第12話「ウレーナの叫びと決意」
第12話
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「父上ぇぇぇぇっ!!」
ウレーナの叫びが戦場に響き渡る。
血に濡れた地面で震える声で泣き叫ぶその姿は、戦姫ではなく、ただの娘だった。
彼女の瞳は、切り裂かれた父の姿を捉えたまま、涙で濡れていた。
アンレブンは無言のまま、モードルの亡骸に足を向ける。
漆黒の脚がゆっくりと持ち上がり、そして——ドン、と蹴り飛ばした。
モードルの身体が地を滑り、血の軌跡を残して倒れる。
その行為に、敬意も哀悼もなかった。
ただ、冷たい否定のような動きだった。
そして、アンレブンはウレーナに向き直る。
アンレブン:「次は、お前だ」
その声は静かだった。
だが、空気が震えた。
アンレブンの腕が再び振り上げられ、死の爪が唸りを上げる。
ウレーナは剣を構えようとするが、左足の喪失が彼女の動きを鈍らせる。
一閃——ウレーナに向けて振り下ろされた死の爪。
その瞬間、雷鳴のような衝撃が戦場を貫いた。
漆黒の影が割り込む。
ドラゴンの仮面を纏い、胸にドラゴンの意匠を刻んだメダルを持つ黒い外套を翻す男が、ウレーナの前に立ちはだかった。
彼の手には、黒雷を纏う大剣——刃の周囲に稲妻が走り、空気が震える。
「・・・・・くぅぅ、遅かったか」
男の声は低く、雷の余韻を含んでいた。
アンレブンの爪が男の剣にぶつかり、空間が軋み、火花と雷光が交錯する。
一瞬の静止——そして、黒雷の大剣が唸りを上げ、アンレブンの一閃を弾き返した。
衝撃が走る。
アンレブンの身体がわずかに後退する。
漆黒の霧が揺れ、彼の瞳が銀と紅に閃く。
アンレブン:「・・・・・ほう。人の中に、これほどの者がいたか」
男は一歩踏み出す。
地面が雷に焼かれ、空気が震える。
その姿は、まるで竜が人の姿を借りて現れたかのようだった。
ウレーナは、血に濡れた地面からその背を見上げる。
父を失った絶望の中で、再び立ち上がる希望の影が、そこにあった。
唸りをあげる渾身の爪と剣がぶつかり合った瞬間、世界が爆ぜた。
アンレブンの死の爪の一撃と、漆黒のドラゴンマントの男が振るう黒雷の大剣——その衝突は、ただの剣戟ではなかった。
空間が軋み、雷鳴が地を裂き、魔力と雷光が混ざり合って爆風となり、戦場を吹き飛ばした。
人間も魔族も、叫ぶ間もなく吹き飛ばされた。
旗が千切れ、甲冑が舞い、砲台が転がる。
地面はえぐられ、煙と砂塵が空を覆う。
そして——静寂。
爆風の中心、半径500mの範囲には、もはや誰もいなかった。
ただ、二人だけが立っていた。
アンレブン、漆黒の霧を纏い、銀と紅の瞳を光らせる魔族の侯爵。
そして、ドラゴンを纏い、黒雷の大剣を静かに構える男。
彼は一言も発さず、ただアンレブンを見据えていた。
風が止まり、空が息を潜める。
戦場は、もはや彼ら二人のためだけに存在していた。
「見事だ……その沈黙、その刃」
アンレブンは言葉を紡ぎながら、黒雷の大剣を構える男を見据える。
賞賛、探究、そしてわずかな焦りが混ざった声。
だが、男は何も言わない。
仮面の奥の瞳すら見えず、ただ静かに立っている。
アンレブン:「語らぬか。ならば、刃で語れ」
一撃。アンレブンの死の爪が唸りを上げる。
黒霧が渦巻き、空間が軋む。
だが、男はそれを受け止め、弾き返す。
雷が爆ぜ、地が裂ける。
二撃。三撃。四撃。
アンレブンは言葉を重ねる。「その力、何に捧げる?」「誰のために戦う?」「沈黙のまま、死ぬつもりか?」
だが、男は応えない。
ただ、黒雷の大剣が閃き、魔の刃を断ち続ける。
そして、五撃目——
アンレブンの爪が振り下ろされる瞬間、男の大剣が雷鳴とともに逆巻き、空間を裂いてアンレブンの胸を貫いた。
アンレブン:「……なぜ、語らぬ……なぜ……私を……否定する……?」
その声には、焦りが滲んでいた。
銀と紅の瞳が揺れ、霧が崩れ、形が崩れていく。
アンレブン:「私は……知を……力を……超越を……」
その言葉が空に溶けていく。
そして、アンレブンの身体は霧となって崩れ、風に散った。
戦場に、静寂が戻った。
アンレブンの霧が風に散り、魔の気配が消え去った——漆黒のドラゴンマントの男は、何も言わず、何も振り返らず、ただ背を向けている。
黒雷の大剣を肩に担ぎ、ゆっくりと歩き出す。
踏みしめる地面が、雷の余韻に震える。
ウレーナは遠くからその背を見つめていた。
父を失い、戦場に倒れながらも、彼女の瞳には確かに映っていた——沈黙の中に宿る、絶対の力。
誰もその名を知らない。誰もその素顔を知らない。
だが、——人も魔族も、彼の存在を記憶に刻んだ。
漆黒のドラゴンマントの男は、雷を残して、消えていった。
・・・・・・・・・・
夕暮れの光が、戦場の残響を淡く染めていた。
魔族軍は、主を失った混乱の中で統率を失い、敗走していった。
兵士たちは、傷ついた仲間を運び、倒れた者に祈りを捧げ、焼け焦げた地を整え始めていた。空にはまだ戦いの匂いが残り、風がそれを遠くへと運んでいく。
その中心に、ウレーナ・アシテミールがいた。
彼女は椅子に腰掛け、背筋を伸ばし、表情を崩さず、静かに処理の指示を飛ばしている。
包帯で巻かれた左足は痛々しく、膝から下が失われていることが事実であったことを再認識させる。
ウレーナ:「負傷者は第七陣営へ。魔族の残骸は焼却処理を。砲台の再配置は・・・・・第三隊に任せる」
声は冷静で、揺らぎがない。
だが、その瞳の奥には、誰にも触れられぬ深い悲しみが宿っていた。
父を失った痛みは、まだ胸の奥で燃えている。
だが、ウレーナはそれを表に出さない。
戦姫として、指揮官として、今はただ、残された者たちを導く責務を果たしている。
風が彼女のマントを揺らす。
包帯の下の傷が疼くたびに、彼女は唇を噛みしめる。
だが、誰もその痛みに気づかない。
彼女自身が、それを許さない。
ウレーナの背に刻まれた覚悟と孤独を、僕は捉えていた。
戦姫としての威厳と、娘としての哀しみ。
その両方を背負って立つ姿に、僕は言葉を持たなかった。
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