第13話 「街を脅かす者達」
結局の所、人間のご飯を彼らは食べらず朝を迎えたようだった。
僕は寝ていたので分からないが、昼休みに給食を残して居残りで食べているような雰囲気になっていたのかもしれない。
またマユさんの血を飲んだのだろう、朝起きたら輸血パックをごくごくと飲んでいる海斗を見かけた。
そういうのって僕の目から見れば倫理的にどうなのか、となるが吸血鬼はそうでもないのか。
いやいや問題はマユさんだ。なんであんな簡単に血を差し出せるんだ?
・・・何か悔しい。
マユさんのおじさんに学校の門前まで車で送ってもらった。
車から出しなに、
「マユとこれからも仲良くしたってや」
と言っていた。
彼女は学校が始まる前に少しだけ用事をすませてくるらしく、そのまま車に乗っていった。
○○○
学校、自分の教室へ着く。
朝礼五分前なのもあり、坂本先生が既に教室にいた。
昨日の深夜に会ったばかりなのにご苦労な事だ。先生は実質昼勤と夜勤の生活だから。その顔は疲労もあるのか、青く黒くなっていた。
今日の教室に暁はいない。彼は、サボりか鬼退治だろうか・・・
「顔色わりいな、死にかけのジャガイモを見てえ」
海斗が先生を見て呟く。
「死にかけのジャガイモなんて見た事ないよ・・・」
自分の席の近くまで来ると、同じように近くで九条が机に荷物を置いていた。
と、彼女を見て思い出す。
そういえば、九条も聖職者だとサラッと話されていた。
然しこの話題を直接触れるのは明らかに不味いだろう。二度見だけして自分の席に座る。
彼女の視線。
かえって怪しまれた。
先生が青い顔のまま朝礼を始める。
その第一声は、
「実はなんだが、徳道宏斗君が亡くなってしまった」
クラスが静寂に包まれて、徐々に騒ぎの波が広がる。
かくいう僕も面食らう。
「なんでですか?」
と一人の生徒が尋ねる。先生はその質問に答えられなかった。
「もしかして、吸血鬼事件って奴ですか?」
再び一人の生徒が声を発する。先生は言葉こそ発さないが、顔が物語っていた。
それを聞いた途端、
「ほんとにいたんだ」
「もしそうだったら、死ねよ」
と小さく怒りを噛み殺したような呟きが聞こえる。恐らく宏斗の友人だろう。
近くの人間から犠牲者が出たのは僕にとっても初めてだ。
レイジは小さく、「すまない」と呟いていた。
「お兄様、マユさんの所へ行きます」
朝礼が終わった後、椅子に座る兄の頭に長い銀色の髪が少しかかる。
すると、レイジはその彼女の様に驚いていた。消沈した顔から、驚きの顔へ変化する。
「レイラ。生きている実感、掴めそうなのか?」
「まだ分かりません、でも行ってきます」
そう言って教室を出ていく。
「生きている実感って?」
僕は聞いてみる。
「レイラはな、恐らく心、感情が麻痺してしまったんだ。幾度の戦争を幼い頃から見てきたのと、彼女の能力にも少し原因がある。それからずっと、自分の存在を求めているんだ」
そう言われれば、確かに彼女は常に落ち着いているし、静かだし、まずあまりちゃんと話した事が無い。でも、初めて見た時はレイジに抱きついていたような・・・?
