第16話 「誰かのために戦う事は」
あの校庭での合議の末に、レイジ一行はその先生が迷い込んだ異空間のような場所を調べて見る為に、ワープさせられた寺付近に向かう事になった。僕は何故か無性にレイラの態度が気になり尾行、その結果はビンゴだった。
城崎ケイジ。マユさんの、おじさん。彼とぶつかるレイラ達。
こっそり窓から埃っぽい屋根裏に入り、階下を観察していたが下で繰り広げられる話の内容にいても立ってもいられなくなり僕は骨折る覚悟で戦が始まりかける下界へ飛び降りた。
片手を突き出しダイブする。鬼の手の発動には、体の血をコントロールして一箇所に集中する必要がある。前のように相手から切断され、鬼の腕として再生されるのを待つのでは痛い。だから、方法を少し考えた。血を集めたい部位を文字通りピーンと伸ばしたら良いのではという安直な考えではあるが。
黒い染みが随所に付いた畳におよそ2階に位置する高さから地に手を付き着地する。
・・・腕が痺れると同時に、黒いヘドロとねじ曲がった牙のような物が右手を覆う。
成功だ。
「・・・朝霧君まで」
「ごめん、話全部聞いた」
吸血鬼の餌にされ続けた人生。自分が身を置ける場所を用意するのに、孤独な少女はそうするしか無かった。これは、僕は吸血鬼が悪いのでは無く、彼の在り方それ自体が悪いのだと判断した。
レイジ達の目指す平和な世界に、醜悪な鬼は邪魔だ。吸血鬼に肩入れしている訳では無い。それでも、僕はそう思う。
「吸血鬼の未来を作ろうとしてるダチの邪魔すんやったら、殺すわ」
城崎ケイジの右肩から翼のように血管の管が顕になっており、それを近くに並べてある小さな女の子の死体二つに突き刺す。
「聖職者を殺せ、私の可愛い子供達」
血管は鞭のようにしなり、フリースローの如く死体を僕達の後ろにいる暁と九条へ投擲する。子供の体と言えどぶつかれば衝撃は生易しい物では無い。投擲の勢いもあり、二人は家屋の入口の扉を破り外まで飛んでいく。
「スペア!そっちはなんとかしなよ!」
右方向へ飛んでいく人間達とは反対にこちら側へ一本の刀が投げ入れられ、丁度レイラさんの横へ着地する。何でもそうだが、重い、重量感を感じさせる武器が放つ本物、だという感覚は人を畏怖させる物がある。この刀も例に漏れず、刀身が銀色を超えて付近の窓外の日の照り返しも受けつつ蒼銀に光っていた。
だが、その威圧感とは全く無縁の存在が一つ。鍔の部分に紫と白、二つの流れ星のストラップが付けられていた。
レイラが、地面に刀身を引きずりながらその刀を持ち上げる。
「誠さん。初めての共闘戦前ですが、行けますね?」
「・・・うん」
間を置かず、
「これぞ人間爆弾ってね。血の目潰しだ、血に溺れちまえよ!」
衝撃が準備を待たず顔面にぶつかる。先に暁達に投げられた人間だ。殴打されたような感覚で、鼻の中が鉄の匂いで溢れる。
その瞬間、目の中で赤い川が流れた。世界が赤い。世界が正しく見えない。人間が目の前で血を吹いて爆裂したようだ。
これが狙いか。
ご丁寧に説明してくれて・・・!
どう動けばいいかわからず千鳥足になる。それでも間髪入れずに次は死体を武器とした殴打が始まる。
頭上の豆電球が割れて、頭にガラスが刺さる。見えないという不安で動けずにいた思考が少し形を戻す。
この血を拭う方法。
目を一度潰せば、リセットが聞くか?
そう思った途端、横で水が破裂したような音が聞少し聞こえる。
「誠さん、目を潰してください!」
恐らく、レイラは自分の目を刀で切り裂いた。
「ええ、でも痛そうだし、なんかで拭けないかな」
「見えないんだからしょうがないでしょ、どうせ後で戻りますから!」
全く凄い。思い至れば即実行、僕とは全く違う。
友達を助ける為のその精神力は見習わなければ!
右腕で両目を殴り、眼球を破裂させる。
そして、即再生!やはり僕の再生力は他の鬼より早いようだ。
ケイジの持ち手からナイフのように突き出される先が鋭利になるよう加工された死体に、自身の右腕を突っ込み走りながら破壊する。恐るべき事か、彼は片手で人の死体を持っていた。
腕の武装を使用している以上、次は新たな芸当を繰り出さねばならない。
足だ。腕が出来たならば、足だって出来るはずだ。
僕の右腕が死体を裂いたと同時に、足に血を集中させる。
前に踏み出している分、腕より足の方が相手に当たる速度が早いだろう。
右腕が生暖かい。腕に生えている牙が、その死体を破壊する。
一歩走る度に、血が飛散する。良かった、僕が既に吸血鬼で。
そしてそのままの勢いで僕は左足を胸元めがけて振り上げて・・・
「残念!」
胸を蹴飛ばした足先が爆裂する。
彼の胸元に、苦悶の顔を浮かべた顔のような模様が一瞬浮かび上がり、それは消えていく。
「死体を吸収して・・・?」
身体を守っている?それで僕の足は吹き飛んだ。人間爆弾によって。
「そう、死体は腐っとる。だからな、いくら壁に使っても逆に劣化せんねん!」
その言葉に、レイラは刀を重さから地面に差しながら毒付く。
「私の毒は、腐った物も腐らせる」
いつの間にか、ケイジの後ろに操り人形のように首をダランとぶら下げてただ指示を待つだけになってしまった死体達がいた。
「あなたみたいな女の子をそんな風に扱う腐った人だって・・・!」
刀で自身の素肌を切り裂き、少し紫がかったレイラの血が刀身に付与される。その毒刀を振るうと同時に、死体は軒並み溶けていく。その手の勢いを維持したままケイジに斬りかかるも・・・
再びその攻撃は吸収された人間に肩代わりされていた。
外部からの攻撃は、あまり届かない。
なら、どうすれば。そうだ、一つ試せるかもしれない。
「牙崎さん、レイラさん?」
彼女をなんと呼べばいいか分からない。直接呼んだのは初めてだ!
