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ダンジョンキラー  作者: 佐々木尽左
第5章 高校1年の夏休み(前半)

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夏休みの活動─世田谷ダンジョン─(2)

 恵里菜率いる女4人の探索者パーティと一時的に組むことになった祥吾とクリュスは再び世田谷ダンジョンへと入った。初回のときはいくつもの視線を感じたというのに、人数が増えるとそれがほとんど消えたことで数の力を実感する。


 幸先良くダンジョンでの活動を始めた2人は調子良く通路を進んで行った。途中で襲われることもなく、魔物とも安心して戦え、何の障害もないかのように奥へと向かう。


 そして、地下4層の番人の部屋の手前に6人はたどり着いた。ここまで何事もなく余裕を持ってやって来たので全員の機嫌が良い。


 番人との戦いを控えて休む中、友恵が嬉しそうに気持ちを披露する。


「いやぁ、楽でいいね! 今日はあたし、まだ1回もまともに戦ってないよ!」


「そういえば、魔法が1回も飛んでこなかったっすね。間接魔法すら使ってないんすか?」


「ないない、使ってないよ。地図を読んで指示出してるだけ。祥吾が1人前衛に入っただけでここまで安定するとはねー」


 まだ魔法を見かけていないことを思い出した小鳥が友恵を見ながら尋ねた。巨体に似ず可愛らしい飲み方でペットボトルの水を飲んでいる。名前の通り小鳥のようだ。


 その話に応じて由香が声を上げる。


「そうだよね~。あたしも、細かく報告しなくてもよくなったから楽だよ~」


「お前はもっときっちりと報告する癖をつけろ。勘がいいのは認めるが、周りに指示が出しにくいんだ」


「そんなこと言ったってぇ、大まかにしかわらないんだもーん」


 リーダーに注意された由香が頬を膨らませた。実際、目に見えない状態であっても勘が働くことがあるので由香の言い分もいくらか正しいのは確かだ。しかし、さすがに視界に入っていても警告の仕方が大雑把だと困るのも確かである。


 状況が微妙になった辺りから由香が恵里菜から顔を逸らした。そのまま祥吾を見る。


「でも、祥吾はよくあんな遠くがはっきりと見えてすごいね~」


「大体の姿からある程度わかることが多いからな。慣れだよ」


 由香に褒められた祥吾はぎこちなくわらった。何しろ異世界での10年分の知識と経験も踏まえた上での判断だ。やっていることは熟練の探索者と大差ない。普通の高校生はもちろん、一般的な大学生でも難しい見極めである。


 休憩が終わるといよいよ番人の部屋に挑戦だ。ペットボトルを戻したリュックサックを背負うと戦いのための陣形を組む。前衛3人、後衛3人だ。


 由香と小鳥が扉を開ける前に恵里菜が全員に声をかける。


「いいかお前ら、ブタの数は相変わらず6匹だが、今日のあたしらは違う。ブタどもと同じ6人いる。1人1匹でいいんだ。楽勝だろう。さっさと終わらせて下の階で稼ぐぞ!」


 リーダーの恵里菜の声に呼応して他の5人が返事をした。これで全員に気合いが入る。


 扉の取っ手を掴んでいた由香と小鳥が動いた。扉が開く。高さ約15メートル、縦横約30メートルの大部屋がその奥に広がっていた。奥には階下へと繋がる扉がある。


 その手前に成人男性よりも2回り大きく黄土色の肌をした巨漢が立っていた。頭部はほぼ豚であり、足も豚足である。ただし、手は人間と同じ五本指だ。武器は刃こぼれした槍や棍棒、欠けた剣や錆びた槌矛(メイス)などを持っている。上位豚鬼(ハイオーク)だ。それが6体いる。


 最初に部屋へと足を踏み入れたのは祥吾だ。真正面から雄叫びを上げて突っ込んでくる上位豚鬼(ハイオーク)を見据えながら前に進む。突き出された槍に対して槍斧(ハルバード)の斧の刃で斬りかかった。すると、刃先が柄の部分に食い込み、そのまま地面に叩きつけられて潰れる。それに引き込まれるように槍の先を粉砕された個体はつんのめった。


 もちろん祥吾はその機を逃さない。相手の槍を潰した槍斧(ハルバード)を引いて今度は首に叩きつけるように刺した。槍を潰された個体は口から血を大量に吐き出しながら倒れる。まずは1匹だ。


 その頃、祥吾の両脇では由香と小鳥が上位豚鬼(ハイオーク)との戦いを繰り広げていた。小鳥は相手を近づけさせないように、小鳥は相手の攻撃を受け流しつつ、双方共に反撃して傷を与えてゆく。


「祥吾、もう1匹任せるぞ!」


「いいぞ!」


 背後から聞こえた恵里菜の声に祥吾は短く答えた。同時に自分の両脇をすり抜けていく上位豚鬼(ハイオーク)を無視する。次の相手は倒した個体を乗り越えてくる1体だ。今度の個体は棍棒を持っている。


