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ダンジョンキラー  作者: 佐々木尽左
第2章 神々の要望

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黒岡ダンジョン

 探索者協会黒岡支部の本部施設から出た祥吾とクリュスはダンジョンへと足を向けた。より深い階層へ行く探索者は早めに、浅い階層で行く探索者は遅めにダンジョンへ入る傾向がある。自分の活動する場所まで移動する時間の長さによるものだ。そのため、午前9時頃となると浅い階層で活動する探索者の割合が多い。


 周囲には身に付けている装備がまだ真新しい探索者たちが同じ方向へと歩いている。いずれも若い。とは言っても、年齢制限の都合上、祥吾とクリュスより若い者はいないが。


 若さはともかく、どの探索者も2人から4人程度で固まって移動していた。パーティあるいはチーム単位なのはすぐに見当が付く。原則として探索活動は複数人でやるように推奨されていることも影響しているはずだった。


 周囲に目を向けながら祥吾が口を開く。


「2人組や3人組が多いな。4人組以上はあまりいないのか」


「このダンジョンは階層も浅くて魔物も強くないからでしょうね。ネットでの評価だと、初心者が2人から4人で挑むものなんですって」


「黒岡ダンジョンはそういう風に見られているのか。まぁ、地下5層までしかないもんな。一般的だと6人くらいだっけ? 上限はなかったよな」


「一般的な難易度のダンジョンだと4人から6人よ。規則としては別に何人でも入っても構わないみたいだけれど、超深度のダンジョンに挑むんじゃない限り、10人も20人も必要ないわ」


「その数だともはやパーティではなくて探険隊だな」


 その様子を想像した祥吾は小さく笑った。異世界でそういう隊に参加した経験はあるが、基本的に使い捨て扱いだったので良い思い出はない。この現代世界ならばましかなと想像する。


 ダンジョンを囲む壁の近くまでやって来た。高く無骨な風貌は間近で見ると圧迫感がある。そんな壁に穴が空いていた。正門だ。手前に自動改札機が並んでいる。


 正門のある壁のトンネルに探索者たちが吸い込まれるように入っていった。自動改札機の場所にまでたどり着くと次々に探索者カードをかざして壁の内側へと歩いてゆく。たまに耳障りな電子音が鳴って自動改札機に足止めされている探索者がいるのはご愛敬だ。仲間に呆れられたり笑われたりしている。


 トンネルの中に入った祥吾とクリュスは自分たちの探索者カードを取り出した。白いそれはまだ表面に傷ひとつなく真新しい。違反することなく探索を続けているとカードの更新の度に銀、そして金へと変化していく。特に特典はないらしいが、社会的信用にはなるとカードを受け取ったときに説明があった。


 手にした探索者カードを目にした祥吾はぼんやりと聞いた話を思い出しながら自動改札機にそれをかざす。静かな電子音が鳴るのを耳にしながら通り抜けた。次いでクリュスも進む。


 少し歩くとトンネルを抜けてだだっ広い警戒地区が2人の目に入った。ダンジョンまでまっすぐ道が続いている。


「クリュス、このダンジョンって初心者向けなんだろう? ということは、そのうちどこかのダンジョンに移るってことだよな」


「そうよ。探索に慣れるとすぐに別のダンジョンへ行くのが普通ね。これは黒岡ダンジョンだけでなく、他の初心者用ダンジョンだったらどこも同じだと聞いているわ」


「やっぱりここみたいな所じゃ稼げないのか?」


「その通り。いつまで経っても赤字を補填できないみたいよ。実際、教習でダンジョンに入ったときに拾った魔石があったでしょう? あれ、ひとついくらくらいか覚えているかしら?」


「え? 50円くらいだったよな」


「祥吾はその装備を買うのにいくらかかったか覚えている? 大体でいいわよ。それを50で割ってちょうだい。それだけ魔物を倒さないといけないのよ、ここだと」


「あー、それは」


 頭の中でざっくりと計算した祥吾は微妙な表情を浮かべた。探索者教習の受講料も含めると万単位で小鬼(ゴブリン)を倒さないといけない。魔物部屋(モンスターハウス)に何十回と通ってもまだ足りない計算だ。


