第4話 「匿い先」
「ちょちょちょ、勝手に入ってきて何なんですか!!ぞろぞろと!!」
「ハーフが見つかったんだろ?レイジがここ集合って言ったのにさ」
「お兄様はいないの?あなたは誰?」
「いや、それこっちのセリフですからね・・・?」
頭の中に声が流れ込んでくる。
近くから声が聞こえるという事は目覚め始めの合図だ。
目を開く。
見ると体に申し訳程度に小さな毛布が敷かれていて、少し皮が剥がれボロついたソファに寝かされていた。声は下から聞こえてくる。
周囲を見渡せば、積み上げられた段ボール箱、ホコリが重なりすぎて少し白く見える木造の箪笥。ホコリでは無くカビかもしれないが。
天井には、豆電球が橙色に光っていた。
おそらくここは物置代わりの部屋なのだろう。
空気が悪い場所なのもあり、取り敢えず一旦外に出る事にした。
ドアノブを引っ張り、軋み音を立てて建付けの悪い扉を開く。
ここは2階のようで、下から何人かの騒ぎ声が聞こえる。さっきの声達だ。
家屋は吹き抜け構造になっていて、上の廊下から下の景色が見える。
こちらの天井には、風車型の照明が糸に吊られ宙に浮かび、ここを照らしている。
「あなたがお兄様のお眼鏡に叶った人」
下から、こちらに向けた声が聞こえる。
声だけでも案外こちらに問われている事が分かる物なんだと思いつつ、階段を降りる。一階には丁度いい配分で並べられたいくつかの椅子や机がまばらに置いてあり、窓際には小さな調理場のような物が構えられていた。カフェか、ご飯屋か何かを営んでいるのか。
「えーっと、大丈夫ですか?」
今時珍しい、黒色の割烹着を着た少女が話しかけてくる。
実物を見て気付いた。割烹着はエプロンみたいだと思ったが、実際は下の方がヒラヒラとしていてスカートのようだ。中には白い無地の部屋着を着ている。
部屋の内装もあり、ご飯屋の制服みたいな物だろうか。
そして服装とは真反対に、腕を組んだ佇まい、強い声音。それは気の強いイメージを僕に想起させた。
「まあ、大丈夫です」
右手を見る。
腕は以前の姿をすっかり戻していた。
「服!血だらけの洗っときましたから感謝してくださいね。特別に、血の理由も聞きません。レイジさんの吸血鬼のお話なんて知りませんから!」
彼女は感謝の意を示してほしいのか、わざとらしく声を大きく発する。
そして、清々しいまでの逃避宣言。
そういえば今来ている服はなんだ、と思い気付く。
自分は今、水色のパジャマを着ていた。
「ありがとうございます」
自然と言葉が出ていた。
「私、天内マユです。ここのご飯屋さんで育って働いてます。早速で悪いんですけど、この人達は何の何の何ですか?」
自己紹介をした後、二本の指で彼女は奇妙な衣装を着たそこにいる二人を指差す。
片方は頭に蜘蛛のシルエットを象ったティアラを被り、そして蜘蛛の糸の、放射状の網目を模様としてまぶされた紫のドレスを着ている中学生くらいの少女。靴はヒール、それは白骨化したサンゴのように白かった。その姿はさながら蜘蛛の擬人化だ。
もう片方は、顔の右半分を機械で出来ているような仮面で覆った男。
丁度右眼のあたりで、仮面にデザインされている複眼が緑に輝いている。そしてその眼に接続されているかのように複眼に向けて無骨な銀色の管がひかれている。
服は少し色が落ちた茶色いトレンチコートと、ジーパンを履いている。ジーパンも同様色が飛び、薄い白色に変色していた。
「いや、それはこっちのセリフです・・・」
僕の気まずさなんて無視して、二人は適当な椅子に座り紅茶を啜っていた。
白い陶器のようなティーカップ。黒を基調とした二人には妙に似合う。
「私は牙崎レイラ。レイジ兄様の妹」
「断 海斗だ。以後お見知り置きを」
こちらを見ずに、二人は紅茶に名乗る。
僕は特に何か返す事が出来なかった。
大体、向こうもこっちぐらい向いてくれないとコミュニケーションを取れないし。
ここはコミュ障達の空間だ。