「僕の右足をあいつの胸元に蹴りを入れた時に切って、考えがある」
刀を指差す。
「右足を吸収させる。外側のガードが強ければ、内側から叩こうと思って」
そう、足が吸収されるのならば、ケイジの体の一部としてそれは内側で再生されるかもしれない。
「それって養分になるだけじゃ無いですか?それに、そうなったらもう一回再生できるか分かりませんよ?」
「いや、どうせ後で再生するから多分!」
この再生力には助けられた事がある。なら、今度だって。
僕は再び、左足で相手の胸を蹴り上げる。
「学習能力無いなお前は!不登校のマユより頭悪いぞ!」
それと同時に、刀は彼ではなく、僕の足を抉る。
すかさず足はケイジの胸元にそのまま流体の如く流れ込んでいく。
「なんだ、わざわざ養分になりに来たって訳か?」
否。
再再生が始まる。
彼の肌身の内側で、僕の足は形を得る。
そう、丁度臓腑に突き刺さる形状で。
「マユさんに謝れ、僕はそういう時に不登校を引き合いに出す奴が嫌いだ」
足に外の空気が当たり、ケイジの身体には掘削されたように穴が開く。それは丁度、人で言う心臓の位置を穿つ物。
「クソッ・・・人のガキなんか預からんかったら良かったわ・・・・!」
じわりじわりと体が溶けていき、それは更に灰へと一瞬で変わっていった。
○○○
崩壊した屋根の隙間から、太陽の光が強く差し込む。光に照らされくっきりと見える埃が宙を、頭上を舞っている。
「私、一人でお店やっていかないと行けなくなっちゃったな・・・ もう頼れる身内もいないや」
天を仰ぎながら倒れるマユさんを、僕も横で倒れながら見る。力を使い切り、体が動かなくなった。
彼女は空が眩しいようで、顔を右手で覆っている。左手は切り傷や噛み傷のような物で傷だらけになっていた。
「ごめん、マユさん。何も知らなかった」
そう、本当に何も知らなかった。
今までそんな素振りも全く見せなかった。ともすれば、あの溌剌さはそんな辛さを隠す為の、偽の感情。
「うん、ありがとう。一人になった責任、取ってよね・・・」
動かなくなりかけている僕の体に、マユさんが傷だらけの手を口元まで持ってくる。口内に広がる鉄の味の感覚。体の機能不全が回復し、上体を起こす。
僕に出来た友達。それに、帰る場所。僕を匿ってくれた彼女を、今度は僕が守る。
心の中で、そう決意した。
一人になった責任取って、とは魔力のある言葉だ。僕の顔と心は、いつもより高鳴っていた。顔も火照っているし、心臓も少し鼓動を強めている。
黒焦げで原型が失いかけている家屋に更に亡骸の灰が雪のように舞い、地面に積もる。
「ねえマユさん。なんであなたと会ってすぐの私がこんなに必死にって、思いました?」
そんな僕をよそに、息切れを起こしながらマユさんの傍らで座るレイラが彼女に聞く。目の再生がまだ進んでいないようで、瞼は開かれていなかった。
「いや、そんな事、思ってないよ」
「それはね。私の、初めての女の子の友達だから」
マユさんの否定を無視し、彼女はその訳を言う。
友達。誰かといる為に戦う事が、自分の力となる。それは、僕もだ。
「そうなんだ、私と一緒だったんだね」
レイラとマユさん。二人は互いに傷付いた腕を握っていた。
「君達でも、復讐とか以外の何かの為に戦うもんなんだね。僕も教えに従い戦っている身だ、だから」
「だから?」
九条の鋭い返し。このムードを邪魔されたのに怒っているのだろうか。
「何でも無いさ、互いに信念の元に戦っているよしみだ。少し共闘を張ろうか」
「勝手に一緒にすんな、あんたは教えに従ってるだけだよ」
「・・・まあ、そうだな。友達の為、ね」
いつもは自信に満ち溢れているような暁の顔が、空からの日に照らされているのに暗く見えた。
「ケイジさん、死んでしまいましたか」
突如、薄い紫色のオーロラが模様のカーテンのような物が現れ、そこから黒のジャケット、青のネクタイのスーツを着た男性がこの空間に割り込んできた。
突然すぎて、誰も行動を取れていなかった。
「彼の遺灰を回収しに来ました。これでも友人です、せめて墓くらいは作ろうと思いましてね」
地面に散った黒い塵を僅かにすくう。
「吸血鬼の未来の為に、息子の為に」
「お前、なぜこの街に根を張っている」
暁が彼に問う。
「吸血鬼の存在が良しとされる世界の構築、その為のテストです。その世界の実現の為に私達の否定派を殺し人間達を吸血鬼とする。私の息子が平和に暮らせる世界の為に」
息子の為。それが彼の理由。
その目的は、レイジが掲げる物と似通っていた。
「じゃあその息子は生きているって訳だな」
「はい、朝霧誠って言うんです。良い名前でしょ?君達とはいずれ争うでしょう、またいつか」
彼は消えていく。カーテンのような物もゆっくりと薄らいでいき形を消していった。
話の流れの中に自然に、唐突に含まれた、僕の名前。
じゃあ、眼の前にいた彼が、僕の・・・?