 渋い表情をした祥吾がうなずく。


「なるほど、そりゃみんなさっさと他に移るよな」


「だから、こういう初心者用のダンジョンだと人が定着しないのよ。そうなると、一番下の階層まで降りる人がなかなか現われなくなるのよね」


「あー、え? みんな最後まで進まないのか?」


「ほとんどの人はね。同じ探索をするのなら稼げるダンジョンの方がいいものだから、わざわざ稼げないダンジョンで時間をかけて奥にまで進もうという人は滅多にいないわ」


「俺だったらとりあえず最後まで行くけどなぁ」


「挑戦したならトロフィーを手に入れたいタイプよね、祥吾って。でも一般的にはコスパやタイパっていうのを重視する人が多いわ」


「考え方の違いか。最後の部屋、えっと、ラスボスの部屋だっけ、ここだとどんな魔物がいるんだ?」


「正式名称は守護者の部屋らしいけれど、どっちでもいいわね。それで、魔物なんだけれど、確か大鬼(オーガ)だったはず」


「ああ思い出した。地図の備考に書いてあったな」


「倒せる?」


「いけるぞ。1体だけなのか?」


「そうよ」


「なら大丈夫だ」


 自信を持って祥吾が答えた。それを見たクリュスが満足そうな笑顔を見せる。


 道の先にあったダンジョンの入口が目の前に迫ってきた。既に教習で何度も入っているので気負うことなく進む。階下へと延びる階段を2人で降りた。


 2人が正面玄関(エントランス)に入ると、何組かの探索者パーティが点在している。中には教官に率いられた実習生たちもいた。


 そんな他人を気にかけずにクリュスがタブレットを取り出して画面を立ち上げる。そうしてダウンロードした地図を表示した。


 しばらくそれを見たクリュスが顔を上げる。


「祥吾、行きましょう。おやつの時間までに攻略するわよ」


「寄り道なしの一直線か。了解」


 地図係のかけ声に応じた祥吾は指示された先に向かって歩き出した。ここから先はある意味懐かしい。かつて異世界で活動していたときの感覚が蘇ってくる。


 迷うことなく指示を出すクリュスの声に祥吾は無言で応じた。何か怪しい点を見つければ連絡し、疑問がある場合は相談する。初心者用ダンジョンであってもやることは変わらない。今後のことを考えると、ここで今まで通りの所作を繰り返して勘を取り戻しておくべきである。


 魔物がたまに現われる。1度に小鬼(ゴブリン)が最大で3匹程度だ。祥吾にとっては造作もない相手である。いずれも時間をかけずに倒した。しかし、ごくたまに通路いっぱいに広がって襲いかかってくる場合がある。このときはさすがに3匹目の突破を許してしまった。こういうときはクリュスが自ら対応する。


「我が下に集いし魔力よ、燃える火となり、貫く矢となれ」


 焦ることなく呪文を唱えたクリュスは間近に迫った小鬼(ゴブリン)火矢(ファイアアロー)を撃ち込む。その魔法は相手に直撃し、胸の辺りを中心に激しく燃え上がった。


 剣を収めた祥吾がクリュスの元へ戻ってくる。


火矢(ファイアアロー)ってそんなに派手だったか? もっと小さいものだと思っていたんだが」


「魔力を込めた分だけ威力は上がりますからね」


 返事を聞いた祥吾は言葉を返せなかった。さすが、神々に創られし存在の転生者なだけあると呆れる。規格外(チート)にも程があった。


 そんなやり取りをしながらも2人は先へ進む。やがて、1時間程度進むと階下に続く階段を発見した。地図にあった通りだ。


 ここでクリュスが立ち止まる。


「祥吾、私のリュックサックからタッルスを出してあげて」


「ああやっぱり、見かけないと思ったらそんなところに入れていたのか」


 連れて行くと聞いていたから恐らくはそうだろうと予想していた祥吾はうなずいた。クリュスの背後に回ってリュックサックの口を開ける。


「にゃぁ」


「おお、さすがに苦しかったか」


 顔を出したタッルスは手を差し出した祥吾に飛び移って左肩からうなじ、そして右肩へと移った。そうして祥吾の頬に顔を寄せる。クリュスのリュックサックの口を締めると右手で黒猫を撫でた。


 振り向いたクリュスがその様子を眺める。


「ふふ、白馬の王子様にすっかりご執心ね」


「助け出しはしたが、キスまではしていないぞ」


「当たり前よ」


「ところで、この辺りでタッルスを出しても良かったのか」


「注目を集めるのを避けたかっただけだから、人気のないところだとどこでも良かったの」


「地下2階以降にも一応探索者はいるんだろう? そいつらに見つかってもいいのか?」


「何組かのパーティに見つかるのはもう仕方ないわ。タッルスをずっとリュックサックに入れておくわけにもいかないでしょう?」


「そうだな」


 指摘された祥吾はうなずいた。いくら聞き分けの良いタッルスでも限度がある。それに、これで体調を崩されて困るのは祥吾たちなのだ。


 ひとしきり慰めた後、祥吾はクリュスに黒猫を預ける。そうして、階下へと向かった。

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