第7話 「心から話せるって?」
「あの言い草、どう考えても知ってる側だろ。まさかほんとに学校に聖職者が混じってるとはな」
休み時間に突入したと同時に、憤慨する海斗。
僕はヒヤッとしたのみだったが、先生から名指しされた側からすればたまったものじゃないだろう。
でも。
知ってもらって、人と和平的共存を目指すのがレイジの目的なんだよな。
そう考えると複雑だ。
「今の時代でも根付いているとはな」
ぼーっと二人の話を聞く。
レイラは机に突っ伏し睡眠をかましていた。髪の毛が机上から垂れ下がり、ランチクロスの余りのようになっている。一応貴族の出らしいが、あれでいいのだろうか。
そして以前から少し気になるのが、依然としてただじっと睨んでくる霧崎暁。
何か声をかけた方がいいだろうか。単純に、別に吸血鬼の事では無く困っているだけかもしれない。外側からかけてくる会話には乗れるが、自分から会話をかけにいく事はこれまであまり無かったから動きにくい。
「然し恐れていては何も始まらない。こちらは誠を保護しつつ、事件の犯人を殲滅する。そしてその過程で聖職者に俺達まで悪では無いと示す」
「そう上手く行くかどうかだがな」
「・・・誠?」
レイジがこちらに顔を向ける。
「ぼーっとしていたか?昨日から徹夜だしな、無理は無い」
ああ、そういえばそうだった。
あれから半日も経っていない、情報量の多い日だ。
「確かに疲れたかな・・・」
右腕を見る。
夜とは違う、いつも通りの右腕。
だがそれはこれからの日常に変化を及ぼすだろう。
形に現れないだけで、僕の世界は変わってしまった。
「おーい海斗。昼飯買いに行くぞ」
そんな思いに耽っていると、一人のクラスメイトが海斗の肩を叩く。
腰のベルトに財布やスマホ、貴重品をブラブラとぶら下げている、変わった様相の男子。名前は徳道宏斗。物を無くしやすいからずっと体に付けておこうとする思考の男だ。
「そういえばさ、朝霧。海斗達がこの前転校してからやたらお前と一緒にいたよな、もしかして昔からの知り合い?」
「まあ、そんな所かな」
どういう設定になっているか不明瞭の為、少し言葉を濁す。
「やっぱりか、どういう出会い?」
「うーん、死にそうな所を助けられた、みたいな?」
事実、そうだ。
「朝霧って、結構冗談言うキャラなんだ」
「あはは・・・」
僅かな間が開く。
そもそものコミュニケーション力が不足している為、どう繋げていいか分からない。
「よし、えーと、名前何だっけ?」
海斗はごく自然な冗談のように宏斗に尋ねる。
「徳道宏斗、そろそろ覚えろよ」
「すまん、後金が無いわ」
「たかる為にわざと金が無い?」
「違えよ」
二人の会話の応酬を眺める。
対応の差というかなんというか、なんだか自分がいたたまれなくなってきた。
そういうキャラだという区分分けも、自分には無い。ただ周囲と何となく同化しているような、中途半端な存在だ。それは一箇所に定住しない事にも言える。
そうして二人は、僕らの付近から離れていった。
「レイジと海斗はさ、今まで友達って出来た事ある?」
ふと、気になって聞いてみる。
僕はこれまで無意識に他人を避けてきた。
だからすぐ、改竄こそすれど普通に話し合える海斗が羨ましかったのかもしれない。
「ちゃんとした友人はまだだな。それこそ海斗くらいだ。だから、これから皆と仲良くなればいいさ。誠は人と距離を置いているのか?それじゃあラブ&ピースは達成できない」
気丈なポジティブ思考から発せられる言葉が刺さる刺さる。
僕もいつかそんな考えに至れたら良いのだが。
「海斗はさ、これまでずっと誰からも差別されてきたんだよ」
海斗が完全に教室から消えたのを見計らい、語るレイジ。
「あの仮面は、その償い」
差別、償い。あの仮面の裏には一体どんな物が?
「嬉しいんだよ、誰かと仲良く出来るという事自体が」
誰かと仲良く。
そういえば、マユの方は今どうしているのだろう。
然し行った所とて何の話をしたらいいか分からない。
仲良くなる方法。
僕は親や親戚とすらも、転々としすぎて仲良くしかたを忘れてしまったんだ。
そうして時間は過ぎ、昼休みに突入する。
依然として霧崎暁は僕らを見ているだけだ。だがそろそろ、レイジ達にも彼の存在を伝えるべきだろう。
と、思った矢先に。
「飯にするか」
と海斗が机をバシバシと叩いた。
見れば、彼の机に宏斗が菓子パンを広げている。海斗はご飯を食べられないとするなら、以外と甘党派閥なのか、宏斗は。
「スタンバイ完了、海斗、早食いデュエルの開幕だ!」
勝手に開戦の狼煙を上げる宏斗。
全く、どうして形式的には会って間もないのにそんなに意気投合出来るのか。
「結構すぐ馴染んでるね」
「まあ、まずは人との生活に混ざっていかないとな。折角高校に来てるんだし。人が多い場所ではまず俺達は狙われない、一石二鳥だ。下手に動くより安全かもしれない」
「それにこっちは妹さんとお近づきになれるかもしれないしな」
「レイラに取り次ぐ為に俺と仲良くなったわけじゃ無いだろうな?後俺の妹じゃなくてレイジのな」
照れながらレイラを見る宏斗。
「・・・」
確かにレイラは整った顔立ちだし、銀色の髪も更に彼女の持つ貴族めいた雰囲気を助長させている。
そして、黒を基調としたブレザーと銀髪の親和性が異常に高い。これは清楚系の極致ではないだろうか。
「あなたと何を話す事がありまして?」
然し、宏斗を突っぱねる彼女。冷徹な防壁は堅いのだ。
こうやって、周囲が話しているのに疎外感を感じる事が多かった。
だけど今は、そこにいる、という事が楽しかった。
何でそう思ったのかは分からない。
半ば無理矢理周囲の机がくっつけられ、宏斗を含めて五人の昼食が始まった。
まあ、食べているのは宏斗だけなのだが。
正直あまり話した事が無い人が一人交じるだけで、僕は何とも言えない気分になる。
「あれ、食わないの?」
メロンパンを貪りながら宏斗が問う。
「少食だ」
3人、口を揃えて同じ文言を発する。
「海斗、お前が飯食うって言ったのに何だそりゃ」
「飯を食う場を作っただけで、その後は自由だろ」
こんな会話を見ていると、端から見れば人間と吸血鬼の違いも最早分からない。
「海斗。やけに上機嫌だな」
「この仮面、イケてるって褒めてくれたんだよ」
そう声音を高くして海斗は語る。
「そうか、良かったな」
しみじみと何かを胸に感じているようなレイジの表情。
彼の仮面の下には、本当に何があるのだろう。