表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンジョンキラー  作者: 佐々木尽左
第1章 ダンジョンを探索する準備
1/33

本物の電波

 正木祥吾(まさきしょうご)が異世界に転生する前にいた元の(・・)現代世界にもライトノベルという小説があった。時代の流れによって流行は大きく変化したものの、そこには非常に多様な小説があったことを今でも覚えている。


 その数多くのジャンルの中にダンジョンものと呼ばれる小説群があった。ファンタジー世界か現代世界にかかわらず、ダンジョンという閉鎖空間を舞台にした物語だ。剣と魔法を基本に様々な要素を加え、あらゆる方法で練って書かれたそれらは読者の大きな支持を得ていた。また、流行が去ってからも定番のジャンルとして残るほど当たり前のものとなる。


 ところが、帰還先であるこの(・・)現代世界にはダンジョンもののライトノベルがほぼない。ファンタジー世界の冒険が描かれる中でダンジョンが登場することはあったが、独立したジャンルとしてのダンジョンものが存在しないのだ。


 異世界から現代世界に戻った祥吾が違和感を抱いたのはこれに気付いたからだった。最初は小首を傾げる程度の違いだったが、記憶にあるライトノベルの小説タイトルが存在しないことを知ってからは真剣に調べてみる。すると、ひとつの事実に行き当たった。


 スマートフォンから顔を上げた祥吾が呆然とつぶやく。


「嘘だろ、ダンジョンがこっちにもあるのか」


 異世界で当たり前のように見かけたダンジョンは、もちろん祥吾の元の現代世界には存在しないものだった。ところが、この現代世界には当たり前のようにある。そう、この世界だとダンジョンはファンタジーの産物ではなく、現実的な存在なのだ。


 ここに至って、祥吾は自分が元とは異なる現代世界に戻っていたことに気付いた。その原因は何となく思い当たる節があるものの、その理由まではわからない。何とも気の重い事実に頭を抱えた。


 今の自分の状態を帰還と称して良いのか祥吾は迷う。どちらかというと並行世界に飛ばされたと行った方が正しいかもしれない。何しろダンジョン並に違う点がもうひとつあるからだ。


 ただ、それに関しては一旦保留にするとして、祥吾はまずダンジョンについて調べた。その結果、いくつかのことが判明する。


 この世界にダンジョンが現われたのは20年ほど前のことらしい。本当にある日突然、世界各地に現われたという。しかも、山や森の中だけでなく、町のど真ん中にも現われたせいで世界中が大混乱に陥った。


 出会いからして相当はた迷惑な存在だったわけだが、それでも中に入れるとなると放っておく人類ではない。政府、企業、研究所はもちろん、好奇心旺盛な個人までもが穴の中の探索を始める。すると、一部のファンタジー好きの人々におなじみのダンジョンだということが判明した。空想上の魔物に魔法の道具などの様々な未知の発見があったのだ。


 思わぬ発見に人類は沸き立ったが、同時に様々な問題も浮かび上がって再び頭を抱えた。その中でも次の2点に人々は大いに悩む。


 ひとつは魔法についてだ。ダンジョン内で活動していてよくわからないうちに使えるようになった者が現われたのだが、ダンジョンから外に出ると使えないことがわかった。これに関して、ダンジョンの外には魔力が存在しないからではと一部の人々が推測している。ただし例外があって、自分の体内限定ならば術者は魔法を使うことができるらしい。なぜそうなるかは不明なままだ。


 もうひとつは魔物の存在である。実はこのダンジョン、人が入らないで放置していると大量の魔物が外に出てくるのだ。ダンジョンを危険視して立ち入り禁止にした国で同時多発的にこの現象が起きて人類は初めて知る。人が出入りしているダンジョンでは発生しないことから、定期的に入って魔物を間引くことを強いられた。


 入るのは危険だが放っておくのはもっと危険という実に面倒な存在を抱えることになった人類は仕方なしに対処する。法律を整え、体制を築き、そして専門の人々をあてがったのだ。そうして20年を経た現在、日本では探索者協会という政府の外郭団体が設立され、探索者という人々がダンジョンで探索をしている。


 スマートフォンでざっと調べ上げた祥吾はダンジョンについて大まかなところを知った。一段落ついたところで画面から顔を離す。


「大変なことになっているんだなぁ」


 実に他人事な感想を祥吾は漏らした。というのも、調べている途中でダンジョンから距離を置いて生活することは不可能ではないことに気付いたからである。これほど厄介で危険な存在に対して政府が無策であるはずもなく、国民からの安全の追求を突き付けられた結果、既に隔離対策がなされているのだ。


