんの事例だと1人だけ転移させられることもあるのよね。あれが怖いわ」
「こっちは対処できないから祈るしかないんだよな。まったく、厄介なもんだ」
前回と前々回の出来事を思い返した祥吾は顔をしかめた。運を天に任せるという言葉があるが、今回はもう任せるしかないという状態である。どこに転移させられるかわからないなど本当に勘弁してほしかった。
話をしながら自転車を漕いでいた2人は学校の正門を通り抜ける。駐輪場に自転車を停めるとその場で別れた。
教室に入った祥吾は自分の席に座るとスポーツバッグの中身を机の中に移す。その作業が終わると祐介と良樹がやって来た。先にやって来た祐介に声をかけられる。
「おはよう。なんか少しだるそうだな。体の調子でも悪いのか?」
「ちょっと考えごとをしていただけだよ。お前こそなんか冴えない顔をしているな」
「来週の遠足のことを考えてたんだ。あのイベントはどうも乗り気になれないんだよな」
「遠足、そうか、もう来週なのか。どこに行くんだった?」
「鷲宮自然公園ってところだ。埼玉県にあったはずだ、確か」
「公園か。何があるんだろうな」
「なーんにもないぞ。だだっ広いだけだ」
嬉しくなさそうな祐介が嘆いてみせた。その様子を見た祥吾はスマートフォンで調べてみる。学校の去年の年間行事に記載と写真があったので目を通した。自然の雄大さを強調するばかりの記述内容で行き先について大体察する。
「確かに何もなさそうだな。でも、どうせ数時間いるだけだろう? なら、昼寝でもして過ごしたら良いじゃないか」
「のんきだなぁ祥吾は。1日が潰れるんだぜ?」
「なら、学校で授業を受けているのとどちらがましなんだ?」
友人に選択を突き付けた祥吾は不満を漏らす祐介が黙るのを見た。最近ダンジョンでの活動で週末が潰れている祥吾にとっては、この遠足も悪くないように思えるのだ。少なくとも何もする必要がない。ほとんど時間に追われることはないのだ。
話を聞いていた良樹が横から参加してくる。
「僕なんかだと、普段はあんまり体を動かさないから、ちょうどいい運動になるかな」
「運動ねぇ。何だかんだ動いてるから、そう改まって動かなくてもいいと思うがなぁ」
「祐介君、それは甘いよ。食べてる物の質や量によっては簡単に太るからね」
「それを言ったら祥吾の体型なんて今頃大変なことになってるはずだろ。こいつがどれだけ食うか知ってるだろ」
「祥吾君はそれ以上に体を動かしているじゃないか。同じようには語れないよ」
来週の遠足の話をきっかけに祐介と良樹が運動不足と体重についての討論を始めた。普段から悩んでいるらしい良樹が持論を展開し、祐介がそれに反論する。なかなか興味深い話だ。しかし、祥吾には関係のない話題でもある。
話題に入っていけない祥吾はどうしたものかと考えながら友人2人を眺めた。
昼休みになると祥吾はいつも通り弁当を持って友人たちの元へと向かった。いつも席を借りている生徒が今日は少し長めにそのまま座っていたので、出遅れた形での集合である。
「昨日の夜、ネットで『百年後の恋』っていう映画を見たんだけど、あれ結構面白かったな。ヒロインの方が」
「あー待って敦、それオレはまだ見てないんだよぉ! 今晩見るつもりなんだからぁ!」
「お、なんだそうなのか。あれはお勧めだぞ」
「オレも楽しみしてるんだよね。ヒロインがどんな活躍するのか全然想像できなくて」
「確かに意外だったよなぁ。例えば崖から」
「あー待って敦! なんで言おうとするの! 黙ってって言ったじゃないかぁ!」
弁当を広げて食べ始めた祥吾の隣で敦と徳秋が漫才のような会話をしていた。それを聞きながらおかずと白米を口に入れる。いつもの味にいつもの会話だ。
