第11・5話 「聖職者に休みは非ず」
私こと、九条彩は聖職者である。
今日も今日とてこの街、信牙に感染る吸血鬼騒ぎの鎮静を目的とした吸血鬼狩りの仕事がある。
職場は非常にアットホームだ。
何故ならば、3人しかいないのだから___。
働き先の扉を開く。
信牙教会。夜の暗闇を意に介さない不夜城。
高校から徒歩20分。絶妙に遠い。
そのクセ仕事は深夜からしか出来ない物だから、授業終わりから今までかなり暇である。おかげで周辺の美味しい食べ物の店は全て覚えた。
一回家に帰っても良いのだが、生憎私は一人暮らし。
ずっと外にいた方が、電気代もかさまない。
扉の奥、神聖なるチャペルの光が、外の暗闇を侵食する。
「こんばんは」
声が聞こえる。
統制された茶色の長椅子に、一人の少年が座っている。
少し角張った眼鏡をかけて、同じ制服を着た、センター分けの所謂委員長ポジションめいた。
彼の名は霧崎暁。私と同じ聖職者。
漫画にでも出てきそうな名前だ。
「アイツらかなり手強いよ。大体、捏造の記憶を大量の人間に一瞬で植え付けられる時点でそこらの屍とは格が違う。僕らがかけてきた暗示より遥かに上だ」
そう。
私、暁、そして担任の坂本先生。
私達は元からここに住んでいたのでは無く、この街の事件鎮静の為に招集をかけられてこの教会に集まった。
違和感無く街に紛れる為には、一応の身分が必要だ。
その為に、自分の祈りの力を相手に振りまく呪いという形で転用し、「元から信牙高校の生徒である九条彩」という暗示を皆にかけている。
祈りと呪いは同質で、紙一重だ。
生徒、先生一人一人を追跡して催眠術めいたものをかけるのはかなり大変だった。
「で、三人に何か接近した?」
三人とは言うが、私が接近すべきなのは他にもう一人。朝霧誠。
吸血鬼達にやたら懐かれている彼もだ。
公共の場での吸血鬼討滅は禁止されているし、私もしたくない。
それにバレたくない。
なのに暁も先生も、朝礼から喧嘩を売りすぎだ。これじゃ私達はあなたの敵ですアピールだ。まあ、事実ではあるのだが。
私にも彼らには恨みの一つや二つはある。
「悪鬼と対等に言葉を交わす義理は無いよ、今日は偵察のみだ」
コミュ障を上手く隠しやがって・・・
暗示をかけただけとはいえこんな奴ですら学校には友達がいるんだよな。
人という生き物は良く分からない。
「そうそう、僕らはいつも暗示かけて人と仲良くなるから、ちゃんと仲良くなるっていう過程を忘れちゃってるんだよ。同じ教室にいるんだし、仲良くした方がいいんじゃないかな」
奥の扉から、教員用のスーツを着た先生が表れる。扉を開いた勢いで、付近の蝋燭の炎が少し揺れた。
その言葉に効いたのか、蝋燭の炎と同じように暁の体も僅かに揺れる。
「あまり関わらない奴と喋るの苦手って言ったでしょ。九条か先生がやって下さいよ。というか当たり前に喋るとか言ってますけど奴らは敵ですよ、どうしてそうあっけらかんといられるんです!?」
「暁君、自分で彼らを手強いと言ったでしょ。唯でさえ町の吸血鬼騒ぎを抑えなければならないのに、それより強力なの相手にしたら君達学生の力だけじゃ死んじゃうよ。先生として、正義を守るヒーロー坂本として、それは見過ごせないね」
「・・・それも仮の身分でしょ」
「仮だとしても、そこから生まれる自分の気持ちは本物だ。今日見たろ、奴ら、この高校付近まで行動範囲を広げてる。だからこそ、自分のクラスの生徒を守りたい気持ちは大切にすべきだ」
先生、厳密には先生では無いが。
は、そう胸を張って主張する。
それと確かに、私達が戦って死ぬリスクは高い。
まあ、そういう職場なのもあるが。
そもそも、ちゃんとした意志を持つまで成長する吸血鬼はかなり稀だ。
一般的な吸血鬼種族、その派生系の人狼、人間に血を混入させ生まれる屍鬼はまともな意志を持っていない。
みな、大量に血を吸い、取り込んだ血の影響で狂っていくからだ。
体内に他人の遺伝子が入り、自身の物と混ざって内部が破壊される。
血は吸血鬼の生命源だ。だがそれと同時にとてつもない快楽をもたらす物質でもある。いわば麻薬みたいな物だ。
推測でしか無いが、その中毒症状により巷で食人事件が起きている。
だから、吸血鬼はいずれ生きる為に取り込む栄養素により自滅に至る可能性が高い生物だ。それに関しては少々可哀想なシステム。合掌。
然しあの吸血鬼達は、自滅しなかったからこそ成長し、固有の力を得られる程に進歩したのだろう。
「吸血鬼討滅の為に集った、それが教会ですよね?吸血鬼は悪の手先なんですよね?実際彼らは人を食う生き物ですし。なら、それは世界を破滅においやる悪魔だ、今すぐにでも潰さないと」
「・・・聖職者になる人は、吸血鬼に家族を殺されてなった奴が多い。この街だけの出来事では無いからね。だけどね、そんな人から死んでいく。暁君も、恨みからかい?」
先生に子供をあやす先生のように聞かれ、暁は少したじろぎ主張が止まる。
「僕は、恨みはない。だが僕は教会の人間に拾って貰った孤児。だから僕の親は教会で、親の言う事を聞くのは当然の事だよ」
「それは、本当に君の意志?」
尋ねる先生。
「そう。吸血鬼を殺す。それが僕の使命だ。人を食う怪物、それが僕の友人、家族を殺すかもしれないなら・・・!」
勧善懲悪。
確固たる意志の表象。
その偏執的な悪を許さない在り方は、文字通り善良な神を信じる信徒のようだった。
「先生だから、生徒のやりたい事は尊重するよ。ただ無理はしない事。彼らだって私の生徒にいつか手を出せば、私が殺すから」
「いや、先生さっき震えてたじゃないですか」
「・・・あれは覚悟が満たんじゃなかったからだ」
「ガソリンみたいに言って・・・」
暁が呆れたと同時に。
突如、チャペルが赤い光に支配される。
ブザーの音。鳴り響く警告。
「見つけたみたいだ、出ようか」
吸血鬼にあたる目撃情報があれば、ここの教会に通知が行くようになっている。
または警察でも解決できないような状況が発生した場合、警察内の内通者から連絡が回ってくる。
普通の人間ではまず殺される世界だ、私達が最後の砦。
祈りの力だけを持っていても、彼らに刃は通せない。
教会製造の、自分の思念とリンクする装備、そして祈りを形にする器具が直接体に付けられている必要がある。
その為には、体を弄らなければならない。いわば改造手術だ。
「今日も殆ど眠れないね」
・・・ブラック企業め。
左足の人工肌を剥ぎ、銀の義足を顕にする。
腿に刺さる、レバーめいたロザリオを引き抜く。
祈りの力を我が身に載せて。
白いスカートの祭服。それに覆い被さるように頭を覆う黒いフード。
真白と真黒。
そうして私の身は、二律背反めいた神装に包まれた。