第11話 「友達を守りたい気持ち」
「当然の結果だ、化物が化物を殺しているだけなんだからな」
声が聞こえる。
走っていった宏斗と逆方向にこちらに歩いてくる男。霧崎暁。
それと、扉の外で何やら縮こまっている人影。あれは、坂本先生?
「何だアイツ?」
海斗が先生を睨めつけると同時に、周囲に蒼の粒子が展開される。遠距離からでも絶えず相手へ詰める事の出来る、彼の戦闘合図。
それを見ると、先生は更にすごすごと小さくなっていってしまった。
「先生、戦うのが怖いなら帰ってください。生徒を守るとか言っときながら動けてないじゃ無いですか」
辛辣な言葉を投げかける暁。
「それは、その、すまない」
そう言って、逃げていった彼を追いかけていった。
「そっちも大変だな」
一歩踏み出す海斗。
「海斗、俺達の目的はな」
止めるレイジ。然し彼は分かっているのだろう。海斗の、悲しみと怒り。だからか、手は出さなかった。
「今の所和解は無理そうだぜ。一回くらいやらせてくれ。復讐の炎が既に吹き出しちまってるからよ!」
迸る光。
それと同時に、暁は首にかけたロザリオを剣に変化させ顔の前にかざし、防御陣形を取る。
再び流れる、剣の起動音声。吸血鬼を殺す意が込められた言葉。
そんな壊れたレコーダーのように同じ言葉しか吐かない物を壊すように、彼の剣に稲妻めいた火花が散る。海斗の眼に揺れる炎が、再び残像として残り軌道を描いていた。
「これは俺の償いだ。家族を犠牲に得た力で、せめて俺と仲間だけは守ってみせる!」
「化物風情がそんなヒーローめいた事を言えるとはね。折角出来た友人が一人減ったな!」
蒼い軌跡となり消えた海斗の姿が、徐々に形を戻していく。
幽鬼のように透明な手が、剣を掴んでいた。
「この腕は特別でな」
手にプリズムのような光が収束する。
「光速は時間を超越する。物体の過去への遡行も可能だ」
折られる剣。否、剣は消え、無かった事になった。
その刹那、暁は大幅に距離を離す。
「確かに、人の言葉を話せるまでの吸血鬼は強力だと言うのは真だ」
そう言うと、突如自身の右手の皮膚を千切る。
その下にある銀色の義手。そこにロザリオを差し込むと、義手の中から新たな剣が現れた。
「互いに守るべき物があると引けないという事かな?」
「お前にとっての守るべき物はなんだ」
「人間だ。そう教えられてきたからね」
ため息をつく海斗。
「じゃあそれはよ、つまり本当に守りたい物なんて無いって事じゃねえか!!」
再び始まる戦い。
「次はそう上手く行かないさ」
彼の剣が蛇腹状に変形していき、更に八又に展開する。
その様は巨大なミキサー。いくら光速で移動ができとも、対象に接近できなければ唯の徒労だ。
一刃一刃が相手を刈り取る為に蠢く。八本の凶器。まさに神話の八岐之大蛇・・・!
レイジが無言で加勢する。
八つの刃と、八つの触手の応酬。
然し触手先の形状はそれぞれ違う。刀、槍、鎌。
彼らは二人で戦争をやっているにも等しい。
「形状変化、だが所詮はナマモノだよ。肉は包丁で調理され食われる運命だからね・・・!」
ミキサーが全ての触手を飲み込み、全てを切断する。
再生しても絶えず、破壊し続ける。
その隙を縫って、再び廊下にジグザグ状の軌跡が描かれる。
直線では暁に無傷で辿り着く事が出来ない。だが、その軌跡にも迷いが見える。
入り込める隙が無い・・・!
僕なんてもっとだ。
・・・いや、さっきの左腕の再生速度。
ほぼ一瞬で僕の体は再生した。
ならば・・・。
痛いけど、ゴリ押しで行けるか・・・?
踏み出す足。
このままでは恐らく全滅する。聖職者からすれば、それでハッピーエンドかもしれない。だが僕は違う。
誰かといる事の悪くなさをやっと感じられたんだ。そしてこれからもっと、それを感じて見たいんだ。
前に進んでいく。
「誠!?」
「そのまま攻撃と撹乱を!!」
不思議だ。言葉が自然と、強く出ていく。それは死地故の緊張感からか。
進む度、体に傷が穿たれていく。
刃の一つ一つが細かに振動しており、更に身体を破壊する。
だが、それと同時に再生。
知らぬ間に手も足も、鬼の物に変わっていた。
これなら行ける、か?
