表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/29

6.王城

アルザーは、ノックされたドアを開けた。


「失礼します」

ドアの向こうには、全身を鋼の鎧で覆った兵士がいた。

「王城近衛兵、フゥン・オリリブと申します。バハリ隊長、エレン殿、此度の事件の説明のために、王城へお越しいただけませんか?」

「ああ。かまわない。ご苦労だった、オリリブ」

「恐縮です、バハリ隊長。…失礼ながら、そちらの方は?」


オリリブは、夕子の方を向いて聞いた。

コリンは、夕子の肩に腕を回しながら、言った。

「今回の件の一番の功労者よ。この子がいなかったら、今頃王都は混乱の渦で、内政的にも、国防的にも窮地に陥っていたでしょうね」

「…なんと。それは本当ですか?」

「ああ、本当だ」


アルザーが答えると、オリリブは少し考えてから言った。

「失礼、お名前を伺いたい。そして、あなたも是非王城にいらしてください」

「…噯田夕子です」

「アイダ・ユウコ殿。ご挨拶が遅れて申し訳ない。よろしくお願いいたします」

「は、はい。よろしくお願いします」


夕子は、少し緊張して答えた。

コリンは、そんな夕子を見て、あは、と笑った。







夕子たちは、馬車に乗って王城へと向かった。

ちなみに、この馬車は麓の街から借りたあの馬車ではない。

あの馬車は、馭者といくらかの報酬と共に、すでにあの街へ帰っていた。

この馬車は、れっきとした王城の馬車だ。麓の街の馬車よりも二回りほど大きく、豪華な装飾が施され、馬も馭者も何か誇りのようなものを持っているかのように堂々としていた。


王城は、王都の中心にあるらしく、馬車はとても広い大通りをゆっくりと渡っていった。だいたい二十分ぐらいして、夕子たちはたどり着いた。


王城だ。


王城の第一印象は、武骨だった。

灰色の巨大で分厚い城壁は険しさを放っていた。

城もまた灰色一色で、豪華な雰囲気は全くなかった。

戦場の中心にこの城が建っていたとしても、何の違和感もない。そんな感じだ。

王城の門をくぐると、また違った風景が見えてきた。

城壁の内側には庭があり、豊かな緑が茂っていた。

城の入口からは絶え間なく人が出入りし、真昼の市場のような喧噪があった。


オリリブは、夕子たちを連れて、城に入った。

城の中も、外観と同じような感じだった。

分厚い絨毯や、絢爛なシャンデリアはない。その代わりに、無数の剣と槍が壁に掛けられ、石壁が威圧感を持って城を形作っていた。


不思議そうな夕子を見て、アルザーは言った。

「王もまた、戦士のひとりなんだ。この国を救うためのね。その精神を体現して、城は宝石やシルクといった高級品を徹底的に排除している。まあ、王室なんかはもっと豪華だし、宝石なんかもしっかり貯蔵してあるというのが実情だけどね。でも、他の国と比べたら圧倒的に質素だ。俺は、その質素さを気に入ってるよ」