 振り上げた棍棒を振り下ろそうとする個体の右腕に対して、祥吾は槍斧(ハルバード)の柄の長さを利用して穂先を突っ込んだ。刃は相手の上腕に刺さり、内側の肉を大きくえぐり取る。すると、棍棒が相手の右手からずり落ちた。


 しかし、それで上位豚鬼(ハイオーク)の闘争心が消えたわけではない。尚も左腕で掴みかかろうとしてくる。


 1歩退いた祥吾は槍斧(ハルバード)を引くとすぐに相手の個体の左腕めがけて横に剥ぎ払った。斧の刃はその左肘の裏側に当たって食い込み、そのまま引っぱることで相手の巨体を左腕側に大きく傾けさせて均衡を崩す。


 そのがら空きになった首にめがけて、祥吾は再び引いた槍斧(ハルバード)突き出し、穂先を首にめり込ませた。


 またもや口から大量の血を吐き出して倒れる個体が死んだのを確認した祥吾は周囲に目を向けた。由香と小鳥は自分が相手をしている上位豚鬼(ハイオーク)を圧倒しつつあり、恵里菜と友恵は恵里菜が相手を引きつけつつ友恵が魔法で打撃を与えている。一方、クリュスは自分の相手を既に倒していた。


 じっとしている祥吾の元にクリュスが近づいて来る。


「お疲れ様。この様子だと4人とも勝てそうね」


「そうだな。加勢する必要はなさそうに見える」


「随分とあっさり倒したわね。強くなった?」


「武器のおかげだな。こいつの殺傷能力が地味に高い。槍斧(ハルバード)ってこんなに切れ味が良かったっけ?」


「もしかしたら、それの切れ味自体が良いのかもしれないわね。良かったじゃない」


「お、終わったな」


 2人が話をしているうちに由香と小鳥の戦いが終わった。どちらも息を切らせているが無傷である。他方、恵里菜と友恵はもう少し時間がかかりそうだった。


 恵里菜たち4人の戦いぶりを見て、祥吾はなぜ牛頭人(ミノタウロス)に勝てなかったのかわかった気がする。単純に能力不足なのだ。4人とも戦いぶりは悪くないだけに残念に思える。上位豚鬼(ハイオーク)が敵ならば、もっと圧倒できる必要があった。


 黙って立っている祥吾に対して、クリュスが由香と小鳥に声をかける。


「2人ともお疲れ様。よく勝てましたね」


「えへへ~、いつも戦ってる相手だからね!」


「うっす。クリュスも1人で倒したっすか?」


「ええ。恵里菜に1体頼まれましたので」


「うわっ、黒焦げっすね。この臭いはあれだったんすか」


 ある程度まで息を整えた由香と小鳥がクリュスに返答した。2人ともどこか誇らしげだが、クリュスの仕留めた相手を見て顔を引きつらせる。絵面が結構悲惨なことになっているからだ。


 3人が話をしていると、ついに恵里菜と友恵の戦いも終わった。恵里菜が肩で息をしており、その後方で友恵が勝ったことを喜んでいる。


「やったぁ、勝ったー!」


「友恵、お前はもっと正確に命中させろとあれほど言ってただろ」


「でも最近調子いいよ!」


「そうなんだろうが、思ったよりも戦いが長引くのは相変わらずじゃないか」


「これからも精進しまーす!」


「まったく、口だけは一人前なんだから。はぁ、あー、疲れた」


 リーダーである恵里菜は友恵に反省を求めたが、当の本人は右から左に聞き流しているようだ。前衛としては高威力の魔法で早く倒してもらわないと命に関わることなので、祥吾は恵里菜に同情した。


 ともかく、これで番人の部屋の戦いは終わりだ。祥吾とクリュスは落ちて着る魔石と牙を拾って回る。


「これは誰に渡せば良いんだ?」


「はーい、あたしがもらっておくよー」


「それじゃ、後は任せた。恵里菜、休憩はこの階段を降りたところでするんだよな?」


「ああそうだ。ここにいると他の探索者の邪魔になるからな。さて、それじゃ行こう」


 とりあえず呼吸を整えた恵里菜が仲間に声をかけた。ドロップアイテムを拾い終えるとすぐに部屋の奥にある階段を降りてゆく。


「今日はいつもより楽に戦えたな」


「恵里菜、お前らいつも4人でどうやって倒しているんだ?」


「いつもは由香と小鳥が2匹ずつ引きつけて時間を稼ぎ、あたしと友恵が1匹ずつ倒していくんだ」


「大変そうだな」


「まぁな、せめてあと1人ほしいんだが」


 階段を降りながら話す恵里菜がため息をついた。今も新しいメンバーを探しているものの、なかなか見つからないのだという。条件が厳しいのだろうが、緩くして後で問題が起きるよりかはましという考えだ。


 戦力はほしいが求める人材がなかなかいないというのはどこも同じ悩みを抱えている。祥吾やクリュスは陰で応援することしかできない。


 2人は何も言えないまま階段を降りた。

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