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M(マグニチュード)7.9  作者: 口羽龍
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3

 調べ終えた学は、国府川駅に来ていた。もう使われない1番線のホーム。そのホームには、こんな悲しい思い出があったのか。この駅ができた時、関東大震災の山崩れで海に沈むなんて想像できなかっただろう。


「この1番線は、関東大震災の記憶を消さないためにそのままになっているんだな」


 学は1番線のホームをじっと見ている。時代は変わりゆく。風景も、ここを通る列車も変わりゆく。だけど、この風景、そして、1番線は変わらない。


「ねぇ、また会ったね」


 学は横を向いた。そこにはあの男の子がいる。学はわかっていた。その男の子は幽霊だ。おそらく、関東大震災で命を落としたんだろうか? だから、関東大震災の事を語りかけようとしているんだろう。


「ああ。この駅、ほとんど流されちゃったんだね」


 学は海を見つめた。その海の下には、沈んだ国府川駅がある。スキューバダイビングに来た人は、関東大震災の悲惨さを知る遺構を見て、何を感じるんだろう。


「うん。僕、そこにいた列車の乗客だったんだ」

「そうなの?」


 やはりその男の子は国府川駅に停車していた客車列車の乗客だったようだ。


「うん。あの山崩れで海に放り出され、死んじゃった」

「そうだったんだ」


 学は考えた。ホームや客車、機関室などにいて、山崩れに遭って死んだ人々は、山崩れで死んだ時、どんな思いだったんだろう。これからもっと人生が続くと思ったのに、こんな事で命を奪われた。あまりにも無念だろうな。


「辛かった?」

「うん。やりたい事がいっぱいあったけど、あの一瞬で全部失っちゃった」


 学は下を向いた。こんなにも夢があったのに、全部山崩れで失われた。


「なんでこんな事が起こるのかな?」


 男の子は泣き出した。何も悪い事をしていないのに、どうしてこんな事になったんだろう。自然の驚異に負けてしまうなんて。あまりにも無念すぎる。


「それが自然なんだよ。だけど、ひどすぎるよね」

「うん」


 自然は時に牙をむく。それはいつ起こるかわからない。だから、備えは大切なんだ。これまでの災害の教訓を大切にしておかなければ。そして、それらの災害を語り継がなければいけないんだ。


「あれから思うんだ。東京って、生まれ変わったなって」


 思えば、あれから東京は色々と変わった。関東大震災によって、魚河岸の機能は日本橋から築地に移転した。だが、その機能も豊洲に移転した。戦争が起こり、再び東京は焼け野原になり、1945年の終戦から徐々に復興が進んだ。そして、東京タワーができ、東京五輪が開催された。関東大震災の頃に比べて、東京はまるっきり変わってしまった。


「だよね。彼らのほとんどはみんな、関東大震災を知らない」

「忘れてはいけない事なのに」


 学は思った。防災の日ってのは知っていて、関東大震災の日を知っている人はどれぐらいいるんだろう。


「でも、防災の日ってのは知ってるんだ」

「だけど、その理由を理解してほしいね」


 帰りの電車が来た。また東京に戻らなければならない。だけど、この出会い、そしてここで知ったことを大切にしていかなければ。


 学は帰りの電車に乗った。男の子はその様子をじっと見ている。またいつか、会えたらいいな。


 電車は動き出した。昨日のように、男の子は学を見送っている。だが、しばらくすると、その男の子は消えてしまった。




 次の日、学は東京を歩き回っていた。東京は多くの人が行きかっている。彼らはみんな、関東大震災を経験していない人々だ。関東大震災なんて、わからないだろう。本当にそれでいいんだろうか? もっと知ってほしいのに。忘れてはならないのに。


 あれから100年。東京は変わった。そして、それ以前より発展した。建物は高くなり、テレビ塔が建ち、駅は大きくなり、車両は長くなった。そして、以前よりにぎやかになった。関東大震災後にも残った路面電車は荒川線を除いて廃線になり、それ以後にできた地下鉄が東京の地下を走っている。東京の交通機関は変わった。


 学は万世橋のあった場所にやって来た。万世橋駅は、中央本線のかつての終着駅だ。東京まで伸び、神田駅、秋葉原駅ができると、万世橋駅の乗客は減った。だが、終着駅だった頃のレンガ積みの立派な駅舎はそのままだったという。だが、その駅舎は、関東大震災で焼失した。その後に建てられた駅舎は、以前と比べ物にならないほど簡素だったという。そして1943年、万世橋駅は廃止になった。現役時代からあった交通博物館は老朽化などで閉館となり、現在は万世橋駅のホームには商業施設が建った。


 今では想像できないほど、新しい建物ができて、面影が全くないように見える。だが、少々施設となったホームはそのまま残り、レンガ積みの高架は今でも残っている。だが、関東大震災の遺構というより、駅の遺構だ。ここを利用する人は、万世橋駅の初代駅舎が関東大震災によって燃えた事を知らない人がほとんどだろう。


「ここの人たち、みんな関東大震災を知らないんだろうな。100年前、東京はどんな惨状だったんだろう」


 ふと、学は思った。100年前の関東大震災で、東京はどうなったんだろう。火災などでみんなパニックになっただろうな。身内を失った人々は苦しかっただろうな。全く想像できない。


「あれから東京は変わった。関東大震災を機に魚河岸の機能は築地に移った。でも、その築地の機能も豊洲に移った。これから東京はどうなってしまうんだろう。だけど忘れてはいけない。100年前、関東大震災が起こったという事実を」


 変わりゆく東京と変わらない東京があるように、忘れ去られていく記憶と忘れてはいけない記憶もある。私たちはそれを語り継いでいかなければならない。

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