目のやり場に困り、適当な壁を見る。
そこに丸いデジタル時計が掛けられていた。時刻は午前4時。
まずい、一回おばさんに連絡しなければ。
僕はそこに暮らしている人間ではなく、あんなでも今そこに暮らさせて貰っている人間なんだから、連絡も無く帰らないのは失礼だろう。
「ちょっと一回親族に電話しても?」
そう言うと、彼女、マユさんが時計を見る。
「あ、ごめんなさいもうこんな時間!ご家族絶対心配してますよ。所で誠さん、ですよね?レイジさんとあの人達から名前を聞いたんですが。あの、今って何歳ですか?」
これまた直球な質問。
「17です、高校2年生」
「あ、なんだ。別に敬語使わなくていいじゃん。同期じゃん」
彼女ははーっと息を吐き、明らかに態度が変わる。そういう事ならこちらも特に気を遣う必要は無さそうだ。
メッセージアプリを開き、おばさんとのチャット欄を見る。
向こうからは特に連絡は何も無かった。
それを後ろからマユさんが覗き込む。
「高校生の息子が次の日の朝まで連絡無しで帰って来なくてさ、それで親からの連絡なしって寂しくない?」
・・・厳密には親ではないけど。
改めて考えると、そうかもしれない。
僕はあくまで仕方無く親戚に預かって貰っているだけだ。
人間は、動物のようにどこかに捨てるわけにはいかない。
「いや、家族が誰もいなくて。親の親戚だった人達の家を頭下げて回ってるんだ」
「親いないって、私と一緒だね」
どう返せばいいか分からず、沈黙が走る。
そこへ場の沈黙を破るように、カランカラン、と入口の鈴の音が鳴った。
そうして入ってきたのは、さっき共に戦った燕尾服の男、牙崎レイジ。
「お兄様〜〜、お帰り!」
レイラと言ったか、彼女がレイジの胸にまるでリレーのゴールの帯を突破するかのように飛び込む。
「レイジ、奴らと交戦したのか?左腕に傷跡がある」
「ああ、ただいま。少し聖職者の人間とぶつかってね。だが問題ない、吸血鬼の巣も一つ潰せた事だし」
レイラの頭をポンポンと軽く触りながら、彼は僕の横まで来る。
そして、静かに呟く。
「誠、無事で良かった」
そう言う彼の顔は、本当に無事で良かったと思っていそうな優しい顔だった。
「で、吸血鬼の未来を救うって言っても。出来る事はあるの?何も知らない唯のハーフだよ」
そう、例え自分が吸血鬼だとしても、吸血鬼なだけだ。
「ああ、その事だが。少し昔話をしよう。
吸血鬼はな、これまで幾度となく人間、もとい聖職者に狩られてきた。
今現在日本に残っているマトモな吸血鬼は俺達のみ。
同胞は皆、自分達を狩り続ける人間への復讐に駆られ狂っていった。
彼らは人への恨みという牙を研ぎ続けたんだ。そしてそれは人間もだ。
吸血鬼に襲われた人間は恨みの牙を研ぎ続け、聖職者と名乗る武装集団を中世の時代に作った。
吸血鬼はほんとは人を食ったり、襲ったりする必要は無いんだよ。蚊のように、ほんの僅かな血を拝借するだけで生きられるんだ。だが誰かが、ある日突如ヒトを食った。それから争いが始まった。
なんで食ったりしたか、俺には理解出来ない。
だがまぁ、人はそういう野蛮な種族だと俺達全てを定義し討滅の対象とした。害獣と一緒だ。だからそれに皆怒ったんだろう。
全ての吸血鬼が悪い訳では無いのに全員処刑を掲げられたからな。
なんでその定義を払拭する為にも平和的に、人様にも迷惑をかけない世界を作る。
今世間を騒がせている殺人事件を引き起こす狂ってしまった吸血鬼の退治。
そして俺達を所構わず処刑する聖職者との和解。
俺達は、吸血鬼の未来の為に人を愛しに来た。愛さえあれば未来を変えられる。ラブ&ピース。そしてそのキーは、ハーフである誠だ!」
偶然会った存在がキーとは、行き当たりばったり過ぎないか?
「レイジは、なんでそんなに吸血鬼の世界を作ろうと?」
「俺は吸血鬼世界最期の皇子、牙崎レイジだからだ」
彼は依然として、至って真面目な堅さでそう言った。