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ダンジョンキラー  作者: 佐々木尽左
第5章 高校1年の夏休み(前半)

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夏休みの活動─世田谷ダンジョン─(3)

 世田谷ダンジョンに入った祥吾とクリュスは恵里菜たち4人の協力を得て階下へと進んでいた。他の探索者から狙われることがなくなり、魔物に集中できる良い環境となる。


 地下4層の番人である上位豚鬼(ハイオーク)を倒した6人は地下5層へと踏み込んだ。ここから先は上の階層よりも一段と厳しくなるのだが、それでも全員の士気は高い。


 番人戦の直後に昼休憩も兼ねて休んだ後、6人は階段を後にした。祥吾と由香を先頭に恵里菜と小鳥が続き、クリュスと友恵が最後尾を歩く。即席だが手堅い隊列だ。


 この階層からは探索者の数が一段と減る。もちろん地下10層以下よりも断然多いが、それでも地下4層の番人を越えられない探索者は多いのだ。そう言う意味では恵里菜たち4人は充分に優秀である。


 たまにタブレットとにらめっこをしながら指示を出す友恵の声に従って祥吾と由香が先頭を歩いた。ちなみに、罠に関しても由香の勘は冴えており、地図情報を聞かなくても何となく察知できる。これに関しては祥吾もクリュスも素直に驚いた。


 そんな一幕がありながらも6人は地下5層を歩く。次の階下へ続く階段まで半ば辺りまで進んだときのことだ。由香が突然立ち止まる。


「何か来るよ!」


「ということは、そうなんだろうな。本当に来たか。豚鬼(オーク)4匹、上位犬鬼(ハイコボルト)4匹だ。ああ、やっぱり犬鬼(コボルト)系は足が速い。来るぞ!」


 由香に次いで察知した祥吾が魔物の正確な情報を全員に伝えた。そうして武器を構えると、右隣に小鳥が現われる。前に出てきたのだ。


 最初は豚鬼(オーク)が先を走っていたが、すぐに上位犬鬼(ハイコボルト)が抜いて急速に迫ってきた。体は成人男性の3分の2くらいの大きさで、2本脚で立つ犬のような姿の魔物だ。犬鬼(コボルト)の上位種で体力や筋力などすべての面で上回っている。それだけに足の速さも速い。


 最初に接触したのは前衛ではなかった。祥吾に近づいて来る上位犬鬼(ハイコボルト)めがけて石の槍が突っ込んだ。それは胸を貫通し、後ろの個体の腹に突き刺さる。


「あれ、俺の相手?」


「祥吾、豚鬼(オーク)の相手を!」


 突然戦う相手がいなくなって戸惑った祥吾は背中で恵里菜の指示を受けた。やるべきことがあるのならばと考えるのを一旦止めて前に出て後続の豚鬼(オーク)を相手取る。地下4層の番人の部屋で相手取った魔物よりかは与しやすい。


 今回は倒すよりも足止めを意識して祥吾は戦った。脚1本を大きく傷付けて動けなくするのだ。最初の1体目は難なくうまくいき、2体目も脚を切断できたが、3体目は負傷させて動きを鈍らせるのがやっとであり、4体目は真正面から相手にするしかなかった。


 その頃には両側の由香と小鳥が上位犬鬼(ハイコボルト)を倒し、負傷してほとんど動けない豚鬼(オーク)にとどめを刺して。


 真正面から戦った個体に勝った祥吾はクリュスに顔を向けた。微笑み返してくる相手に対して不思議そうに尋ねる。


「クリュス、今の魔法は必要だったか?」


「恵里菜と友恵にどんなものか見たいと言われたのよ」


「いやー、今までじっくり見たことがなかったんでねー」


「実にきれいだったな。それに滑らかだった。友恵とは全然違う」


「なんだよー! 使えるからいいじゃんかー! クリュスのがすごすぎるんだよー!」


 素直な感想を口にした恵里菜は友恵から抗議を受けた。当人によると、感覚派で何となく使っているところがあるらしい。そのため、威力や精度が今ひとつ安定しないそうだ。しかし、最近はこれでもましになってきた方で、以前はひどいときには不発になることもあったという。今では笑い話だが、当時は死にかけた仲間にこっぴどく怒られたとのことだった。


 それに対して、クリュスの魔法は流れるように発動し、高威力で安定している。元が人間ではないのだから恵里菜のいうきれいな魔法になるのはある意味当然なのだが、それを知らなければ羨まれるのは当たり前だ。なので、クリュスは恵里菜の尊敬の念と友恵の羨望の眼差しを受け流す。