「私も。なんというか、緊張しなくてすむね」

夕子が答えると、アルザーは微笑んだ。


城の中は、まるで迷路のようだった。様々な通路や階段を行ったり来たりして、夕子は自分が今何階にいるのかも分からなくなってしまった。


不意に、オリリブはある扉の前で立ち止まった。

扉は両開きで、木でできていた。城の雰囲気にぴったりの質素な感じだったが、アルザーの背丈よりも遙かに大きかった。


オリリブは扉を開け、中で待っているように言った。

中は、応接室のような感じだった。

中央に大きなガラスの机があり、その両側にソファがあった。

そのソファに座ると、身体がぐっと沈むぐらいふかふかだった。

夕子はちょっと身体を上下させてみる。うん、ふかふかだ。気持ちいい。


オリリブはどこかに行ってしまった。三人で談笑しながら待っていると、扉が開けられた。

メイド服姿の女性だった。

メイドは聞いた。

「何かお飲みになりますか?」

「水を」

「私は、紅茶がいいです」

「アタシはビール」

「「「ビール!?」」」


コリンの答えに、夕子とアルザーとメイドが一斉に反応した。

アルザーは怒って言った。

「お前、これから大事な報告があるってのに何言ってんだ!?」

「あら、別にビール一杯じゃ支障がないわよ。あんたも頼んだら?」

「お前って奴は…」

「ま、そういうわけでビール一杯ね。よろしく~」

「は、はい。かしこまりました」


さすがは王城のメイドだ。苦笑いするだけでコリンの要望に耐えきった。

夕子たちは、顎が外れそうなほど口をあんぐり開けずにはいられないのに。

しばらくして、水と、紅茶と、ビールが届いた。


それからは、本当に長い時間待たされた。

アルザーと夕子は二回おかわりをしたし、コリンに至っては結局ビールを四杯飲んだ。コリンはすっかり上機嫌になって夕子に寄りかかりながらビールをぐいっと仰いだ。

アルザーは言った。

「どうせなら、俺も頼んどきゃ良かったな。ビール」

そんな冗談が出てきたところで、ドアがノックされた。


「どうぞ~。ひっく」

コリンが上機嫌に答えると、ドアが開いて、二人の男性が入ってきた。


一人は、栗毛の長髪に、すらっとした長身、Yシャツに黒のズボンとラフな雰囲気を纏っていた。顔つきを一言で表すなら、華麗だ。掘深の大きな目と筋の通った鼻、薄い唇はまるで人気俳優を見ているような感じだった。通りを歩けば、女性はみんな彼の方を振り向き、中には声をかけ、必死に記憶に留まろうとする者も現れるはずだ。そんな女性にも彼は優しく微笑み返す。そんな上品さを纏っていた。

もう一人は、年配の男性だ。真っ白の白髪に執事服で、常に栗毛の長髪の一歩後ろを歩いていることからも、彼が栗毛の長髪に仕える執事であることは疑いようがなかった。


栗毛の長髪が向かいのソファに座ると、反対にアルザーとコリンは急に立ち上がった。

夕子はびっくりして二人を見た。

アルザーも、ビールを四杯飲んだコリンでさえ、真剣な表情を浮かべている。

夕子も、急いで立ち上がった。


アルザーは言った。

「メンデロ第一王子、ご無沙汰しております」

夕子は真っ青になった。


「うむ。バハリ四番隊隊長。それに魔術師・エレンも。…そちらの女性に見覚えはないが?」

「あ、噯田夕子です」

「よろしく頼む。本当は、検査官が君たちに質問をする予定だったが、国家の一大事だ。特別に私が直接話を聞かせてもらうことになった」

「恐縮です」

「よし、座ってくれ」

アルザーとコリンは腰を下ろした。夕子も慌てて座った。


メンデロは言った。

「それじゃあ、ギーグ。ビールを三つ持ってきてくれ」

「かしこまりました」

「えっ」


夕子は思わず声を出してしまった。

「ああ。すまない。君も飲むか?」

「飲むわけ無いだろ。バカか」

アルザーが言った。そう、アルザーが言ったのだ。

全身から血の気が引いていくのを感じる。


「アルザー!?何言ってんの!??」

「あはは!!もう、からかうのはやめにしよっか」

コリンが上機嫌に笑った。







「アタシたちは幼なじみなんだよ。メンデロと、アルザーと、アタシと、ストロウの四人で。さっきはあんなあいさつしたけど、あれもお決まりのやりとりの一つね。最初はああやって正式な風に話して、そんでビールを頼むとか冗談言うの」

