第17話「蒼紋堂」
第17話
ご愛読いただきありがとうございます。
最近は、大半の時間をアユナと“同級生として”過ごしている。
以前に比べるとアユナは柔らかい対応をしてくれるようになっている。
少しは認めてもらっているようだ。
今日は、アユナにお願いして街の文房具屋へ連れてきてもらった。
任務1:魔道具発明家イネザベス・クスヴァリに接触し、彼女の技術の源を探ること
に必要な道具をそろえるためだ。
“蒼紋堂”
大聖堂の影が落ちる石畳の通りに佇む老舗の文房具店だ。
深い青の外壁は時を重ねて色褪せ、手吹きガラスの窓には革のノートやインク瓶が静かに並ぶ。
真鍮の看板は風に揺れ、古いオーク材の扉は無数の来訪者の手触りを吸い込んだように温かい。
控えめながら、誰もが足を止めてしまう品格が漂っている。
どうせなら、長く使える職人仕立ての本格仕様のペンと品のある洗練されたノートがほしいなぁ。
そんな思いを胸に扉を開けると、紙とインクの匂いがふわりと広がった。
棚には色とりどりのペン、革張りのノート、魔力を通す特殊紙まで整然と並んでいる。
「わぁー、こういう店、落ち着くね」
アユナは指先でノートの表紙をそっと撫でた。
その仕草が妙に丁寧で、見ているこちらまで静かな気持ちになる。
「アユナ、こういうの好きなんだ」
僕がそう声をかけると、アユナは少し照れたように笑った。
「うん。なんかね、こういう紙とか道具って・・・触ってるだけで落ち着くの」
彼女は別のノートを手に取り、光に透かすように眺める。
「へぇ、そうなんだ」
僕が興味深く見ていると、アユナは少し言葉を続けた。
「文字って、その人の考えてることが形になるでしょ。だから・・・なんか、いいなって」
その言葉に、僕は思わずアユナの横顔を見つめてしまった。
まつげが影を落とし、真剣にノートを選ぶ姿が、いつもより少し大人びて見える。
胸の奥が、ふっと温かくなった。
・・・・・・・・・・
「マクシムはどんなペンが好きなの」
アユナがノートを持って近づいてくる。
距離が、いつもより近い。
「え、えっと・・・・・書き味が軽いのが好きかな」
「じゃあ、これとかどう」
差し出されたペンを受け取ろうとした瞬間、指先が触れた。
ほんの一瞬。
それなのに、心臓が跳ねるほど鮮やかに感じた。
アユナも、わずかに息を呑んだように見えた。
「・・・・・あ、ごめん・・・・・」
「いや・・・・・、僕こそ・・・・・」
視線を逸らし、同時に小さく笑ってしまう。
その笑いが、どうしようもなくくすぐったい。
「そ、そうだ、マクシム。これなんてどうかな」
アユナが深い紺色のノートを差し出す。
表紙には小さく銀の紋章が刻まれている。
「魔道具の研究ノートに使うなら、こういう落ち着いた色が似合うと思って」
「あ、ありがとう。すごく、いいと思う」
アユナは嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔をとても可愛いとおもった。
任務のために来たはずなのに、気づけばアユナのことを意識している自分がいた。
・・・・・・・・・・
蒼紋堂を出ると、夕暮れの風がひんやりと頬を撫でた。
アユナの後ろ姿を見送り、僕も家路につく。
「・・・・・楽しそうでしたね、マサヴェイ様」
背後から聞こえた声に、僕は肩を跳ねさせた。
振り返ると、石造りの建物の影からゴシファーが静かに現れ、その隣にはシスモが腕を組んで立っていた。
「お、お前ら・・・・・つけてきてたのか」
「当然でございます。王子が“文房具選び”などという危険な任務に挑むのですから」
ゴシファーは淡々とした口調のまま、目だけがわずかに笑っている。
シスモはというと、頬をぷくりと膨らませていた。
「マサヴェイ君。あんなに楽しそうにペン選んで・・・・・ずるいです。今度はシスモともデートしてくださいね」
「デ、デートじゃない!ただの買い物だ!ペンとノートが必要なんだ!」
「ふふ、買い物デートですね」
シスモは勝ち誇ったように微笑み、ゴシファーは咳払いで笑いを誤魔化した。
「・・・・・もういい、帰るぞー」
僕は二人に背を向け、早足で石畳を歩き出した。
夕暮れの街は、店じまいの鐘が鳴り始め、どこかほっとする匂いが漂っている。
平民として潜入しているとはいえ、王子の身だ。
この二人がついてくるのは仕方ない・・・と、頭では分かっているのだが。
「マサヴェイ様、そんなに急がなくても家は逃げませんよ」
「マサヴェイ君、シスモはまだデートの返事を聞いてません」
「だからデートじゃないって言ってるだろ!」
そんなやり取りをしながら、平民住宅街へと入っていく。
石造りの家々が並び、夕陽に照らされた窓がオレンジ色に輝いていた。
王子が住むには質素だが、平民にしては広い家。
潜入任務のために用意された“仮の住まい”だ。
家の前に着くと、シスモが鍵を取り出し、軽やかに扉を開けた。
玄関に入ると、木の香りがふわりと漂った。
広いとはいえ、王宮のような豪奢さはない。
けれど、どこか落ち着く。
この二人と暮らしているせいかもしれない。
ゴシファーは外套を丁寧に掛けながら言った。
「それにしても、アユナ嬢は聡明そうで可愛らしい方でしたね。さすがヨシアン・モーガスキー侯爵の令嬢です」
「指、触れてましたよね〜。シスモ、見ちゃいました」
「うっ・・・・・!」
二人の視線がじりじりと刺さる。
僕は思わず顔を覆った。
「・・・・・もう寝る。今日は疲れた」
「マサヴェイ様、夕食はどうされます?」
「朝に食べる!」
階段を上がりながら、胸の奥がまだ少し熱いのを感じていた。
アユナの横顔。
指先が触れた瞬間の、あの微かな息づかい。
任務のことを考えなければいけないのに、どうしても頭から離れない。
・・・・・明日、どんな顔で会えばいいんだろう。
そんなことを考えながら、僕は自室の扉をそっと閉めた。
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