たまに水を飲みながら聞くとはなしに雑談を耳にする。
「敦、それあたしも前に見たよ! あのヒロインのしてたアクセサリー、今ちょっとはやってるんだよね」
「アクセサリー? どんなのだっけ?」
「あんたあの映画の何を見てたのよ? あんなに目立ってたのに見落としてたってマジ?」
「いやぁ、そこはよく覚えてないっつーか」
「ウソ、信じらんない。あのペンダント、ずっと映ってたじゃん」
「ペンダント? あーあれか、赤いヤツ?」
「紫よ! うわ、こいつ全然見てないわ。あんたあのヒロインのどこを見てたのよ?」
「え? いやぁ、顔?」
「サイテー」
「いやどうしてだよ!? 普通じゃん。なぁ、徳秋!」
「ネタばらししないでってさっきから言ってるのにぃ」
「ペンダントにネタばらしも何もないだろう。あれは別に話に絡んでなかった、よな?」
自信なさげに首を傾げた敦が香奈と徳秋に追い詰められる様子を祥吾は聞いていた。大きな2つの弁当箱はその中身の3分の1が既になくなっている。こうやって落ち着いて味わっていられるのは本当に幸せだ。
そこへ睦美が別の話題を持ち込んでくる。
「徳秋がかわいそうだから別のお話にしようよ~」
「うう、睦美は優しいなぁ」
「そうでしょう~? で、最近面白い人を見つけたんだ~」
「どんな人?」
「なんか、ダンジョンに行かされるかわいそうな芸能人がいるんだよ~。毎回女優の仕事を希望してるんだけど、なぜかダンジョンに行くお話にすり替わるの~」
「話に落差がありすぎて、何がどうすり替わっているのか想像できないね」
映画とは違う話題ということで飛びついた徳秋は首を傾げた。睦美の話は要領を得ていなくて今ひとつはっきりとしない。聞きようによっては犯罪の臭いもする。
ただ、祥吾はこの話をどこかで聞いたことがあるような気がした。ダンジョン関係の仕事をしている芸能人を先日助けたばかりだからである。女優志望だとも言っていたことを思い出した。しかし、そんな駆け出しの芸能人など何人もいる。本当に当人と一致した話なのかは判然としない。そのため、黙って食事に集中することにした。
祥吾が手にする弁当箱は既に3分の2が空になっている。もうそろそろ終わりが見えてきた。悲しいことだが、それと引き換えに満腹感を得ている。幸せであることに代わりはなかった。
更にそこへ祐介が別の話題を持ち込んでくる。
「みんな、来週の遠足なんだが、現地で遊ぶための道具って何か持って行く予定はあるか?」
「そういやあったな、遠足。徳秋は何か持って行くつもりか?」
「どうしようかな。バトミントンならラケットと羽根なら家にあるけど」
「そんなの持ってんのか。いいじゃん、当日持ってきて遊ぼうぜ」
「あれでも古かったから使えるかなぁ」
「見てみて使えそうなら持ってきたらいいだろ。ダメなら持って来なきゃいいし」
「わかった。1回押し入れの中を見てみるよ」
「は~い、あたしの家にも卓球のラケットとピンポンがあるよ~」
「台はどうすんだ。さすがに持って来られないだろ?」
「うちに台はなかったかな~?」
「それじゃ使えないな。他に誰かボールとか持ってないか?」
祐介の話に乗った敦たちが次々に声を上げた。みんな何かしら持っているようだが、公園では使えないものもあるのですべては持って行けない。ただ、その話をしている祐介たちは楽しそうだった。
その話を聞きながら祥吾は自分の弁当を食べ続ける。そして、ついに弁当箱が2つとも空になった。腹も満たされたので祥吾は満足感にひたる。忍び寄ってくる眠気のせいで午後の授業は起きるのに苦労しそうだ。
あくびをした祥吾は弁当箱を片付けた。




