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ダンジョンキラー  作者: 佐々木尽左
第2章 神々の要望

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遭遇する初心者たち(前)

 黒岡ダンジョンの地下2層に降り立った祥吾はクリュスの指示に従って通路を歩いた。周囲の造りは上の階とまったく同じなので見慣れた風景だ。


 専用アプリでダウンロードした地図を見る限り、階段から次の階段への距離はどれも約1時間程度のようである。もちろんこれはまったく障害なしで通路を歩けたらという条件での話だが、2人にとっては参考になる予測時間だ。


 地下2層は上の階よりも魔物の数が増える。1度に出てくる数は小鬼(ゴブリン)が4~6匹である。新人探索者が1人だと対処が非常に難しい数である。しかし、3人いれば対処できる人数だ。


 もちろん祥吾ならば1人でも相手取れた。ただし、1匹もクリュスの元へと行かせないとなると難易度は高くなる。全員が祥吾に向かって突撃してくるのならば話は変わるが。


 ということで、この階層からクリュスは積極的に魔法を使うようになった。とは言っても、魔法で派手に魔物を倒すのではなく、あくまでも支援である。例えば、突っ込んでくる魔物を魔法で拘束して動けなくしたり、あるいは眠らせたりしたりなどだ。


 理由はある。あまり他の探索者に魔法を使っているところを見られたくないのだ。近年は少しずつ変わってきているとはいえ、まだ探索者の間で魔法を使える者は数少ない。それなのに、初心者が派手な大魔法を当たり前のように使っているのは不自然である。こういった理由からクリュスは使える魔法を自ら制限していた。


 たまにタッルスに癒やされつつ、2人は通路を進んだ。経過は順調で今のところ予定通りの進み具合である。


「それにしても承知しているとはいえ、動けなかったり眠っていたりする魔物にとどめを刺すのが全部俺だなんてなぁ」


「楽でいいでしょう?」


「何て言うか、無茶苦茶怖い女に思える発言だな」


「ひどいわ、こんなに一生懸命あなたを支えているっていうのに」


 笑顔だったかと思うと今度は悲しみ始めたクリュスに祥吾は苦笑いした。たまにやられるやり取りだ。


 ただ、長杖(スタッフ)とナイフしか持っていないクリュスが魔法を使わずに魔物へとどめを刺すのが難しいのも確かだった。そのため、祥吾が何を言っても結局はやるしかないのだ。それを理解しているだけに強く言い返せない。


 そんなやり取りをしながら2人が通路を進んでいると前方から人がやって来るのを目にする。姿からして探索者だ。どちらも中年であまり覇気がない。


 祥吾などはかつて探索者教習で見かけた中年実習生を思い出した。あの人物に雰囲気が似ている。そのせいか、良い印象はない。


 こういうときは基本的には関わらないのが常識だ。特に戦闘中なら助けを求められない限りは手を出さない。ドロップアイテムの横取り問題を避けるためである。


 今回はどちらも戦っていないのでそのまま素通りだ。挨拶くらいはするだろうが、やってもその程度である。


 相手側も2人には気付いているようだ。どちらも祥吾とクリュスへと目を向けている。


 もう間もなくすれ違うという所まで近づいた。祥吾はそのまま通り過ぎようとする。


「あの、ちょっといいかな?」


「どうしました?」


 声をかけられた祥吾は立ち止まった。まさか話しかけられるとは思っていなかったのでわずかに驚く。


「君たち、高校生かな?」


「それがどうかしたんですか?」


「ああいや、なんだか危なっかしく思えたんでね。ちょっと声をかけたんだよ」


「わたしらも何度かこの辺りを探索してるが、結構危険でね。大怪我をしないか心配に思ったんだ」


 自分たちが頼りなく思われていることを知った祥吾は困惑した。確かに今の2人は高校入学直前なので大人から見ると危なっかしいのかもしれない。しかし、探索者協会から警告が出ているわけでもない場所でいきなりそんな声かけをされるのは意外だった。


 祥吾からすると中年2人組の方が頼りなく見えるが、それはともかく先を急いでいるので断りを入れる。


「自分たちの力量なら把握しているので問題ないですよ。アプリでダウンロードしたデータを見ながら探索していますから」


「あー、そうかい。よければ上の階まで送っていこうと思ったんだけどね」


「どうせなら一緒に探索しようか? 4人だったらこの階層でも充分やっていけるから」


「いえ、必要ありません。それでは、先を急いでいますので失礼します」


 話がおかしな方へと向かい始めたことに祥吾は気付いた。これから最下層へ向かおうとしているところなのに、地下2層で手一杯の探索者と合同しても足を引っぱられるだけである。


