3 素晴らしい提案
僕は朝、教室に入るといつもより皆が慌てているようにみえた。クラスの上位の奴らは僕をちらちら見ては楽しそうに小さな声で何やら話している。
ふと彼女はどうしているか気になったが、彼女は見当たらなかったので今日は病院に行っているのだと分かった。
僕はそのことを残念に思いつつ席に着こうとした。
机が視界に入る。
『死ね』
赤色のそれは、僕の机の上にあった。
その大きな字は一つ、僕の机の上にあった。
不思議なことに、僕の席と距離があるはずなのに、あいつらの堪えきれなかった笑い声が嫌に耳に響いた。
死ね。
その語は机の上だけでなく、僕の頭も占領した。頭の中で何度も何度も繰り返す。
死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね……。
そうだ、なぜ、気がつかなかったんだ!
死ねば楽になれる。解放される。
いや、わざと目を逸らしていたんだ。
『死』がこわいから。
なぜ死がこわい?
それは、世界に取り残される気がするから。
世界が僕だけを置いて、素知らぬ顔をして何も変わらなくて誰も僕を顧みることはないんだ。
いや、でも……彼女がいるではないか。
ハハ、そうかそうか。
嗚呼、神様。彼女との出逢いに感謝を。
ふふ。僕も……僕も彼女と一緒に死ねば、この世界から取り残されるのは僕だけじゃなくなる。
それに親しい彼女が死ぬから、僕も死を共にする、というのは美しい死に方ではないか。
彼女も、自殺するのは恐い、と言っていた。
そうだ。彼女の為にできること。
それは、一緒に死ぬことだ。
そう思い付いてからは、僕は自殺について考えていた。
どんな風に死ぬか、いつ死ぬか、何処で死ぬか。
ああ、でも彼女に気持ち悪い、と拒絶されたらどうしようと思って、薄ら笑いなんかもした。
それに、一緒に死ぬのは僕の為でもあるので一緒に死ぬのとは別に、彼女にできることを考える必要がある。
僕は学校でも家でも次の日の放課後に彼女と会うまでずっとそうやって考えていた。
放課後、図書室のあの場所で本を読んでいると隣に彼女が座った。僕は自分も死にたい旨を伝え、一緒に死んでもいいかを尋ねた。
彼女は僕の隣で静かに僕の話を聞いていた。僕の話が終わると、彼女は口を開いた。
「嬉しい」
そう言うと、笑んだ。
「本当は止めるべきだけど、人の生き死に当人でもないのに口出しするのは嫌だなって感じるだろうから。きっと事情があるのだと思うし。それに何より、私だけじゃないのが嬉しい。だから、いっしょに死のう」
このとき僕は心が満たされていくのを感じた。自然に頬が緩む。
それから、一緒に死のう計画の為、僕と彼女は二人で話し合った。
死ぬ日は十二月一日。死ぬ場所は山中の開けた土地。そこへは彼女が案内すると言ってくれた。
死ぬ方法は彼女が二つで迷っている、と言っていた。練炭自殺か飛び降り自殺か。
僕は彼女の死体は綺麗なままが良いと思ったので練炭自殺が良いな、と言った。それで、睡眠薬を飲んでテント内で練炭を焼いて死ぬという方法をとることに決まった。七輪は僕の家のものを、テントと睡眠薬は彼女が用意することになった。
睡眠薬はどうやって手に入れるのか、分からなかったので僕の分まで彼女に用意してもらった。
練炭は、というと、僕が父にクラスTシャツを作るための集金がある、と嘘を吐き、金を頂戴して練炭を買うことにした。
準備が整った後も僕らは放課後、二人で他愛もない話をして日々を過ごした。僕の家庭環境も、生まれて初めて人に話した。彼女に嫌われてしまわないか心配だったが、彼女は親で子の評価はされない、と言ってくれた。僕は嬉しかった。
十二月一日で彼女と死ねる……それが鬱屈とした日々の中で僕の支えとなり、希望となった。