第15話 「今と昔、凍った心」
かつて、お兄様と私は次代の吸血鬼の当主の座に将来なる皇族として、父の持つ城のすぐ近くにある小さな一軒家で暮らしていた。城の前にはとりどりの店が立ち並ぶ長い道、そして城下町が広がっていた。朝と昼に寝て、夜になれば活動する街だった。こっそり血を吸いに出かけられる時間だからだ。基本、みんなは人様には迷惑をかけないように立ち回っていたように思う。
父はプライベートと仕事を混同するのを嫌っていた。それは住む場所も同様だ。だからそんな中で、高級な暮らしではなく至って普通の暮らしをささやかな幸せと共に享受していた。
だが、そのすぐ近くにあるのが原因でその幸せは崩れた。
聖職者達の侵攻があった。
その時に、城に攻め入られる時に、その強固な門を開ける為にまず私達の家が破壊された。
崩れ、燃える家屋の支柱に兄の足が挟まれた。
私達にはまだ自分の能力が芽生えておらず、彼らの前には酷く無力だった。そして倒れた兄の眼の前で、私はあろう事か聖職者の一人に凌辱された。殴るも蹴るも、まるで子供の戯れのごとく無意味だった。それに実際私は子供だ。仕返しとばかりに私が拳で殴れば拳を刃で刻まれ、蹴れば足を折られ青く滲んで動かなくなってしまった。なまじ私達は生命力が高い。二人で苦しみ続けた。
その時私は思った。相手を倒せる外へ向けられる力が自分に無いのなら。私の中の全てを武器にすればいい。傷付けば傷付く程、お兄様を、自分を守れるのならそれでいい。私の中身はこの一瞬で汚れたから、今更の事だ。
そう思った途端。
ミキサーのように刻まれ続け形が保っているか怪しくなった手から流れ出る血が聖職者の白い外套の裾にかかる。
すると、私の腰を掴んでいた聖職者の手は文字通り、紫色に変色して腐り落ちた。手の中の骨まで砕けていた。
そして彼の顔は赤黒くなり萎んでいく。
吸血鬼の体液を大量に浴びた物が吸血鬼となる。その為に聖職者は各々の正装防護服を持っている。然し私の血は、例え一滴でも聖職者の防護服をも貫通する物だった。
事が終わり、私は支柱を自分の体液で溶かしてお兄様を助けた。
嬉しかった、お兄様を守れたと。それが私の毒蜘蛛を象った力の始まりだった。
ただ。この力は体の中を毒へと変える。それは主に神経に作用するようで、私の心はどんどん何かを失っていくような喪失感を感じるようになっていき、やがてそれすらも感じなくなった。言わば神経麻痺、不感症だ。
久々に過去を回想する。そうさせたのは、眼の前の光景が原因だ。
家屋の中は黒い何かが染みた畳が広がっている和室がただあった。人が住む場所と言うより、倉庫みたいな物だろう。
和室内の左右対称に綺麗に人の死体が10人程並べられて安置されていた。そしてその葬列から外れて隅で倒れている女の子、マユさんと。
昨日、マユさんのおじさんを名乗っていた男が窓際の木椅子に座り私達を眺めていた。
「レイラちゃん・・・」
「マユさん、何が」
「献上物だ、リーダーへのな」
男が立ち上がり、手を軽く叩きながら話す。
「自分の食い物係としてきた奴がこんな形で役に立つとはな。マユ、ずーっと俺に血を吸わせてくれもんな。それは俺の事が好き、だからだろ?あんな立派な飯屋も料理を教えたのも俺だ、感謝しろな」
「そう、です。それがいつもの事です」
「最初は流石に嫌がってたけど痛めつけたらすぐ大人しくなってんな」
マユさんの目には、学校で見せてくれた輝きが無い。煌めきに、影が落とされた。
「こいつはこれから吸血鬼になる物、それに吸血鬼の母体としてもちゃんと育ってくれたわ。まあマユには帰る場所なんて無いから、追い出されたら困るもんな。それに血を吸うってのは恐怖を縫い付けてくれる。おっと関西弁がついつい出てまうな、やっぱり住んでる期間の長さは大きいぜ」
「ごめん、レイラちゃん。私全部知ってたんだ。吸血鬼がいるっていう事も。血を吸う事も。だから血をあげる事に何の抵抗も無かったの、これもいつもの事だから」
倒れているマユさんは、ただ、事実を告白する。
「いつもみたいにするだけや」
そしてそんな彼女の頬が掴まれ、結ばれた唇の壁を破るように舌が入れられる。血を嚥下させて意志のある吸血鬼にする気だ。然しそれは抵抗すれば弾かれる物。
だが、そんな抵抗をマユさんにさせる前に・・・!いつもいつもいつもって、そんな事をいつもにするんじゃない!!
「マユさん。私が、守ります」
このかつての惨事を思い起こすような状況に、凍った心は凍っている場合では無くなったのか、心臓が脈打っていた。
思えば、始まりもお兄様の為に、誰かを助ける為に能力を得た。だから、私の生きている実感というのは、結局誰か親しい人といる事なのだろう。凍っていて気付かなかったが、それが自分だ。
でもそれでいい。その為に、マユさんを助ける。
「救助は私が行う」
マユさんの元へと動き出す暁に反応し、手を突き出す彼に合わせるように九条さんが一歩前へ出て、刀でその右手を凪ぎ飛ばす。その反動でマユさんはこちら側にふっとばされて来た。
「全くおぞましいね、このロリコンが!」
「事実上娘に何しようが俺の勝手だろうが!!」
心の熱が駆動音をあげていく。
すると、天井を一部破る形でもう一人の、人と鬼、半分の混ざり物が飛来する。
「マユさん・・・!」