「レイジ相手だとそんな風には見えないけどね」
「実質、俺の存在それ自体がレイラの存在証明、自分の心の拠り所になってる所がある。悪く言えば依存だ。だから、俺がずっと守ってやらないと駄目だ。あの子が一人立ち出来るまでな」
「じゃあ、もしそうなって反抗期とかになるのって、怖くないの?」
ふと気になった。
ああいう子の反抗期は反動でヤンキーみたいになるか、氷のように無視をされ続けるかのどちらかだろう。
「俺は寧ろそれを望んでるのかもな。おかしいけどな、海斗にも言われるんだ。優しすぎるって」
・・・僕だって言う。やっぱりレイジは優しいやつだ。
だからこそ、さっきの何気ない一言でも傷付いてしまう。
「優しくて、良いと思うよ」
そんな彼を肯定して励ましたくなった。
「ああ、そう思えるような未来が来れば、それでいいさ」
レイジの顔は、卒業アルバムの一ページを飾れそうないい笑みを浮かべていた。
「お兄様」
十分も立たない内に少し小走りで、レイラが戻って来る。
「マユさんが、学校にいません」
○○○
私、坂本はこっそり学校を早退した。
サボりでは無い。休憩だ。
まあ、担任とは言えど私が担当する授業は今日ほぼ無い。問題無いだろう。
昨日の夜勤分の時間休みたかったのだ。
それと同時に、自分自身の弱さから逃げたかった。
起きてしまった生徒の殺害事件。
私が手出しできなかった奴らが殺してしまったかもしれないと考えると思考が混濁していく。暁君のようには私は出来ない。
第一、動機も無い。
教員試験に落ちて無職を続けていた私に、偶然巡り合った仕事のチャンスが聖職者だ。ある日、吸血鬼に襲われ彼らに助けられそのままこの世界に流れてきた。
昔からヒーローが好きだった。
今の口調は、かつて見た特撮ヒーローに出てきたすこしスカした知的タイプのキャラの物を真似ている。
だから自分が選ばれた時、その時は嬉しかった。
だが仕事というのは、なりたいという理由があってする物だ。
なしくずし的になった私には彼らと戦う覚悟が備わっていなかった。然し人は守りたいという変なプライドは持っている。教える事が好きで教師になりたかった、かつて自分が体験した学校生活を今度は見守る側になりたかった。かつて不登校だった私に手を差し伸べ世界へ戻してくれた先生のように。
その延長線だろう。自分に見合わない、半熟のプライドだ。
寺に来た。
散歩していると、気付けば行き着いていた。
寺の隅の小さな区画に、石造りの墓がいくつか屹立している。
墓に名前は刻まれていない。無縁仏と言う奴か。
そんな墓をよそ目に歩いていると、気付けば周囲には文字通り、何もなくなっていた。
「お・・・?」
寺が消えている。
周囲には紫色の霧がかかっている。さっきまで昼だったのに、夜になっていた。
辺りには本当に何も無い、ゲームのバグで入れる世界のような虚無の空間。
ただ地面は寺の道のような砂利で出来ている。
いや、何も無くは無かった。
ボツンと、さっき見たのと同じような墓が立っていて、その前に二人の人影がいる。
一人はしゃがみ込んで、その墓と話しているようだった。
「今日の墓参りはこのくらいにしますか」
しゃがんでいる人が背後にいる人に話しかける。
「お好きになさると良いですよ、こちらには関係ない事ですから」
「仮にも友達なのに冷たいですね、全く」
立ち上がった時に私の存在に気付いたようで、軽く会釈して近付いてくる。
さっきまでしゃがんでいた人はスーツを着た男だった。特に特徴の無い、ごく普通のサラリーマン。だがその特徴が無い事がこの状況においては不気味だった。
もう片方の方も少し近付いて来たが、若干距離を置かれている。こちらも帽子を深く被っている為顔は分からないが男だった。
「お初にお目にかかります。私の名前は惑、とでもしておきましょう」
その名の通り、彼からは異質な感覚がする。そう、吸血鬼のような。
「ここは?」
「すみません、能力を制御するのが下手でして。幻を現実に侵食させられる力です、これが私の吸血鬼としての力」
私が言うより先に、彼はカミングアウトした。
まあ、こんな芸当出来る存在なんてそれこそ吸血鬼くらいだ。
「じゃあ、君達も人間を食ってるって事なんだね?この街の吸血鬼の急増は、知性のあるリーダーが種を蒔いたと私は推測した。君は只者では無い、即ち」
手先が震える。
彼はそれを頷きで肯定した。
「お前が弱いから生徒が一人死んだのかもしれないぜ?逃げた奴が食い散らかしたかもしれないぜ?それかはたまた俺達が食っちまったのかもな」
後の男がこちらを見ずに私の心の内を言い放つ。
「なんでそんな事をこの街で?」
「私は少々この街と馴染みがありましてね。里帰りです。私達は私達の存在を良しとしない物のみを殺します。即ち、私が唯一認めた二人以外の全員を例外なく人では無くさせる。死ぬか、鬼となるか。血を飲ませたら鬼は生まれますが、鬼になれる素質の無い、またはなっても弱い人は食います。だって可愛そうですので」
唯一認めた二人・・・?
少しひっかかる言葉について思案していると、彼らは霧のカーテンのようなベールに包まれ消えていく。
歩いていく後ろ姿と、声だけが聞こえる。私がそのベールに近付いても無限回廊のように辿り着けなかった。
「ではまたどこかで。お父さんは息子の為に頑張りますからね」
「忘れてたぜ、あんた息子がいるんだったな」
「はい、どこにいるか分かりませんがね。息子が平和に暮らす世界。その為に、更に強力な吸血鬼を引き入れる必要があります」
「候補はもう捕まえてるぜ、その為にこっちはこの街に戻ってきたんだからよ」
声は今度こそ消える。
これは、今のは絶対、私一人で抱え込んでいい案件じゃない事は分かった。