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1 はじまり



 中二の十一月、僕は普通に学校に来た。そして教室に入り窓側の席の机の中を確認して椅子に座る。今日は何も入れられていないみたいだ。 

 この前は校庭の土や砂、雑草から虫までも入れられ、僕が机の中に置いていた教材はゴミ箱に捨てられていた。最近皆は僕の周りで悪口を言うし、そうしているのを僕が見るとバツが悪そうに目を逸らす。最近からこんな感じだ。

 原因は分かっている。僕はある女子を傷つけてしまったのだ。

 

 総合の時間にクラスで手繋ぎ鬼をすることになった。文字通り、鬼に触れられたものは手を繋ぐ、というごっこである。しかし僕は人に触るのも触られるのも非常に不快に感じてしまうという体質のせいで鬼になった女の子に触れられた時に思わず手を跳ね除けてしまった。

 その女の子はとてもショックを受けたように固まった。ああしまった、と思って謝ったが、もう遅い。

 気がつくと周りから僕に対しつんざくような痛い視線を感じた。

 

 彼女がクラスのカーストの上に位置しているということもあって、僕はクラスの皆の共通の敵とされた。

 それからクラスの人は僕を徹底的に避け、僕が座る椅子でさえ触るのを嫌がり、陰口を言うようになった。

 僕はもう、うんざりした。

 元々友達がいなかったので避けられるとか、悪口をいわれるのは構わなかったが、教材が捨てられるとなれば毎日持ち帰らねばならず面倒くさい。 

 

 つまらなかった学校がもっとつまらなくなってしまった。

 家にいたくないからここに行くっていうのにもう何処にも僕の居場所がない。

 そう思って頬杖をつき、窓をぼーと眺めていた矢先だった。

「何かあったの」

声をかけられた。細いけれどよく通る高い声。女子か。おかしいな、僕は皆から避けられているはずだ。ふと後ろを振り返ってみる。

 

 そこには儚げで可憐な女の子が立っていた。

 長い黒髪を胸元まで真っ直ぐに下ろしており、虹彩は瞳孔と区別がつかない程黒く、目全体は長い睫毛に縁取られている。肌は髪や目の黒に相まってか、いっとう白く見えた。

 

 ああ、なるほど。

 僕は理解した。この子は確か重い病気のために病院通いをしている子だから、総合の時間の時いなかったのだ。それでクラスの皆の異様な雰囲気を感じて僕に何があったのかを聞いた、という次第だ。

 

 何をいうべきか少し考えた。

「やらかしてね、クラスの皆に嫌われたんだ」

と、僕は正直に言った。

 彼女の反応を見てみると、ふーんと興味がなさそうに窓の向こうを見た。それから僕の方に目をやる。

「何で?」

と言うと首を傾げた。

 

 何で、か……。

 何に対しての何で、だろうか。僕がやらかしたのは何で、なのか、やらかしただけで皆が僕を嫌うのは何で、なのか。

 

 僕が返事に困っていると、それを見かねてか、彼女は僕から目を逸らし、再び窓を見る。

「両方だよ、馬鹿らしい」 

彼女は僕の思考を読んだかのようにそう言うと、僕の斜め先の席に座った。

 

 思えば、彼女と話したのは初めてかもしれない。

 不思議と彼女と話すのは苦ではなかった。視線の圧迫を常に感じる教室なのに彼女と話す間は二人しかいなくてゆったりとした時間が流れるような錯覚を覚えるのだ。

 そして彼女と話した後は心地よい余韻が残る。

 

 余韻……筆舌に尽くしがたいが、例えるならば、ジャスミンティーを飲んだ後も口の中や鼻先を抜けるような清廉な香りがまだ微かに残っているような、そんな感じだ。

 つまり彼女と話し終えた後も僕の頭の真っ黒な宇宙には彼女の声が、彼女の話した内容が微かに残っていて、僕はそれを何度も反芻している、ということだ。 

 ともかく、人と話した後にそうなるのは僕にとっては初めての経験であった。

 そして僕と彼女のある意味、初めての出逢いだった。

 


◆◆



 僕は授業が終わっても図書室で時間を潰していたが、完全下校時間となり家に帰らねばならなくなった。

 憂鬱だ。

 

 僕にとってあの家はとても心休まるところとは言えない。父と母と僕の三人で暮らしているが、父は僕と血が繋がっているかは不確かである。

 

 そのせいかはわからないが、父はよく僕に暴言を浴びせるし、不機嫌な時は洋服で隠れるところ……主に腹を殴ったり蹴ったりする。

 母はというとそれにただ怯えて頭を抱えているだけだ。僕を助けてはくれないがそれだけならまだいい。アパートは狭いため僕は母の隣で床に布団を敷いて寝るのだが、母は時より僕の近くに寄ってくる。そして知らぬ男の名を呼んでは僕の身体を触ってくる。僕は気持ち悪いのを堪えて目を固く瞑り寝ているふりをするのだ。仮にも母だからだろうか、突き飛ばしたりはできない。

 

 何故なら、僕を愛してくれるのはこの世界中で母一人しかいないからだ。

 僕は臆病者だ。母にだけは嫌われたくない。でも普通の子供みたいに愛されたい。その狭間でやはり僕はずっとずっと切望している。無条件の愛というものを。

 

 僕は家に帰ると、父がいないことに安堵し風呂に入って寝ていつもの苦しい長い夜を過ごした。




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