「…あっそ」

夕子はすねていた。三人で、私のことをからかっていたのだ。


「あは。まあまあ。メンデロが第一王子なのは事実だし。アタシらだからこんな風に接してるけど、本当はあんな感じなんだよ。知れてよかったじゃん。ね?」

「…そうだね」

「もうごめんってぇ。あはは」


アルザーと、コリンと、メンデロはビールを飲んでいた。

夕子はミルクティーだ。砂糖もたっぷり入っている。


三人は、仲良く談笑した。最近のこととか、くだらない冗談とか。

夕子は少し淋しかった。なんだか置いてきぼりにされてる気がしたのだ。

それも相まって、ずっと夕子はすねていた。


不意に、話題は夕子に及んだ。

アルザーは、夕子が異世界から来たということも包み隠さず、これまでの経緯を全て説明した。盗賊の洞窟、麓の街、王都ティアレミロド、食堂メンメン花、そして、ブェッフェーレのクーデター。


メンデロは、夕子のことをじっと見た。夕子の瞳をまっすぐに。

それから、言った。

「なるほど。君は、アルザーを救い、コリンを救い、王都を救った。通りで二人が思うわけだ。君を勇者にしたいと」

「え?まだ言ってないのに、なんで分かったんだ?」

「そりゃ分かるさ」

「…いや、ちょっと待って。アタシはそうは思ってないからね」

「うん。そう言うことも分かってた」

「はあ!?」

アルザーは驚いた顔をして、コリンは不機嫌な顔をした。メンデロは笑った。


そして、メンデロは聞いた。

「アルザーの考えを聞かせてくれ」

「俺はユウコに勇者になって欲しいと思っている。ストロウの遺言にもぴったりだし、現にユウコは俺たちのことを何度も助けてくれた。しかし、ユウコには危険な目に遭って欲しくないというのも本音だ。だが、勇者が魔王を打ち倒さないとその平穏も訪れない。つまり、俺の考えは、ユウコに勇者にはなってもらうが、ほとんどの危険を俺が背負う前提での話、ということだ」


「コリンは?」

「アタシはユウコが勇者になるのは無理だと思う。そんなに甘くないって。…でも、旅に出てみるのはアリかな。しばらく王都ではブェッフェーレの件で魔術師の肩身は狭くなるだろうし、一回は思いっきり遠くまで行ってみたかったんだよね。その旅に、ユウコやアルザーも一緒にいたら、まあ悪くないかなって」


「なるほど。それじゃあ」

メンデロは夕子の方をまっすぐに見た。


「ユウコ。君はどう思う」

「私は、どっちでもいい」

「…ふむ」


「勇者がどうとか、よく分からない。この世界が滅びるとかも、よく分からない。私はただ自殺をしたら、色々な事が起こってこんな感じになってるだけ。…というか、そもそもなんだけど」


夕子は、ずっと気になっていて、あのときから結局聞けなかったことを聞いた。

「そもそも、どうやって勇者になるの?勇者の資格って何?どうしたら手に入るの?」


「…あ、そうか。そこから知らないのか」

アルザーは虚を衝かれたように言った。

「おいおい、そこを説明してなかったのか。通りで話が何か詰まってる感じがしたわけだぜ」

そう言って、メンデロは説明してくれた。


「魔王と勇者の関係は分かるね。魔王は魔物を従え、人類を滅ぼそうとする。勇者は、そんな魔王を打ち倒す。魔王は、二人目の魔王の討伐から四百年後、つまり、今から五年後の冬に目を覚まし、復活するという預言が言い伝えられている。しかし、現時点で勇者と呼べる人間はひとりもいない。ただひとり、勇者の資格を得ていたストロウという男が死んでしまい、他にその資格を有する者はいないからだ。それでは、勇者の資格とは何なのか」