「恵里菜、友恵、魔石を拾いましょう」


「ああ、そうだな。ほら、友恵、行くぞ」


「恵里菜が話題逸らしたー!」


 渡りに舟とクリュスの提案に乗った恵里菜に友恵が尚も噛みつくが、クリュスが取りなして落ち着きを取り戻した。その間に祥吾、由香、小鳥がドロップアイテムを拾って回る。


 それが終わると、再び隊列を組んで通路を進み始めた。やがて階下へ続く階段にたどり着く。ここで一旦休憩だ。


 床に座った面々のうち、由香が最初に口を開く。


「順調だよね~。今回は色々と楽でいいな~」


「そうだよなー。やっぱり6人ほしいよなー」


 リュックサックから取り出した飲みかけのペットボトルに口を付けた友恵が由香に同調した。4人ではやはり不便があるらしいことを祥吾は察する。


「クリュス、今回の攻略が終わったら、もう世田谷ダンジョンには来ないの~?」


「そうね、しばらく予定はないわ」


「こっちにたまに寄る用事なんかも~?」


「今のところはあちこちのダンジョンに回ることになる予定よ」


「そっか~、残念だな~」


「一緒にやってくれると楽なんだけどなー」


「そうでしょうね」


 由香の遠回しな言い方と友恵のはっきりした言い方にクリュスは苦笑した。能力云々を抜きにしても、頭数が増えるだけで負担は減るのだ。誘いたくなる気持ちはよくわかるので否定はしない。


 何となく気になった祥吾は自分のスマートフォンを取り出して時間を確認した。午後3時半より少し前である。


「恵里菜、今日はどこまで進むんだ?」


「地下9層の階段までだ。時間にすると午後8時前くらいになるはずだ」


「本当に丸々半日使うわけか。ああそうだよな。地下9層で活動しているんだから、そこまで来たら充分というわけか」


「そうだ。明日からは朝一で狩りができるんだから、最高だろ?」


「確かに。勝手に地下9層の番人の部屋まで行けると思っていたな」


「そこは明日のお楽しみだな。ということで、1泊は付き合ってもらうぞ」


「夜の見張り番か。3組できるからゆっくり眠れるな」


「そういうことだ」


 明日の朝までの予定を考えてしゃべった祥吾に対して恵里菜が笑って答えた。使えるのだから徹底的に使うというわけだ。


 休憩が終わると階段を降りて地下6層を進む。周囲の風景は相変わらず石造りの通路だ。周囲に人の気配はなく、代わりに魔物の気配がある。魔物は探索者を視認すると必ず襲ってくるが、そうでなければあっさりと別の場所へと去って行く。そのため、探索者が魔物を奇襲することも可能だ。しかし、五感は全体的に魔物の方が優れているので成功することはあまりないが。


 ともかく、たまに魔物に襲われながらも6人は通路を歩いた。地下5層以下で出現する魔物は地下4層以上よりも多いが、6人もいると大抵は何とかなる。やはり、数には数で対抗するのが一番だと全員が改めて認識した。


 そうして地下7層、地下8層と祥吾たちは進んでゆく。階層はひとつずつ下がってゆくが大きな変化はない。罠に関しては相変わらず由香の勘が冴え、かつて罠だらけのダンジョンを攻略した祥吾が回避策を提案するので致命的な問題は起きていない。


 非常に好ましい状態で先へと向かっていた6人はついに地下9層へ降りる階段にたどり着いた。時刻は午後8時前と予定通りだ。


 階下へ続く階段を前に恵里菜が仲間に声をかける。


「それじゃ、今日はこの階段近くの部屋で1泊するぞ」


「あっちに小部屋があるからそこにしよー!」


「友恵、でかした。みんな、そっちに行くぞ」


 タブレットを見ていた友恵の提案を受け入れた恵里菜によって全員が宿泊場所へと移動した。小部屋というにはやや広いが、6人が泊まるには充分な広さがある。出入口は1ヵ所だけなので見張りもやりやすい。


 部屋に入ると、最初の見張り番を買って出た祥吾とクリュスが出入口付近に立った。恵里菜たち4人は部屋の真ん中辺りで座って寛ぐ。そこから保存食による晩餐が始まった。


 友恵がもっと食べたいと不満を漏らしつつも楽しい夕食が続く横で祥吾とクリュスは外の通路を見つめる。


「今回は思いの外うまく来たわ」


「そうだな。そもそもあんなに他の探索者に襲われるなんて想定外だったが」


「これで明日番人の部屋を突破してやっと半分ね」


「そこからが本番なんだよなぁ」


 これから先の道のりを頭に思い浮かべた祥吾が嘆息した。二桁階層と呼ばれる場所に踏み込んだことは過去にもある。もちろん良い思い出などない。苦労ばかりだ。それが今回は延々と10階層も続く。早速家に帰りたくなってきた。


 後ろ向きなことばかり考えていることに祥吾は気が付く。良くないことではあるが不満を抱くくらいは構わないだろうとも思う。どうせ攻略するのだから。


 祥吾は改めて通路を見たが何も異常はない。このまま何事もなく一晩が過ぎてほしいと思った。

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