 それに、祥吾は中年探索者2人の視線が気になった。話をしている祥吾の後ろにいるクリュスへと度々目を向けているのだ。美人だから目が行くのはある程度仕方がないにしても、この状況ではどうにも気になる。


 早々に会話を断ち切った祥吾はクリュスを促してその場を離れた。中年探索者2人はまだ何か言いたげだったが無視する。


 角を曲がって完全に姿が見えなくなると祥吾はため息をついた。その後ろ姿を見ていたクリュスが口を開く。


「若く見えるっていうのも考えものね」


「まるで若くないって言っているみたいだな」


「何よ?」


「いや別に。それにしても、今後もあんな感じで声をかけられるのかな」


「教習で知り合った人から聞いた話だと、ハローワークの支援制度を使って探索者になる人が少なくないらしいから、ああいうおじさんの探索者にはこれからも出会うでしょうね」


「うーん、もっと老け顔の方が良かったのかなぁ」


「そういう問題じゃないでしょう」


 声をかけられる原因のいくらかにクリュスがある限り、老け顔になっても根本的な解決には至らないということに祥吾は気付かなかった。若く見られることについては時間の経過によって自然に解決するのを待つしかない。


 しばらくの間、祥吾は通路を進みつつも頭をひねった。




 祥吾とクリュスは地下3層に降りた。周囲の風景は相変わらず石造りの通路だ。見た目だけなら地下1層と言われてもうなずける。そして、この階層からは罠の数が増えるという形で危険性が増した。罠の質はそこまで凶悪ではないものの、針が刺さったり浅い落とし穴にはまったりする。地味な嫌がらせみたいなものだが、それでも探索者の行動を制限するのには充分だ。


 そんな場所を2人は歩いた。ダウンロードした地図にはその手の罠に関する情報も載っている。なので、ダンジョンをくまなく探索するのでなければ避けてしまえば良い。金銭目的で探索しているわけでもない今の2人に罠はあまり意味がなかった。


 最短経路を進んだ2人は地下4層へと続く階段にたどり着く。ここまでは予定時間よりも少し遅れている程度だ。想定の範囲内である。


「祥吾、ここでお昼にしましょう。もう12時を過ぎているわ」


「もうそんな時間か。どうりで腹が減るわけだ」


 声をかけられた祥吾はクリュスと共に階段から離れた場所に腰を下ろした。そうしてリュックサックからエネルギーバーなどの携行食を取り出して囓る。


「おお、前の世界の干し肉や黒パンとは大違いだな。食べやすくてうまい」


「あれって、同じ干し肉やパンでもこちらの世界のものとは全然違うものなの?」


「そうなんだよ。干し肉なんてこっちの世界のよりも塩辛いしな。ああでも、乾パンと比べたら黒パンはどうなんだろう」


 食べながら祥吾は考えた。乾パンの堅さと口の中でのぱさつき具合はなかなかひどい。そのように作ってあるのだから仕方ないが、祥吾としては進んで手を出したい代物ではなかった。


 食べ物に対する評価を話していると、2人は分岐路から他の探索者が姿を現したことに気付く。今度は男性1人に女性2人の3人組だ。相手も祥吾とクリュスに気付いて目を向けてくる。


「あれ? もしかしてその黒いのって猫なんですか?」


「え、うそ? なんでここに?」


 女性2人がクリュスの膝で猫用ジャーキーを囓っているタッルスを見つけて声を上げた。確かにダンジョン内で猫を見かけるのは珍しい。


 ここまで反応されるとは思わなかった祥吾は目を丸くした。その間に女性2人がクリュス、正確にはタッルスに近づいて来る。男性はその後ろから困った表情を浮かべながらついてきた。


 タッルスはそれまで猫用ジャーキーに集中していたが、女性2人が近づくと顔を上げる。


「あの、この子かわいいですね!」


「いいなぁ。うちのマンションってペット禁止なんですよね~」


「でも、どうしてダンジョンに猫を連れてきてるんですか?」


「もしかしてダンジョンで拾ったとか?」


 しゃがんでタッルスを見つめる女性2人の目は輝いていた。今にも触りたそうなくらいに前のめりである。もはや他は眼中にない様子だ。


 その様子を隣で見ていた祥吾はどうにも勢いに押されて声をかけられずにいた。

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