犯罪者の処遇
最下層目指して探索中の祥吾とクリュスは何組かの探索者パーティとダンジョンの中で出会う。余計な親切心を押しつけられそうになったり黒猫の魅力にやられたりと反応は様々だった。この程度ならばいろんな人がいるという程度の話だ。
しかし、地下4層で遭遇した青年3人組の行為はナンパというよりも犯罪行為だった。クリュス目当てで近づいて来たこの男たちは祥吾とクリュスを引き離そうとしたのだ。
その際、2人の男が祥吾に手を出そうとして殴り合いが始まる。結果は祥吾の圧勝だった。異世界での経験で荒事には慣れているので、調子に乗っている一般人程度ならば簡単に制圧できるのだ。若干クリュスに呆れられたが。
ともかく、暴漢3人を撃退した祥吾たちだったが、問題はここからだった。とりあえず、戦意を喪失した以外は無傷の男に縄かその類いの物を提出させると3人とも縛り上げる。これで男たちは当面何もできない。
作業を終えた祥吾にクリュスが声をかける。
「この人たちをどうするつもりなの?」
「どうしようかなぁ。何も思い付かないんだ。クリュスはどうだ?」
困った様子のクリュスが首を横に振るのを見て祥吾はため息をついた。少し前に受講した探索者教習の講座の内容を思い出す。
それによると、一般的にダンジョン内では該当国の法規が適用されることになっていた。ダンジョンは該当国の領土にあるのだからこれは当然だ。例え洞窟の中であっても国内であるのと同じことである。
では、実際に法が執行されているのかというと、それはかなり怪しかった。ダンジョン内で法を強制できるだけの実行力を国家がはほとんど持っていないからだ。噛み砕いて言えば、警察官の数がまったく足りていない上に、ダンジョン内を自由に往来できる実力がないからである。前者については単純に人手不足だという話で、極端な話誰もいない山奥と似たような状態だ。後者についての最大の問題は魔物である。条件反射的に人間を見たら襲いかかってくるものたちに警察官だから通してくださいと言っても通じないのだ。
一時期は探索庁監視隊に委託することも検討されたが、この案も見送られてしまう。人手が足りないのはこちらもまったく同じだからだ。
こういった事情から現在も探索者自身が自衛しないといけなくなってしまっている。昔からこんな状態で、初期の頃のダンジョン探索では未帰還者の何割かが犯罪に巻き込まれたと推定されているほど被害が多い。ダンジョン内では探索者の遺体を長期間放置すると魔物の死体同様消えてしまい、証拠がなくなってしまうのも問題を助長していた。
これには政府関係者は頭を抱える。ダンジョンの印象があまりにも悪くなってしまうと探索者のなり手がいなくなってしまうからだ。これは引いては魔物の大量放出を頻発させてしまうことにもなりかねない。
そこで法の整備や探索庁の設置がなされ、探索者協会を興して探索者を組織化し、ダンジョン内の安全を少しでも高めようとして現在に至る。ただ、それでも根本的な解決はできていない。このため、原則として探索者は単独でダンジョンに入らないなどという対策でダンジョン内の犯罪を低下させようとしていた。
ちなみに、この犯罪の影響は探索者の男女比率に大きく表れている。近年まではほとんどが男ばかりだったのだ。最近になって少しずつ女性探索者の数は増えてきているものの、まだそれほどではない。この辺りもまだ当面は大きな課題として残るとされている。
「教習で習ったことを思い返してみたけれど、加害者の扱いについて具体的なことは何も習っていないんだよな、そういえば」
「本来ならば警察官の役目ですものね。なかなかその力が及ばないとはいえ、探索者がダンジョンの中で代わりに執行するとなる面倒ですもの」
「さて、それじゃどうしたものかな」
うなだれている男3人に目を向けながら祥吾は更に考えた。
襲ってきた加害者を撃退して捕らえた場合、当然加害者をどう扱うのかという問題が持ち上がってくる。町の中などであれば警察に連絡して連行してもらえるが、ダンジョン内では通信ができないのでそもそも連絡ができない。もしできたとしても警察官が来てくれるという保証がない。更には捕縛した状態で放置すると加害者が魔物に殺される可能性が高い。という問題がある。つまり、本来ならば警察に引き渡すべき加害者だが、ダンジョン内ではそれが非常に難しいのだ。