メンデロは一口ビールを飲んだ。

「大まかに、二つあると言われている。

一つは、『戦士の剣』を扱える資格を有すること。

『戦士の剣』とは、勇者が使っていた魔法剣だと言われている。そして、それを扱うためには特定の魔術回路が生まれつき備わっていないと駄目なんだ。

つまり、ストロウの持っていた勇者の資格とは、この『戦士の剣』を使える魔術回路というわけだ。

ちなみに、この魔術回路を持っていたのは歴代で数十人だ。

しかし、そのような回路を持っているから勇者になるというわけではない。その時点では、勇者の資格を得ているに過ぎない。勇者は、魔王を打ち倒して初めて勇者なんだ。

つまり、歴史上には二人の勇者と数十人の勇者候補がいて、勇者候補の一人がストロウだったんだ。そして、その勇者候補は、今ひとりもいない」


メンデロは続けた。

「二つ目は最近になって唱えられるようになった方法だ。それは、従来の勇者の資格を否定するものだが、一定の説得力はあるし、現に今冒険者たちはこの方法に則って勇者を目指している。

それは、『勇者紀行』に書かれている、実際に勇者が辿った旅路を同じように旅するという方法だ。『勇者紀行』とは、初代勇者パーティの遊び人、ヨロイオが執筆したと言われている紀行本だ。そこには、初代勇者の旅路が事細かに記されている。第二の勇者も、その旅路を辿ったと言われている。

その旅路を勇者たちと同じように制覇できれば、『戦士の剣』を扱えなくても魔王を打ち倒す力が得られるのではないかという考えだ。これは、一理ある考えだ。なぜなら、その旅路は魔王にある種の”メタ”をはるためのものだからだ。勇者は、その旅の中で魔王との決戦の際に有利に働く様々なアイテムを収集した。つまり、それらのアイテムを同じように手に入れられれば、『戦士の剣』がなくても魔王を倒せるのでは、と考えたんだな。ちなみに、これは『戦士の剣懐疑論』という比較的昔から学会でもしばしば取り上げられる考えをベースにしている。

そして、その旅路の過酷さから、これまで『勇者紀行』を辿ったのは第二の勇者しか知られていなかった。しかし、ストロウが死に、勇者候補がひとりもいなくなったことで、多くの冒険家たちが勇者になれるかも知れないという可能性のために、『勇者紀行』を辿るブームがここ最近起こっている」



メンデロはもう一度ビールを一口飲んだ後に結んだ。

「このように、実は勇者の資格とは明確なものでは無いんだ。勇者が使っていた剣を扱えたり、勇者が辿った旅路を制覇したり、そういった『勇者と同じ事ができる』ことを勇者の資格と言い換えているにすぎない。しかし、現に過去の二人の勇者はその資格を果たしていたし、それを果たせないで勇者になれるのかというのも疑問というわけだな。そして、君たちが試すことになるだろう方法は二つ目、つまり、『勇者紀行』の旅路を辿ることだろうね」

「…なるほど。ありがとうございます」


とどのつまり、勇者の旅路をそのまま旅するのだ。そうすれば、不確かだが限りなく勇者に近づけるし、かつての二人の勇者は実際にそこを旅していた。そして、第一の資格を持つ者がいない以上、第二の方法をとらざるを得ないというわけだ。


コリンは言った。

「だからさ、ただの旅行だと考えればいいのよね。勇者様の旅路ツアーって感じで。それなら、アタシは行ってもいい。勇者とか、小難しいこと考えずにね」

アルザーが答えた。

「確かにな。その旅をして、うまく勇者になれたらめっけものと考えれば良い。まあ、俺はユウコこそが勇者になる人物だと考えているがな」


夕子は少し考えた。勇者と同じ旅路を辿る。それで、うまく行ったら(何がどううまくいったらなのかはやはり分からないが)勇者になれる。うん、単純で良い。

それに、少し楽しそうだ。


「…私、いいよ。旅しても」

「本当か!」

アルザーは、夕子の答えに飛び上がった。

コリンもうなずいた。

「まあ、気楽に旅しようよ。それでいい。あは」


メンデロは、笑った。

「うまくまとまったみたいだな。だが、ひとつお前たちはある可能性を忘れているぞ」

「え?なんだ、その可能性って」


「夕子が、第一の資格、つまり『戦士の剣』を扱える魔術回路を持っているという可能性だ」


ここまでご覧いただき、本当にありがとうございました!

明日も三話投稿する予定です。

そちらもご覧いただけたらとても嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