だが。
廊下が赤色に染まっていく。
それと同時に、僕の体は右足が消え、膝をついていた。
「引け、誠!血が全部無くなれば力は使えない!!」
蒼の線が僕にぶつかり、戦争が起きている直線廊下からガラス窓の外へ弾き出す。
○○○
「痛・・・」
どうやら下にある倉庫の屋根に落ちたようだ。
コンクリートの衝撃が直に来て、息がしづらい。
「お前、思ったよりガンガン行くタイプなんだな・・・」
「すぐ行かないと、レイジが」
上からは絶えず衝撃音が聞こえる。
だが、この周囲の森に音は吸収され、高校までは届かない。
そこに。
「朝霧君!」
マユさんとレイラが走ってきた。
「お前ら、何しに来た?」
「海斗、消耗しているんですね?」
「あ、ああ」
「戦闘補給用輸血パックです」
スポーツゼリーが入っているかのようなパックを取り出す。
血が無くなれば力は使えない、ならば。
「行くよ、それで行こう」
一つ受け取り、口にいれる。
血の味。案外何も感じないな。鉄の匂いが口の中を駆け巡るが。
体が再生し始める。
「朝霧君、海斗。頼んでいい、かな?私、みんなとこれからもいたい、仲良くなりたい」
ああ。僕だってそうだ。
これはきっかけなんだ。
「所で、この血ってどこから入手した?」
「私のだよ」
「血ってそんな簡単に渡していい物だったっけ?」
「これってさ」
「うん」
「実質献血みたいなもんじゃない?」
・・・行こう。
いつの間にか、少し高い所なら地面から跳躍出来るようになっていた。
倉庫の屋根に飛び移る。
「お兄様を頼みます」
「任せろよ、妹」
反撃だ。
勢いのまま、さっき落ちた窓へ戻ってくる。
そして。
僕は血を流しながら。海斗は蒼い閃光を迸らせながら。
暁に突撃する。
リーチの長い大振りの剣は、直線上においては確死の凶器になる。然し一方背後には脆い。
振り向くにも、八又全てがこちらに揃うまで時間がかかる。
レイジの限界が近い。
それを庇うように、海斗は飛ぶ。
「俺の宏斗に関する記憶を全て賭ける」
その言葉。能力を得る為の代償。
さっきの事が、態度には表さなくとも効いていたんだ。
触手の再生が途切れた。蛇がレイジに向かっていく。
そこに、彼を守るように飛来する鏡の盾。海斗が代償に得た物だろう。
剣が鏡を割ったと同時に、割れた鏡からそっくりそのまま同じ剣が暁に向かって飛んでいく。
「奇っ怪な術を・・・!」
今この瞬間、暁は回避のみに集中する筈。
ならば僕の牙も届きうる・・・!
背後へ駆ける。
暁がこちらを振り向く。
それと同時に。飛来した剣をそのまま掴み、こちらへ薙いでくる。
嘘だろ・・・!?
だが切られるより先に、こちらのアギトが届く!
義手を殴ると同時に、黒い牙の影がガッチリとその義手を噛む。
そして、彼の戦闘手段は今噛み砕かれた。
勢いよく前に出た為、そのまま僕はすっ転ぶ。
暁は微動だにせずただ無くなった腕を眺めていた。
「朝霧誠。何故人間といたお前がそちらに付く」
静かな問い。
「僕には分からない、色々急すぎてさ。僕は吸血鬼なんて関係ない、君と同じ世界にいたわけじゃないから。でも、友達は守りたい。成り行きで、まだ日もたってないから友達じゃ無いかもしれないけど。でも、一緒にいて悪い気はしないんだよ。これは、確か」
そう、少なくとも。今までの生活より賑やかで。
「直にそんな事は言えなくなるさ。混ざり物の罪人」
罪人。かつて、自分は罪を受け継いだ子と言われていた。
それを何故か、思い出した。
気付けば、暁は去っていた。
はあ、疲れた。
それを合図に、帰りを促す校内アナウンスが鳴った。