こうなるとダンジョン内で被害者が加害者を取り押さえた場合、警察まで連行しなければいけなくなる。しかし、これはいくつも問題があった。そもそも被害者に加害者をダンジョンの外まで連行できる能力があるとは限らないし、それ以前に捕縛できる道具を持っていない可能性もある。他にも、連行中に加害者が暴れた場合に取り押さえられるとは限らない上に、何らかの理由で捕縛後に加害者を過剰に負傷させたり死亡させた場合に最悪責任が発生してしまいかねない。
実際に過去、この問題を取り扱った裁判が発生したことがある。結果的には証拠なしということで無罪になったが、探索者にとってダンジョンで加害者を連行する意欲を大きく削るきっかけとなった。
そのため、現在ではダンジョン内で被害に遭った場合、撃退した加害者をその場で逃がすのが最善だと探索者に認識されていることが多い。特に日本では厄介な件だと思われている。
そこで、最近はスマートフォンやタブレットで加害者の顔や姿、それと探索者カードを撮影して解放することもある。これらの記録をダンジョンから出たときに探索者協会へ提出して後で取り押さえてもらうのだ。もし加害者が先にダンジョンから出ていた場合は警察が引き継いで捜索することになる。ただ、解放の仕方を間違えると反撃される危険があるので難しい場合があるのは確かだ。そのため、取り扱いの面倒さから被害者が加害者を殺してしまうこともある。一定時間後には死体が消えてしまうので証拠が残らない点を利用したやり方だ。
以上のように、ダンジョン内での犯罪と加害者の扱いは非常に厄介なものとして知られている。このため、ダンジョン内では人の交流を一切しない探索者もいた。
探索者同士の犯罪に巻き込まれるとかなり面倒なことになるが、祥吾とクリュスは正にこの問題に直面したのである。
「地上まで引っぱっていこう」
「いいの?」
「前にこういうことをやったことがあるから、やり方は知っているんだ。それに、このまま解放して町中でまた襲われるのも面倒だから、確実に警察へと引き渡しておきたい」
加害者3人に目を向けた祥吾が自分の考えを披露した。最も簡単な方法はこの場で殺してしまうという方法である。しかし、ここは異世界ではなく現代世界だ。あまり殺伐とした考え方に染まるのは良くないと考えているのである。
方針が決まると祥吾は余った縄を使って男3人を数珠つなぎした。それから立たせて縛ったまま歩かせる。縄の端を持つのは祥吾だ。異世界で襲ってきた盗賊を連行したときのことを思い出す。
「最下層に行くのはまた今度だな」
「そうね。仕方ないわ」
ゆっくりと歩きながら祥吾とクリュスはたまに言葉を交わした。その間も周囲を警戒する。魔物は人間の都合など考えてくれないのだ。
地下3層、地下2層と上がると他の探索者とすれ違う。すると、当然注目を浴びた。中には話しかけてくる者もいる。
そうして地上に出た。時間はまだ午後3時過ぎ、空はまだ青い。
正門までの道のりの途中で、祥吾は思い出したようにクリュスへと問いかける。
「そういえば、地下1層で教官に聞かれたとき、お前証拠はあるって言っていたよな。音声なんていつ記録していたんだ?」
「話しかけられる前から用意してたのよ。相手の表情を見てもしかしたらって思って。最近のタブレットだと結構性能がいいのよ?」
「すごいなぁ」
「女はね、男の視線がどこに向けられているのか、何を考えているのかうっすらとでもわかることがあるから気を付けなさいよ」
「怖いなぁ」
何も悪いことをしていないはずの祥吾はにっこりと笑うクリュスの笑顔を見て体を震わせた。思わず過去を振り返ってみる。何もないはずだと自信なさげに自分を納得させた。
そんなことを考えているうちに2人は正門にたどり着く。ここで祥吾が警備室の警備員に話しかけた。驚いた様子の警備員が出てくると事のあらましを説明する。連絡を受けた探索庁監視隊の隊員がやって来て加害者3人を引き受けてもらった。
その後、2人は事情聴取を受け、クリュスは更に証拠の音声記録も提出する。後日、警察からも事情聴取を受けることになると聞いたが、とりあえずこの日は終わった。