 異世界で冒険者として散々苦労した祥吾はもうあのような不安定な仕事をしたくなかった。元の世界ではないとはいえ、ここも自分が知る現代世界とほぼ同じならばそのまま平穏に暮らしたいと願う。そのため、この世界にやって来て早々に堅実な人生設計を組み立てた。中学生としてはいささか将来を見定めすぎているくらいには。


 しかし、そんな祥吾の決意と計画はダンジョン並みかあるいはそれ以上に問題な存在によってあっさりと破綻した。




 異世界から微妙に違うとはいえ現代世界に戻ってきた正木祥吾は、帰還直後からとある同級生に悩まされてきた。中学2年生の夏休み明けに海外から転校してきたかと思うと、そのままことあるごとに顔を突き合わせることになった女子である。


 その少女の容姿は彫像のように完璧でそれでいて温かみがあって美しい。天の川のように輝く金髪と南の透明な海を思わせる碧眼は周囲の目を引きつけ、男女を問わず誰もが振り返る。


 こんな美少女と常に一緒にいると、祥吾は嬉しいと思うよりもいたたまれないという意識の方が強かった。周囲からいつもなぜという疑問と羨ましいという嫉妬の視線を向けられるからだ。これが1年半近くも続いたのだからたまらない。


 ではきっぱりと断りを入れて離れれば良いだけの話だが、そう邪険に扱うわけにもいかない。何しろ、この美少女は異世界での知り合いなのだ。とある神々の迷宮の支配人からこの世界に転生したとは本人の談である。なので、色々とあっただけに無視できないのだ。


 そんな込み入った事情のある彼女は中学卒業間近の今、祥吾の部屋に遊びに来ていた。折り畳まれた布団、小説と漫画とプラモデルが飾ってある本棚、整理されたというよりは物が少ない学習机、服が適当に掛かっているハンガーラックが6畳の部屋の壁際にある中、座布団に座った2人は向き合っている。


「神様からお願いされたので、一緒にダンジョンを攻略しましょう♪」


「クリュス、変な宗教にでもハマったのか?」


 いつも通りの笑顔を向けてくる厄介な同級生に祥吾はため息をついた。今までも面倒なことを提案されることはたまにあったが、こんな突飛もないことを求められたのは初めてだ。どうしたものかと右手で頭をかく。


「宗教は間に合っているから必要ないわ。そうじゃなくて、本当にここ数ヵ月、神様が私にお願いしてきているのよ」


「もしかして、この世界に俺を転移、クリュスを転生させた神様?」


「そうよ。私はまだ神様と繋がりがあるから、何となく感じ取れるの」


「言葉を聞いたわけじゃないのか?」


「神様はこの世界にあんまり干渉できないみたいだから、話をしたわけじゃないのよね。でも、何となくこうしてほしいっていう感覚は伝わってくるのよ」


「何とも曖昧なことだな」


 まるで昨日寝ている間に見た夢の内容を語られているような印象を祥吾は受けた。夢見がちというにしてもふんわりとした返答に祥吾はため息をつく。他人が同じことを言ったらすぐに受け流してしまう話だが、異世界での出来事を覚えている祥吾からするとクリュスの言い分を否定できない。


「けど、何で神様はダンジョンの攻略なんて頼んできたんだ?」


「ダンジョンが危ないものだかららしいんだけれども、はっきりとはわからないのよね」


「危険なのは確かにわかるが」


「詳しくは攻略してから聞くしかないんじゃないかしら」


「普通は攻略する前に聞くべきことだけれどな」


「今のままだと感覚でしか神様の意思を受け取れないから難しいのよ」


「だからってダンジョンの攻略なんてなぁ。そう気軽にできるものじゃないだろう」


 魔物や罠が数多く存在するダンジョンは中にいるだけでも危険だ。それを奥深くに分け入って攻略するとなるその危険性は跳ね上がる。なので、簡単に決断できることではなかった。


 それに何より、ダンジョンは誰でも入れる場所ではない。少なくとも日本ではしかるべき試験を受けて探索者という身分になる必要があった。


 以前ダンジョン関係のことを調べた祥吾はその辺りのことを知っている。それだけに微妙な表情を浮かべた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